トランプ大統領と習近平国家主席が電話会談を行いました。レアアースの輸出規制や中国人留学生へのビザ発給停止問題などが原因で緊迫していた米中関係が、いったん緩和。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 米中対立の行方は?習近平発言からみる中国の思惑 」
トランプ大統領と習近平国家主席が「初」の電話会談
第2次トランプ政権発足後から、「貿易戦争2.0」を繰り広げた米中間の関税協議が非常にドラスティックな展開を見せています。
先週のレポート「米中対立が再燃、トップ会談で前進なるか。関税打撃で弱る中国経済」 では、5月の「ジュネーブ合意」を受けて、追加関税率を90日間、それぞれ115%引き下げ、引き続き関税を含めた協議を続けていく米中の対立関係について紹介しました。中国政府によるレアアース対米輸出許可承認遅延、米国政府による人工知能(AI)チップを巡る輸出規制ガイドラインの公布、対中チップ設計ソフトウエア(EDA)販売の停止、中国人留学生へのビザ発給中止といった問題をめぐり、相互に非難を繰り返しています。
市場や世論では、「米中のジュネーブでの合意は破綻したのか?」といった臆測まで流れました。そんな中、仮にそんな局面を打開する可能性があるとすれば、習近平国家主席とトランプ大統領というトップ同士による対話であろうとした上で、両首脳による電話による会談の可能性を示唆しました。
そして、レポートを配信した6月5日、木曜日の夜(北京時間)に、米中首脳電話会談が行われました。トランプ氏が1月20日に大統領に就任して以降、初となる公式での電話会談です。詳細は後述しますが、電話会談からわずか3日後には、両首脳の代表(「特使」と言っても過言ではありません)が第3国であるロンドンに集まり、関税協議に臨んでいます。
本稿を執筆しながら、米国と中国の関係というのは、互いに国家の尊厳と命運を賭けて戦い合う大国関係なのだとつくづく実感しています。これまでの経緯を端的に整理すると、次のようになるでしょう。
この5カ月未満の間に、米中二大国は関税という一領域を巡り、互いの国益をぶつけ合いながら、まさにジェットコースターのように、対立と対話を繰り返し、現在に至っているということです。昨今、ここまでドラマティックな二カ国関係を演出できるのは、米中を除いてないでしょう。それだけ、世界の秩序や経済に対するインパクトも大きいということでもあります。
習近平氏はトランプ氏に何を語ったか?
ここからは、トランプ政権2期目初となった米中首脳電話会談を振り返っていきましょう。二大国が現在どういう状況にあるのか、これからどう関係をマネージしようとしていくのかがある程度見えてくると思います。
習近平氏の会談での発言の中で、私が重要だと捉えたのは以下です。
「米国側の提起に基づき、両国の通商統括者がジュネーブで会談を行い、対話と協商を通じて通商問題を解決するための重要な一歩を踏み出した。各国、各業界、国際社会の普遍的な歓迎を受けた。対話と協力こそが唯一正しい選択なのだと証明した」
「ジュネーブ合意後、中国側は厳粛に、真剣に合意事項を実行した。
「双方は外交、経済貿易、軍隊、法執行といった各分野における交流を増進させることで、合意を増やし、誤解を少なくし、協力を強化していくべきだ」
これらの文言から習近平国家主席率いる中国の意図を読み解いていきましょう。
(1)米国側のほうが関税協議に焦っていて、中国はそれに応じ、協力しているという体裁を取りたいと考えていること
(2)中国は中国なりにジュネーブ合意を着実に実行すべく尽力はしてきた。米国側の要望に沿わない部分もあるかもしれないが、公平に見るべきだ。中国側の要求にも応じるべきで、努力は双方向であるべきだと考えていること
(3)関税だけでなく、軍事交流やフェンタニル問題を含め、視野を広げて両国関係を前進させるべきだと考えていること
また、米中関係の中で最も敏感で、リスクの高い台湾問題に関して、習氏は「米国は慎重に台湾問題を処理すべきだ。極少数の『台湾独立 』分裂分子が中米両国を衝突と対抗の危険な境地に陥れるのを回避すべきだ」とトランプ氏に訴えました。トランプ政権として、台湾の頼清徳(ライ・チントー)政権との実質的な関係を強化したり、武器売却を加速させたり、台湾の対中強硬をあおったりすれば、米中はそれこそ台湾問題を引き金に軍事衝突にぶつかる可能性すらある、それでもいいのかというボールを投げつけました。
「戦争嫌い」で知られるトランプ氏にこの言葉がどう響いたのか。今回の習近平氏との電話会談を受けて、米国の台湾政策がどう推移していくのか。日本でもますます懸念度が高まっている「台湾有事」の行方を占う上でも、米中両首脳による台湾問題を巡るやり取りと駆け引きは極めて重要だと思います。
単なる「関税協議」にとどまらないロンドン協議。米中対立はいずこへ?
トランプ氏は「私は習近平主席をとても尊重している」と述べた上で、米中関係が重要であること、米国側は中国経済が強靭(きょうじん)な成長を続けるのを見たいこと、米中はともに多くのことを成し遂げられること、米国は「一つの中国」政策を続けること、ジュネーブ合意を中国側と共に実行していく用意があること、そして中国人留学生が米国に来て学習することを歓迎する、などと主張しました。
トランプ大統領は少なくとも表向きには、終始習近平国家主席へのリスペクトを公言しており、中国側としてもその点をポジティブに受け止めているでしょう。今後、米中間のあらゆる分野で摩擦が激化するたびに、首脳同士による対話で沈静化するという局面が生じるかもしれません。要注目です。
私が本稿を作成している6月11日午前から午後(日本時間)の時点で、米中のロンドンにおける関税協議の2日目が終わっています。本協議には、米国側からはベッセント財務長官、ラトニック商務長官、グリア米通商代表部(USTR)代表、中国側からは何立峰(ホー・リーフォン)副首相、王文涛(ワン・ウェンタオ)商務部長、李成鋼(リー・チョンガン)貿易交渉代表兼商務次官が参加しました。両国の対外通商交渉を巡るキーマンが勢ぞろいしたという陣営であり、米中がいかに相手国との関係や交渉を重視し、優先的に取り組んでいるかが露呈していると言えるでしょう。
協議を受けて、両国代表はジュネーブで合意した内容を実行に移す方法を巡る枠組みで合意したとのこと。李成鋼次官は記者団に、米中の代表団が今回の提案をそれぞれの首脳のために持ち帰ると述べました。習近平国家主席とトランプ大統領がそれらを承認すれば、「われわれはその実効を目指す」とラトニック商務長官は記者団に語っています。
今回の協議では、関税率というだけでなく、むしろ米国にとってはレアアース、中国にとっては半導体関連の輸出規制に焦点を当て、相手国が少なくとも規制や審査のプロセスを緩和し、自国の経済や産業へのダメージをコントロールすべく、交渉に臨んでいるように見受けられます。
ラトニック氏は、中国側がレアアースの輸出規制を巡るライセンスを承認すれば、米国の輸出規制も緩和されると期待して良いと述べています。
要するに、5月のジュネーブでの協議が、「両国は3桁まで膨れ上がった追加関税率をどこまで引き下げるか」に主な注目が集まっていたのに対し、今回のロンドンでは、より広範かつ機微な分野に足を踏み込み、米中の経済関係を、自国の産業政策、科学技術政策、国家安全保障、兼ねては軍事政策といった観点から、戦略的競争をどう管理するかという次元で交渉に繰り広げているということです。
関税協議という枠を超えて、「米中対立」そのものがどう推移するかを占う上で、ジュネーブ協議に続くロンドン協議は非常に重要だということです。今回の協議を経て、両国当局からどのような声明や政策が発表されるか。日本の経済、産業、企業、市場への影響は実質的、かつ必至であり、密に注目していくべきだと思います。
(加藤 嘉一)