「ジュネーブ合意」で関税交渉を前進させていた米国と中国の間に、不穏な動きがみられます。中国としては、低迷する経済状況を改善させるために、米国との経済貿易関係を安定的に管理したいはず。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 米中対立が再燃、トップ会談で前進なるか。関税打撃で弱る中国経済 」
週末をまたいで米中が「ジュネーブ合意」違反を巡り相互に非難
世界第一、第二の経済大国であり、最も重要な二カ国と言える米中関係の行方は、世界経済や市場動向を根底から覆すほどの威力とインパクトを有しています。
本稿では、トランプ第2次政権発足後、不確実に発動されてきた「トランプ関税」を、中国との関係という観点から分析し、米中関税協議を巡る現在地と方向感をあぶりだしていきたいと思います。
先月中旬のレポート 「米中関税戦争が「90日の停戦」、その深層と日本への示唆は?」 で扱ったように、米国と中国は、トランプ政権発足以降、互いに報復措置を取り合い、徹底抗戦の様相を呈してきました。両国の交渉代表は、5月10~11日にスイスのジュネーブで協議をし、12日には、90日間という期間限定で、追加関税率を互いに115%引き下げるという電撃的な共同声明を発表しました。この期間もハイレベル協議を続け、さらなる合意を目指すという対話のメカニズムまで構築されました。
米中合意はマーケットにとっては朗報と言え、例えば、ウォール街を拠点に活動する投資家たちもいったんは安堵(あんど)の感覚に浸ったように見受けられました。
そんな米中関係に、直近の週末をまたいで、再び不穏な動きがみられるようになっています。
米国側が、中国が「ジュネーブ合意」の後もレアアースをはじめとする鉱物資源の対米輸出許可の承認を遅らせていると主張。
中国側も負けていません。週明けの6月2日(月)、商務部の報道官が、中国側がジュネーブでの合意を着実に履行している一方で、「米国側は、ジュネーブでの会談後、中国に対する差別的な規制措置を次々と出している」と不満をあらわにしました。具体的には、AIチップを巡る輸出規制ガイドライン、対中チップ設計ソフトウエア(EDA)販売の停止、中国人留学生へのビザ発給中止などを挙げています。「米国は誤ったやり方を是正すべきだ」と強い言葉で迫っています。
「トランプ関税」の打撃で収縮する中国経済
中国は「トランプ関税」にどう対するか。
この観点から考えるとき、さまざまな要素が絡んでくると思います。習近平政権としての国家戦略(大きく言えば、米国とのグローバルレベルでの覇権争い)、先端技術、人材交流、通商を巡る多国間の制度や枠組み、そして台湾問題など地政学情勢も絡んでくるでしょう。
ただ、最も直接的な影響で言うと、やはり経済が挙げられます。習近平政権指導部として、トランプ関税、および米国との貿易戦争が14億の民を抱える中国の経済情勢にどのような影響を与えるか、という点は中国という国家の発展どころか、生存そのものに直結する重大な話です。
本連載では、3月に開催された1年に1度の全国人民代表大会(全人代)以降、共産党指導部として、「2025年の中国経済にとって最大の不確実性がトランプ関税、および米国との経済・貿易関係と見なしている」という内容を随所で強調してきました。党指導部のこの立場、およびそれに対する私の見解も、現在に至るまで変わりません。
直近の中国経済に関する統計・指標を見てみましょう。
そんな中、5月の中国の景気動向を知る上で重要な購買担当者指数(PMI)が発表されました。中国国家統計局が発表するPMIが49.5で、先月から0.5ポイント上昇しましたが、依然として景気判断の節目としての50を下回っています。また、財新/S&Pグローバルが発表する、景気の上下動をより敏感に反映するとされる財新PMIは48.3となり、前月の50.4から大幅にダウン。50を下回ったのは昨年9月以来初めてで、かつ2年8カ月ぶりの低水準となりました。
中国の経済メディアである財新の調査によれば、5月の新規輸出受注が2カ月連続で減少し、2023年7月以来の低水準となったこと、トランプ関税が世界的な需要を抑制したことなどが背景にあります。
その上で、財新シンクタンクは、昨今の経済成長にとって不利な要素が依然多く、対外貿易環境を巡る不確実性が増えており、中国国内の困難や課題も多いこと、そして第2四半期が始まった段階から、主要なマクロ経済指標が明らかに低迷していて、経済の下振れ圧力も明らかに増えていることなどを指摘しています。
また、政府が打ち出してきた景気刺激策、特に需要喚起に関して、「政府による政策の効果を巡る持続性に関して、もう少し観察した上での評価が必要」と見解を保留している点も重要だと思います。
第2四半期が後半に差し掛かっている現在、中国経済を巡る内外の不確実性は増えており、経済成長にとっての下振れ圧力は弱まらず、政府による刺激策の効果も不明瞭で、景気回復に向けた兆しもなかなか見えてこない。
中国経済の現在地は、おおむねこんなところではないでしょうか。
習近平とトランプが「トップ会談」で妥結を図るか?
このように見てくると、中国経済にとって最も重要な要素の一つが、米国との関税交渉を良好な方向に進め、市場関係者たちを安堵させ、「中国政府は経済を大切にしている」というメッセージを発信することだと思います。習近平政権として、景気回復を後押しできる政策の一つとも言えます。
そこで、今注目されているのが、トランプ大統領と習近平国家主席による電話会談です。両氏による電話会談は、トランプ氏が大統領に就任する直前の2025年1月17日に行われていますが、トランプ第2次政権発足後は、少なくとも公式にはアレンジされてきませんでした。
そんな中、米ホワイトハウスのレビット大統領報道官が6月3日、今週後半にトランプ大統領と習近平国家主席が電話協議すると明かしました。それに先んじて、ホワイトハウスで経済政策を助言する国家経済会議のハセット委員長が1日、米ABCテレビに出演し「われわれはトランプ大統領が今週、習近平国家主席と貿易交渉についてすばらしい会話を交わすことを期待している」と述べました。
また、ベッセント財務長官は同日、米CBSテレビで、中国側がジュネーブで解除すると合意したレアアースの輸出を規制しているとした上で、「トランプ氏と習氏が電話会談すれば、解決すると確信している」とまで言及したのです。
トランプ政権を運営するキーマンたちが外堀を固め、トランプ大統領の習近平国家主席との電話会談の「お膳立て」をしているような雰囲気を感じさせます。私が本稿を執筆している6月4日午前時点では、中国側からは米中首脳会談に関する公式な情報は出てきていませんが、仮に今週後半に行われるとなれば、それはマーケットにとっても重要な「インテリジェンス」になるでしょう。関税交渉やレアアース輸出を巡る動向への影響も必至だと思います。私自身、密に注目していきたいと思います。
(加藤 嘉一)