日本と米国との間の関税交渉が重大な局面を迎えています。先に米国と関税交渉で90日間の「一時休戦」で合意した中国は、日本と米国の動きをどう見ているのでしょうか。

日米関税交渉の見通しと合わせて解説します。


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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 先行する中国がトランプ関税交渉で日本に「期待」する理由 」


(写真:Steve Chenn/Getty Images)


3回目の関税協議が終了。重要な局面に

 日本側で対米関税交渉を統括する赤沢亮正経済再生担当大臣が5月23日、米国のワシントンD.C.で米国側と3回目の協議に臨みました。ラトニック商務長官と約1時間半、グリア米通商代表部(USTR)代表と約2時間、それぞれ協議を行いました。赤沢大臣は「前回よりも率直な議論ができた」と記者団らに対して語っています。


 一方、トランプ政権において関税交渉の司令塔とされるベッセント財務長官は姿を現しませんでした。日本側としては、キーマンに会うことができず残念だったでしょう。交渉の進展という観点からも、ベッセント氏との直接交渉は必要条件のはずです。


 そんな中、赤沢大臣は5月29日~6月1日の日程で再度訪米し、今度はベッセント財務長官と協議ができるよう調整を続けているというのが現状です。


 トランプ政権発足後に発動された日本に関係する関税政策を整理しておきましょう。


① 全世界の国・地域を対象とする「一律関税」10%
② 米国への貿易黒字が大きい、約60の国と地域を対象とする「相互関税」。日本は14%
③ 自動車、自動車部品、鉄、アルミなど「特定の品目」を対象とする関税。25%


 4月9日、トランプ政権は相互関税発動後、金融市場を含めたマーケット側からの反発を懸念してか、米国への報復措置を取らず、問題解決に前向きな国・地域を対象に、発動を90日間停止すると発表。この状況が現在まで続いています。つまり、現状、日本への追加関税率は10%ですが、90日以内に交渉がまとまらなければ、14%が再び上乗せされ、24%に戻る可能性もあるということです。


 トランプ政権の動向を見る限り、「停止期間延長」という選択肢もあるでしょう。日本政府は対米交渉に向き合うに当たり、(1)貿易拡大(2)非関税措置(3)経済安全保障面での協力という三つを柱に臨んでいますが、例えば、米国の農産物輸入拡大や米自動車の安全基準の調整などを通じて、米国側が「日本は米国との貿易関係を最適化すべく尽力している」と感じれば、14%が撤廃される可能性もあるということです。


 トランプ政権が国・地域別に発動する「相互関税」には、ディール、すなわち交渉を通じて相手国から譲歩を引き出すためのツールとしての意味合いが強く、見直すか否かに関しては、「日本側の出方次第」という側面が強く作用するからです。


 日本側が米国側に求めているのは、相互関税、自動車、鉄などを含め、一連の追加関税の撤廃です。②に関しては、日本側の出方に米国側がどこまで寄り添うか。③に関しては、日本だけでなく、全世界の国・地域を対象にしており、かつ米国の産業政策に基づく措置ですから、撤廃は容易ではないでしょう。

米国側が日本を例外的に扱うかどうかが一つの焦点になると思います。


 今後の見通しですが、日本政府としては、6月15~17日にカナダで行われるG7首脳会議までに、日米閣僚間で協議を続け、首脳レベルの合意に至らせたいということでしょう。協議の進捗(しんちょく)状況次第では、カナダ訪問の前後で、石破茂総理がワシントンD.C.に乗り込む可能性もあるでしょう。これからの1カ月、日本の経済や産業に甚大な影響を与えるのが必至である日米関税交渉のプロセスと結果に注目していくべきです。


中国が日本に「期待」する理由

 ここからは、隣国・中国が前述した日米交渉をどう見ているかについて考えていきたいと思います。本連載でも適宜扱ってきたように、トランプ関税に対して報復措置を取り、断固譲歩しない強硬姿勢を貫いてきた中国ですが、戦況一転、5月10~11日にスイスのジュネーブで開かれたハイレベル協議を経て、90日間の「休戦」に至りました。


 米国との交渉の場に着き、合意に至り、共同声明まで発表したという経緯を鑑みれば、対米交渉という意味で、中国は日本の先を行っているという見方もできます。そんな中国が、日本の対米パフォーマンスをどう見ているかについて、私が日頃行っている中国の政府や市場の関係者との意見交換などを基に、三つのキーワードから分析していきたいと思います。


 一つ目が「参照」です。日米関税交渉が始まった4月中旬、日本側はベッセント財務長官を交渉のキーマンに据え、かつ、赤沢大臣が訪米し1回目の交渉をした際にはトランプ大統領が自ら出てきました。当初、米国側は日本との交渉を「最優先」に据えるという姿勢も打ち出していました。当時、米中間は貿易戦争真っただ中で、互いに追加関税率を引き上げ、一歩も引かないという様相を呈していましたが、中国は米国と報復措置をかけあい、徹底抗戦しつつも、日本の対米交渉術を参照してきたという経緯は特筆に値します。


 二つ目が「評価」です。

石破政権はトランプ政権を前に、「国益を守る」「日本の主張をしっかりする」「一連の関税撤廃を要求する」といった主張をしてきています。また、関税交渉と防衛・安全保障、為替を混同させず、別々に交渉していくという姿勢も示しています。日本には日本の国益があり、安易な譲歩や拙速な合意はしない、「ゆっくり急ぐ」というスタンスを、3回目の交渉が終了した現在に至っても堅持しています。自国の原則と立場を決して曲げないという前提で対米交渉に臨んできた中国としては、石破政権のこのような姿勢に共感し、評価し、状況次第では、応援すら検討するというのが私の見方です。


 三つ目が「期待」です。この点は日本にとって若干複雑で、二面性を内包していると言えますが、まず、上記③に関して、中国政府も米国政府による特定の品目を対象とした関税措置に反対しており、その立場は基本的に日本側と一致していると言えるでしょう。中国としては、この点、日本に頑張ってほしいという期待感を持っているのではと思います。


 日米交渉を自国の対米交渉への参考にもしたいはずです。次に、現状、日米交渉が難航しているように見受けられる中、中国としてはほくそ笑んでいるという側面もあると思います。同盟関係にある日米を離間するというのは、中国にとっての戦略的課題である点に変わりはありません。関税交渉とはいえ、中国は常に戦略レベルで物事を考え、運ぶのです。


日本は「トランプ関税」にどう向き合うべきか

 中国が4月以降、「参照」「評価」「期待」という三つの視点から日本の対米交渉を観察してきたというプロセスを検証してみました。

そこから、日本として「トランプ関税」にどう向き合うかという示唆を抽出してみたいと思います。


 まず、日本として、我が国が譲れない原則と立場というのを堅持しつつも、トランプ政権側の思惑や交渉術を注意深く分析し、中国が実践した「強硬で譲歩を勝ち取る」、すなわち「突き放しながら歩み寄る」というアプローチは一定の参照価値があると思います。


 次に、多くの先進国、新興国が「トランプ関税」に臨んでいる現状を鑑みれば、日本としては、中国だけでなく、欧州やカナダなどの姿勢や対応も参照しながら、より踏み込んで言えば、てこ(レバレッジ)にしながら、米国が一連の交渉過程で、「相互関税」、および自動車や鉄鋼、アルミといった特定品目に対する25%に上る関税措置を見直すように促していくべきでしょう。


 孤軍奮闘する必要も、「日米は同盟国だから」という淡い期待を抱く必要もありません。同盟関係にあるから優先されるという哲理はトランプ大統領には響かないし、通用もしないでしょう。


 さらに、米国と中国という、日本の安全保障や経済環境にとって最も重要な2カ国との関係を俯瞰(ふかん)するとき、やはり今回の対米交渉を妥結させ、相互関税、品目別関税を含め、可能な限り撤廃を実現するというのが、(中国が抱く一種の「期待」に反して)日本の国益に資するのだと思います。


 日米間の円滑な通商関係、日本企業、特に自動車産業の収益、および日本経済への影響といった点だけでなく、対米黒字(2024年は約9兆円)&同盟国として、米国との厳しい関税交渉をまとめたという実績は、政治のリーダーシップ、そして国際社会に示す外交力にも資すると考えるからです。


 そしてそれは同時に中国に対する健全な圧力になり、経済や安全保障を含めて非常に複雑な中国との関係をリバランスすることにもつながります。習近平国家主席率いる中国側に、日米を離間することは容易ではないと認識させ、安全保障だけでなく、経済的にも、日本は「取り込みたいけど取り込めない国」という地政学的状況を、日本の自助努力で創造していくことで、日本が環太平洋地域で発揮できる戦略的価値は最大化されるのだと考えます。


 最後に、中国は日本製鉄によるUSスチール買収にも大きな関心を寄せているとみています。そもそも中国は年10億トンあまり、すなわち世界の鉄鋼生産量の半分以上を生産し、その過剰生産ぶりが業界全体を震撼(しんかん)させてきています。そんな中、この買収劇がどういう帰結を迎えるのか、その過程で、日米間の経済関係や同盟関係がどのような影響を受けるのか。

中国は国家戦略の観点からその一部始終を注視していくでしょう。


(加藤 嘉一)

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