米国の1-3月期実質GDPはトランプ関税前の駆け込み輸入によりマイナス成長となりましたが、4-6月期はその反動でプラス成長になる見込みです。アトランタ連銀のGDPナウは前期比年率4.6%と予想しています。

トランプ関税が成長率を押し下げるのは7-9月期以降。果たして米国は景気後退に陥るのか。今後の景気シナリオを整理します。


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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 トランプ関税で米国は10~12月期に景気後退になる? 」


トランプ関税で米国の実効関税率は10%台前半になると予想

 5月28日に米国際貿易裁判所が、トランプ大統領の「相互関税」と違法薬物対策を口実にカナダ、メキシコ、中国に対して課した追加関税を違憲として差し止めを命じたかと思えば、翌29日には二審にあたる米連邦巡回区控訴裁判所がその判決の一時停止を命じるなど、トランプ関税を巡るドタバタが続いています。


 米エール大学は、5月12日の米中共同声明(相互に課した追加関税を115%引き下げ合意)時点で、米国の平均実効関税率を、輸入構造が変化しないケースで17.83%((1))、関税引き上げに応じて輸入構造が変化するケースで16.38%((2))と算定していましたが、米国際貿易裁判所の判断を受けて、(1)を7.03%、(2)を6.94%に修正しました。


 どういった結論になるかは、今後の成り行きを見守るしかありませんが、ニクソン元大統領が1971年に発動した10%の追加関税を巡る訴訟で大統領側が勝利したことを踏まえると、トランプ関税のうち少なくとも10%の「基本税率」は認められる公算が大きいと思われます。


 その結果、米国の平均実効関税率は、上の16~17%にはならないとしても、10%台前半にはなる可能性が十分高いとみています。


 そうなれば、やはり米国の景気や物価に及ぼす影響は無視できない大きさになると予想されます。


 米中共同声明後に米エール大学が行った試算では、米国の消費者物価が短期的に1.7%ポイント上振れ、2025年第4四半期の米実質国内総生産(GDP)が0.7%ポイント下振れ、2025年末の失業率が0.35%ポイント上昇するという、スタグフレーションの構図を示していました。理屈上は、それに近い姿になることが想定されます。


 ただし、 5月21日のレポート で議論したように、企業が関税引き上げ分をマージン圧縮で吸収し、販売価格に転嫁しない傾向が強まれば、米エール大学が試算したような消費者物価の急上昇は起きず、スタグフレーションというより、企業収益下振れに伴う設備投資の減少などを背景とする、いわば単純な景気後退の可能性が高いことになります。


トランプ関税に伴う駆け込み輸入の反動で、4-6月期の米実質GDPは高成長に

 実際どうなるかは、今後の物価・経済指標の出方を注意深く見ていくしかありませんが、インフレ高伸による消費下振れであっても、企業収益悪化による設備投資下振れであっても、先行き景気が悪化することに変わりはありません。問題は景気がどの程度下振れるのか。


 以下で簡単な試算を行ってみました。


 まず、5月29日に発表された2025年1-3月期実質GDPの2次速報から見ておきますと(図表1)、トランプ関税前の駆け込みによって輸入が前期比年率42.6%の著増となった結果(輸入は控除項目であり、その増加は実質GDPを減少させる)、実質GDPは前期比年率マイナス0.2%と3年ぶりの減少となりました(ちなみに、1次速報はマイナス0.3%でした)。


図表1 米国の実質GDP成長率
トランプ関税で米国は10-12月期に景気後退になる?(愛宕伸康)
出所:米商務省経済分析局(BEA)、楽天証券経済研究所作成

 当然、駆け込み輸入の反動は4-6月期に出ることになります。そのため、同期の実質GDP成長率はプラス成長を回復すると見込まれます。実質GDPを基礎統計が出るたびに推計している米アトランタ連邦準備銀行の「GDPナウ」を見ると(図表2)、4-6月期の実質GDPは純輸出が押し上げるかたちで前期比年率4.6%になると予想しています(6月2日時点)。


図表2 アトランタ連銀の「GDPナウ」
トランプ関税で米国は10-12月期に景気後退になる?(愛宕伸康)
出所:米アトランタ連銀、楽天証券経済研究所作成

トランプ関税で米国は10-12月期に景気後退へ

 したがって、トランプ関税の影響が実質GDP成長率の押し下げというかたちで顕在化するとすれば、7-9月期以降ということになります。図表3を見てください。


図表3 米国の実質GDP(前年比)と失業率
トランプ関税で米国は10-12月期に景気後退になる?(愛宕伸康)
注:実質GDPの予測は楽天証券経済研究所、( )はブルームバーグが集計したエコノミスト予測。失業率の先行きは、筆者の実質GDP見通しを前提に、ITバブル崩壊時と同様のペースで失業率が上昇すると仮定して算出した。出所:ブルームバーグ、楽天証券経済研究所作成

 左表は、筆者の米実質GDP見通しと、ブルームバーグが集計している市場エコノミストの見通し(かっこ内の数字、5月30日時点)です。いずれも2025年7-9月期から成長率が急激に縮小し、2025年の実質GDP成長率は1.3~1.4%になると見ています。


 右のグラフは、筆者の実質GDP見通しを前提として(図中の青点線)、2001年のITバブル崩壊時の雇用悪化ペースを参考に、失業率の先行きを試算したものになります(図中の赤点線)。これによると、失業率は10-12月期に4.9%程度まで上昇する結果となります。


 ただ、この失業率水準、米国にとって景気後退と言えるほど高い水準なのでしょうか。


 米国で景気日付を判定するのは全米経済研究所(NBER:National Bureau of Economic Research)です。彼らは、景気後退の判断基準として雇用や実質所得を重視しており、過去を振り返ると、失業率が急激に悪化した局面で景気後退と判定しています。その経験則を定量的に説明したのが、いわゆる「サームルール」です。


 サームルールとは、米連邦準備制度理事会(FRB)の元エコノミスト、クラウディア・サーム氏が発見した景気後退入りの経験則で、失業率の3カ月移動平均値が過去1年間の最低値を0.5%ポイント上回ると景気後退になっているというものです。これに照らすと、1-12月期の4.9%という失業率は景気後退の条件を満たすことになります。


スタグフレーションでなければ、FRBの利下げは迅速かつ大胆なものに

 ただ、仮にそうなったとしても、スタグフレーションでなければ、FRBはインフレを気にせず利下げを行うことができるため、次の利下げは迅速かつ大胆なものになる可能性があります。


 金利先物が織り込む利下げ確率を見ると(図表4)、6、7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)は現状維持、9月FOMCで利下げが再開される確率が55.5%となっています。今後の雇用・物価指標の出方次第では、9月利下げの確率が上振れる可能性もあるとみています。


図表4 金利先物が織り込むFRBの利下げ確率
トランプ関税で米国は10-12月期に景気後退になる?(愛宕伸康)
注:2025年6月3日(現地時間)時点。 出所:米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)、楽天証券経済研究所作成

米国が景気後退にならないシナリオはあるのか

 以上のように、筆者はトランプ関税の影響を受けて、10-12月期にも米国は景気後退に陥る可能性が高いとみていますが、そうした見方が外れるとすれば、どういったケースがあるでしょうか。


 考えられるとすれば、景気減速の割に雇用の底堅さが維持するケースです。米国の労働参加率を見ると(図表5)、新型コロナショックが発生して5年経った今でも、新型コロナ前の水準を回復していません。


図表5 米国の労働参加率
トランプ関税で米国は10-12月期に景気後退になる?(愛宕伸康)
(出所)米労働統計局(BLS)

 米企業は新型コロナに伴う景気後退で大幅な人員整理を行いましたが、その後の景気回復に伴い雇用を再び増やそうとしても、なかなかそれができないという労働供給制約に直面しました。

これを受け米企業では、今後景気が悪化したとしても、簡単には余剰人員の整理に踏み切らない可能性もあります。


 こうしたかつて日本でささやかれた労働保蔵(Labor Hoarding)という現象が、今後米国で強まれば、景気後退に陥らないというシナリオも十分成立することになります。いずれにせよ、今後の米国経済がどのような展開になっていくのか、トランプ関税の成り行きとともにさまざまな景気シナリオを念頭に置きながら、経済・物価指標を丁寧に見ていく必要があります。


(愛宕 伸康)

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