米中関税の大幅引き下げ合意により、トランプ関税への懸念が後退し、株式市場の恐怖指数も低下しました。日本株市場では、東京証券取引所の要請や買収リスクの高まりから、PBR1倍割れの企業を中心に自社株買いが増加傾向にあります。

自社株買いは、発行済み株式数を減らし、1株当たりの利益を増加させる効果が期待されています。


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著者の窪田 真之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 自社株買いで株価が上がるホントの理由をわかりやすく解説 」


米中両国が90日間、関税大幅引き下げで合意

 トランプ政権は12日、米中関税交渉で、「90日間、互いに関税を115%引き下げることで合意した」と発表しました。米国が、中国に累計145%の追加関税をかけていますが、これを30%に引き下げます。中国は、米国に125%の追加関税をかけてますが、これを10%に引き下げます。


 145%、125%関税で米中貿易が完全に止まり、米国も中国も深刻な景気後退に陥るリスクが懸念されていましたが、回避できるメドがたちました。


 90日間の停止なので、その後、高関税が復活するリスクはありますが、米中貿易が止まるほどの関税は無いと考えられます。米中両国とも、米中貿易の重要性を再認識したと考えられるからです。


 米中両国が、これだけ早く緊張緩和に動いたことはサプライズで、株式市場における恐怖はさらに低下すると思われます。


 投資家の心理の変化は、恐怖指数といわれる指数の動きに表れています。「日本版恐怖指数」といわれる「日経平均VI(ボラティリティ・インデックス)」は低下し、トランプ関税に対する恐怖が低下したことがわかります。


日経平均と日経平均VI:2024年4月30日~2025年5月12日
米中関税大幅引き下げ、トランプ関税の恐怖低下。自社株買いが日本株を上昇させる時代へ(窪田真之)
出所:QUICK、©日本経済新聞社などを基に楽天証券経済研究所が作成

 米中貿易が完全に止まると、米国の小売店舗から生活必需品が消える「コロナショック時の悪夢の再来」が懸念されていました。米国の製造業も、サプライチェーン分断で、重大なダメージを受ける可能性がありました。米国農業も報復関税で深刻なダメージが予想されました。米国内のトランプ支持者からの陳情が、トランプ関税の暴走を止めたと言えます。


 一方、中国でも、米国向け輸出が止まると、製造業の破綻が増えるリスクがありました。米中分断は、米国にとっても中国にとっても、経済的にも政治的にも耐えられないことが、お互いに認識されたと思います。


 トランプ大統領は、この先、半導体関連・衣料品・航空機部品などに関税を導入すると表明しており、関税ショックは、この先、何回も蒸し返すでしょう。ただ、かなりはっきりしてきたことは、恐怖のピークは過ぎたと考えられることです。


日本株の上昇ドライバーとして、自社株買いの重要性高まる

 トランプ関税ショックで日経平均株価が乱高下する中、日本株の買い手として存在感を強めているのが、自社株買いです。近年、年間10兆円を超える自社株買いが出るようになり、日本株の最大の買い手となっています。


 米国企業の経営者は、できる範囲で最大限自社株買いをし、株価を上げる経営をしてきました。少しでも財務余力があれば、すかさず自社株買いをするのが当たり前でした。それが、米国株の上昇に寄与してきました。


 一方、日本企業の経営者はこれまで、自社株買いにはあまり熱心ではありませんでした。キャッシュフローに余力があれば、できる限り借金返済をして、財務余力を高めることに熱心でした。経営危機になってもリストラしないで生き延びられるように、余力を蓄えておくのに熱心でした。


 ただし、近年、風向きが変わりました。東京証券取引所(東証)による要請が影響しています。東証は、株価純資産倍率(PBR)1倍割れの上場企業に対して、株主価値の向上策の開示と実行を要請し、それに応じて、自社株買いをする日本企業が増えています。


 また、近年、株価が割安な日本企業に対して、合意なき買収が増えてきているのも、影響しています。株価が安過ぎるのを放置すると、買収されるリスクが高まることを、日本の上場企業経営者も、真剣に考えるようになりました。


 財務が良好で、収益が安定的なのに、PBR1倍を割れている割安企業が、日本にはたくさんあります。そうした日本企業が、積極的に自社株買いをする時代になってきたと思います。


自社株買いをすると、なぜ株価が上がるのか

 ところで、自社株買いをするとなぜ、株価が上がるのでしょう。自社株買いの意味が日本では正しく理解されていません。今日は、自社株買いを解説します。


「自社株を買うんだから、株価が上がるんだろう」と、自社株買いの意味を「買いが入る」という需給材料だけと考えている方もいます。


 確かに「自社株買い」を発表した企業の株価が、短期的に大きく上がることもあります。自社株買いをネタに、短期筋が買い上がると、そうなります。でも、それだけならば、短期的な株価材料にしかなりません。企業の投資価値が変わらなければ、いずれ売られて、元の株価に戻るでしょう。


 自社株買いの意味は、「買って株価を押し上げる」ことではありません。「1株当たりの利益を増やす」ことにあります。


 自社株買い(自社が発行した株式を自らの資金で買い戻す)をすると、市場から発行済み株式数が減ります。会社の利益総額が変わらなければ、1株当たりの利益が増えます。1株当たりの利益が増えることを好感して、株価水準が高くなることが期待されます。


 少し分かりにくかったかもしれないので、「たとえ話」で説明します。


 40個のケーキ(企業の純利益)を株主10人で均等に分け合うことを考えてください。

1人4個ずつもらえます。ここで、企業が自社株買いを実施し、株主2人の株を買い取ったとします。すると、株主数は8人に減りますので、1人当たりのケーキの割り当ては、5個に増えます。このように自社株買いとは、株式数を減らすことで、1株当たりの分け前を増やすことにあります。


自社株買いのメリット、おおまかな計算

 では、発表された自社株買いが、株主にどのくらいのメリットがあるか、おおよその見当をつける方法をお教えします。


 発表された自社株買いが、全て実行されるとした場合、発行済株式数が何%減るのか、見ると良いです。


 具体例を見てみましょう。以下をご覧ください。


2025年4月30日に発表されたJR東海(9022)の自社株買い概要
米中関税大幅引き下げ、トランプ関税の恐怖低下。自社株買いが日本株を上昇させる時代へ(窪田真之)
出所:同社適時開示資料より楽天証券経済研究所が作成

 ここで、一番注目していただきたいのは、私が赤で囲んだところ、「発行済株式総数に対する割合4.57%」です。上限株数を発表時の株価で買い付けると、発行済株式総数が、4.57%減少します。ということは、1株当たり利益が、おおむね4.57%増えるわけです。


 株価収益率(PER)などの株価評価が変わらなければ、自社株買いで、1株当たり利益が4.57%増加し、株価が4.57%程度上がると期待できます。

厳密に計算すると、もう少し異なる結果となりますが、ざっくりしたメリットの把握としては、上記でオーケーです。


 この発表が出た翌日、5月1日に 東海旅客鉄道(JR東海:9022) 株は前日比9.8%上昇しました。自社株買いの理論上のメリット(約4.57%上昇)を超える上昇となりました。


 次に注目していただきたいのが、青で囲んだ「取得期間」と「取得の方法」です。「2025年5月1日から2026年2月27日」まで、「市場買付」とされています。つまり、「10カ月くらいかけて、市場で買っていく」ということです。


 自社株取得枠で表示される金額は、あくまでも上限であって、それを本当に全て買うか分かりません。株価が上昇し過ぎると、買わないこともあり得ます。


(窪田 真之)

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