日本製鉄によるUSスチール買収の見通しと投資判断について、技術力や財務状況を踏まえた分析を提供しています。高い成長可能性と同時に存在する財務負担リスクを包括的に解説しています。


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日本製鉄によるUSスチール買収、実現に向けて前進

 日本製鉄によるUSスチール買収が認められる公算が高まりました。トランプ大統領は5月30日ピッツバーグにあるUSスチール工場で演説を行いました。主な内容と、演説に対する私の評価は以下の通りです。


日本製鉄の投資判断:USスチール買収で新たな成長期待。買収コスト負担は重い(窪田真之)
出所:各種資料より筆者作成

日本製鉄の投資判断は「中立」、ファンドマネジャーとしては買いたい

 アナリストとしての投資判断は「中立」としています。つまり、「積極的に買いを推奨できないが、保有を続けて良い」という判断です。


 私は過去25年間、日本株ファンドマネジャーでした。もし今もファンドマネジャーならば、私は担当ファンドで日本製鉄を買います。ただし、アナリストとして皆さまに「買い」とは言いにくいところです。なぜならば、日本製鉄への投資は、高いリスクを伴うからです。


 私の考えるメイン・シナリオでは、日本製鉄への投資は高いリターンを生みます。ただし、私の考えるリスク・シナリオが実現すると、株価が大きく下落する可能性もあります。


 こういう高リスク銘柄への投資の方法として、100株ではなく、とりあえず楽天証券の「かぶミニ」(単元未満株取引)を使って、10株だけ買うという方法もあります。6月4日終値(2,878円)ならば、10株を3万円以下で買うことができます。少額で投資して、日本製鉄の今後を見守るのも良いと思います。


日本製鉄の投資魅力とリスク

 私は、過去25年間、日本株ファンドマネジャーでした。ファンドマネジャーとしても、一人の日本人としても日本製鉄が好きでした。それは今も変わりません。同社の投資魅力とリスクについて、以下の通り考えています。


投資魅力1:経営力

 日本製鉄は過去、何度も厳しい世界的な鉄鋼不況に見舞われ、巨額の赤字を計上したこともあります。それを構造改革・技術開発・業界再編で乗り切ってきた経営力を高く評価します。


 一方、日本製鉄が買収を目指しているUSスチールは、米国政府が保護すればするほど弱体化していった歴史があります。USスチールは1960年代には世界トップの製鉄企業でした。ところが1970年代以降、競争力が低下、日本にトップの座を奪われ、さらに2000年代以降は中国に追い越されその差は拡大する一方です。


 米国は自国の鉄鋼産業に対して度重なる保護主義政策を打ち出してUSスチールを守ろうとしましたが、保護すればするほど高コスト体質の改善が遅れ、衰退が加速するという皮肉な結果となりました。米国トップの座も、電炉大手ニューコアに奪われ、2023年の粗鋼生産では米国で3位、世界で24位まで低下しています。


 日本製鉄によるUSスチール買収が実現に向かって進んでいることに期待しています。実現すれば、日本製鉄は技術導入・設備刷新してUSスチールを技術競争力のある強い会社として復活させる計画を持っています。


投資魅力2:技術力・収益力・財務内容

 昔も今も、人類にとって不可欠な鉄鋼生産で、世界トップクラスの技術力を維持してきたことを、高く評価します。同じ鉄鋼製品であっても、中国メーカーが量産する汎用(はんよう)スチールと、日鉄がひも付きで トヨタ自動車(7203) などに供給する高級鋼はまったく異なる製品です。


 日本製鉄がトヨタ自動車などに供給している高級鋼には、いろいろな種類があります。


【1】高張力鋼板(ハイテン材)

 最も重要なのは、硬さ(引張強度)です。日鉄のハイテン材は、板厚を薄くしても強度が確保できるため、自動車の軽量化に貢献してきました。日鉄は強度1.5ギガパスカル級と、世界最高水準の超ハイテン鋼板製造技術を有します。


 強度とともに重要なのは、加工性です。強度が高いほど延性・成形性が低くなりますが、それでは自動車用鋼材として使えません。日鉄は、微量元素の配合・調整・焼きなまし工程の工夫でこの課題を克服しており、門外不出の技術です。


 ところで近年、鉄より硬く鉄より軽い素材として「炭素繊維」が注目されています。 東レ(3402) の炭素繊維は航空機に使われるほか、自動車の車体にもトライアルとして使われています。ただし炭素繊維は高額で加工が難しく自動車で本格的に使われる見通しはたちません。自動車向け高級鋼として日鉄の超ハイテン鋼への需要はこれからさらに高まると考えられます。


【2】冷間プレス用高張力鋼板

 日本車の競争力を支える重要素材。

常温で鍛造する冷間プレスは、高精度の自動車部材の生産に不可欠。日本の自動車メーカーは、冷間プレスを多用。ホットスタンプ工法を使うことが多い欧米自動車メーカーに対する差別化となっています。ただし、この鋼材は製造が難しく、日鉄などの独自技術となっています。


【3】電磁鋼板

 電動化が進む自動車産業において重要性を増している素材です。電磁鋼板は薄いほど内部に渦電流が流れにくくなり性能が向上します。日鉄は、ハイブリッド車や電気自動車の電動モーターに使われる0.35~0.5mmという極めて薄い電磁鋼板を製造しています。


 21世紀に入り、中国による無秩序な鉄鋼大増産によって鉄鋼の国際市況が下落して深刻な鉄鋼不況が起こりました。2014年ごろ、中国の国営企業は赤字でも補助金を得て増産を続けたため、過剰供給に歯止めがかかりませんでした。その影響で世界中の鉄鋼会社が赤字になった時も、日本製鉄(当時の社名は「新日本製鉄」)は相対的に堅調な業績を維持しました。


 中国企業と競合する汎用品が少なく、競合の少ない高級鋼主体の生産とした効果が出ました。トヨタ自動車(7203)などにヒモ付き(生産する前に販売先・納入先が決まっている取引)で生産・販売することで、中国増産の影響を直接受けずに済みました。


 ただし、それでも世界的に鉄鋼市況が暴落した時は、ヒモ付き価格も不当に低く据え置かれたため、収益的に厳しい状況が続きました。


 近年、中国による鉄鋼の無秩序増産は抑えられるようになり、ヒモ付き価格の値上げも通るようになりました。その効果で、2023年3月期に日本製鉄は最高益を更新しました。


 2024年以降、また中国企業の過剰生産で、鉄鋼の世界市況は下がっています。その影響で、USスチールなど米国企業は赤字に転落しています。日本製鉄も大幅に減益となっていますが、それでも相対的には堅調な業績を保っています。


日本製鉄の事業利益・純利益:2019年3月期~2026年3月期(会社予想)
日本製鉄の投資判断:USスチール買収で新たな成長期待。買収コスト負担は重い(窪田真之)
出所:日本製鉄決算資料

投資魅力3:配当利回りの高さ、割安な株価

 日本製鉄の投資魅力として重要なポイントに、割安な株価が挙げられます。世界的な鉄鋼市況の下落で減益となっていますが、それでも株価収益率(PER)・株価純資産倍率(PBR)は低く、配当利回りは高くなっています。株価指標で見て「割安」に据え置かれています。


日本製鉄の株価指標:2025年6月4日時点 コード 銘柄名 株価:円 配当利回り PER:倍 PBR:倍 5401 日本製鉄 2,878 4.2% 15.0 0.55 出所:配当利回りは、2026年3月期1株当たり配当金(会社予想)120円を6月4日株価で割って算出、楽天証券経済研究所が作成

日本製鉄に投資するリスク

 私は、日本製鉄の未来に期待していますが、そこには大きなリスクがあります。重要なリスクとして、【1】USスチール買収に関するリスク、【2】脱炭素に伴うリスクがあります。


重大なリスク1:USスチール買収に関するリスク

 USスチール買収が実現する見通しとなりました。米国政府が黄金株を持つことで、USスチールの100%買収が認められることが期待されます。実現すれば、長期的に米国で成長が期待できるようになります。ただし、短期的には買収による財務悪化と短期的な収益悪化に苦しむ可能性があります。


 100%買収が認められるとして、買収に約2兆円かかります。さらに新規の設備投資で約2兆円の投資が予定されています。約4兆円の先行投資によって、日本製鉄の財務に重い負担が生じます。


 日鉄はUSスチール買収で長期的成長を勝ち取ると予想していますが、短期的には財務および損益に大きなマイナス影響があります。USスチールの設備を刷新・技術導入して高級鋼の生産を拡大、高収益を得るには、かなりの年月がかかります。


 マイナス効果が先行、プラス効果は遅れて出てくることに、注意が必要です。


重大なリスク2:脱炭素のリスク

 鉄鋼産業(高炉)は、電力産業と並び、CO2排出が大きい産業です。高炉の生産プロセスで、原料炭を使うためです。将来的には、原料炭の代わりに水素を使う「水素還元製鉄」への転換が必要です。ところが、その技術開発・設備投資に莫大(ばくだい)なコストがかかります。

その負担に耐えるのには、相当な経営体力が必要と考えられています。


 このリスクは、10年以上先に現実の問題となってくると考えています。数年以内に顕在化することは無いと考えています。


【参考】日本製鉄の過去45年の歴史

 ご参考まで、同社の過去45年の株価チャートをご覧ください。


日本製鉄の株価月次推移:1980年1月~2025年6月(4日)
日本製鉄の投資判断:USスチール買収で新たな成長期待。買収コスト負担は重い(窪田真之)
出所:QUICKより楽天証券経済研究所が作成

 ご覧いただくと分かる通り、日本製鉄株は、1980年代以降、2回急騰相場があります。1回目は1980年代後半、2回目は2000年代の後半です。


【1】1980年代後半の大相場

 日本製鉄は明治の産業革命をけん引し、さらに戦後1960年代の高度成長をけん引した名門企業です。ところが、1970年代のオイルショックで低迷し、1980年代の前半には構造不況業種となりました。


 そこから「合理化・コストカット」の構造改革を経て大復活したのが、1980年代後半でした。バブル景気とも言われる内需景気で、建設ブームが起こり、鉄鋼産業も大復活を遂げました。それを受けて、ご覧の通りの大相場となりました。


【2】2000年代後半の大相場

 バブル崩壊の1990年代に鉄鋼産業は再び構造不況に陥りました。ところが、その後、合併とリストラで筋肉質に生まれ変わった後、大復活しました。2000年代の後半は、ブリックスと言われた新興国(中国・インド・ブラジル・ロシア)の成長が加速して、これらの国で鉄鋼需要が急拡大しました。日本の鉄鋼産業もその恩恵で大復活しました。


 ただし、2008年にリーマンショックが起こると、ブリックスの高成長による鉄鋼業の興隆も終わりました。中国の鉄鋼産業が、収益無視の大増産を続けたため、世界の鉄鋼市況が暴落し、世界中の鉄鋼産業が構造不況に陥りました。


 日本製鉄は、中国と競合する汎用品はほとんど手掛けず、ハイエンド・スチールに特化していたので、相対的には収益力を保ちました。それでも、汎用品の下落の影響を受けて、ヒモ付きの高級鋼材も安値が続き、収益低迷が続きました。


 日本製鉄は、リーマンショック後、さらに構造改革を進めました。国内で余剰だった高炉の閉鎖を進め、過剰設備が解消されたところで、極端な安値にとどまっていたヒモ付き価格の引き上げを進め、収益力を大幅に高めました。その成果で、2023年3月期は、売上高・営業利益・経常利益・純利益の全てで過去最高益を更新しています。


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(窪田 真之)

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