ビットコインが史上最高値を更新、ドル建てで12万ドル、円建てでは1,800万円台に到達した。この背景に一般企業によるインフレヘッジとしてのビットコイン買いが指摘される。

ビットコインは本当にインフレヘッジなのか、順を追って検証していきたい。


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最高値更新を続けるビットコイン、政治不安が引き金か

 2024年は、先進国で与党がほぼ全敗した。米国、英国では政権が交代、ドイツ、フランス、カナダでは首相が交代、日本でも与党が過半数割れとなった。個々の事情はあるにせよ、共通するのはインフレへの不満だ。コロナ対策でばらまいた流動性が世界中でインフレを引き起こし、これに緊縮財政や金融引き締めで正常化を目指した政府が国民からNOを突き付けられた格好だ。


 これを受けて、2025年は世界中で減税合戦が繰り広げられている。イーロン・マスク氏は放漫財政に関しては二党独裁だとし、第三の政党をつくろうとしているが、日本ではそういった声はほとんど耳にしない。


 2024年3月ごろからビットコインは史上最高値を更新し続けているが、これはこうしたインフレと無縁ではない。


 2024年1月に米国でビットコイン上場投資信託(ETF)がローンチした際、世界最大の運用会社ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)はテレビに出演し、「米ドルは債務が大きすぎて価値が毀損(きそん)している。BTCはそうした政府のややこしい問題から無縁のデジタルゴールドだ」と訴えた。


 すると同社が運営するビットコイン現物ETF(IBIT)は、史上最速となる2カ月足らずで100億ドルのファンドとなり、1年半で800億ドルを超える大ヒットを記録した。政治不安や地政学的リスクの局面で強さを見せるビットコイン。果たしてビットコインはデジタルゴールドなのだろうか?


ビットコインがインフレヘッジとして注目される理由

『21世紀の貨幣論』の著者フェリックス・マーティン氏は、ビットコインの人気を「ジョン・ロックの貨幣観への回帰」と評した。ロックは、自然状態での自由を前提に、国家と契約して権利の一部を委ねる社会契約論を唱え、悪政を行う国家を倒す「革命権」を主張。

フランス革命や米国独立戦争の思想的支柱となった彼の貨幣観は、次の2点に集約される


  • 貨幣システムは厳密かつシンプルなルールに従うべきである
  • 通貨の発行量は中央銀行の金準備に依存すべきである

 つまり、王がぜいたくのために紙幣を乱発し、インフレで民衆を苦しめることを防ぐ金本位制を支持した。現代では「王」は存在しないが、コロナ対策として中央銀行が無制限に紙幣を増刷した結果、世界中でインフレが進行し、民衆がその影響を受けている。


 こうした中、発行量がプログラムで厳格に制限されたビットコインが「デジタルゴールド」として注目を集めている。2020年以降、法定通貨の信用低下を背景に、ビットコインは、現金や株式などの金融商品の代替投資や逃避資産として選好されるようになった。


 例えば、2024年1月の米国でのビットコインETFローンチ後、ブラックロックのIBITは1年半で500億ドル超の資産を集め、投資家の関心を示した。


 人間は紙幣増刷の誘惑に弱く、金本位制を放棄した歴史がある。ビットコインは、こうした人間の限界を超え、コンピューターによる厳格な管理で信頼性を担保する資産だ。


 より正確には、多数決で資産家に不利な政策が押し付けられる中、資産家たちがビットコインに逃避しているともいえる。投資家にとって、ビットコインはインフレリスクへの備えとして、今後ますます重要な選択肢となるだろう。


 ビットコインがインフレヘッジとして注目され始めたのは、2020年のコロナショック後だった。外出自粛やロックダウンにより国内総生産(GDP)の3割が消失する事態に際し、米国政府は国債を発行して現金を給付し、米連邦準備制度理事会(FRB)は「無制限緩和」と称してその国債を買い入れた。


 この時点では緊急対策として妥当だったかもしれないが、鋭い投資家はこれが将来のインフレを引き起こすと予測。

春先から夏にかけて、株、金、ビットコインなど実物資産の価格が上昇した。秋口になると、金(ゴールド)と「デジタルゴールド」と呼ばれ始めたビットコインのどちらがインフレヘッジとして優れているか、といった議論が始まった。


 その際、価格変動が大きいビットコインは、同じヘッジ効果を得るために資金効率が高いという考えが浮上した。伝説の投資家ポール・チューダー・ジョーンズはこれを「レースに勝つには最速の馬に乗れ」と表現。


 ジム・ロジャーズ氏とともに活躍した著名投資家ジョージ・ソロスの右腕と呼ばれたスタンレー・ドラッケンミラーや、世界最大のヘッジファンドを率いるレイ・ダリオも、インフレヘッジとしてのビットコインの優位性を指摘した。


 例えば、株と債券に50%ずつ分散投資するポートフォリオを考える。ビットコインが金より10倍の価格変動があると仮定すると、同じヘッジ効果を得るのに、金では20%の資産を割り当てる必要があるのに対し、ビットコインなら2%で済む。これにより、株や債券への投資余力が圧迫されにくいというわけだ。


 ただし、ビットコインがインフレヘッジとして有効かどうか疑問視する声もある。金も同様に、インフレヘッジとしての有効性は経験的に信じられているにすぎず、統計的に証明されたわけではない。実際、金(ゴールド)とビットコインの消費者物価指数(CPI)との相関係数は0.1~0.2程度で、有意な相関は確認されていない。


 しかし、行動経済学の観点では、投資家がインフレヘッジとしてビットコインや金を買うと信じれば、インフレ期待が高まる際に需要が急増し、自己実現的に価格が上昇する。

このメカニズムが、ビットコインの「デジタルゴールド」としての価値を後押ししている。


企業によるインフレヘッジが大きく影響

 ここ数カ月、注目を集めているのは一般企業によるビットコインの購入だ。一般論として、デフレ時代には「キャッシュ・イズ・キング」とされ、自己資本比率が高く、現預金を多く保有する企業が優良とされた。


 しかし、インフレ時代になると現預金は購買力が目減りするリスクがあり、特に日本のように実質金利が大きくマイナスの国では、現預金を放置することは無策と見なされかねない。こうした中、企業がインフレヘッジに取り組むのは当然の責務といえる。その中で、ビットコインを資産に組み入れるのは自然な流れだ。


 前述の通り、ポートフォリオに組み込む際、金(ゴールド)よりビットコイン(デジタルゴールド)のほうが資金効率が高い。この点は、企業がインフレヘッジを考える際に重要なポイントとなる。企業が現預金の目減りを防ぐため、その一部をヘッジ資産に振り向けることを想定すると、個人投資家のポートフォリオと同様の論理が適用される。


 すなわち、価格変動が大きいビットコインは、同じヘッジ効果を得るのに金より資金効率が良い。例えば、現預金の20%を金に振り分けると80%が残るが、ビットコインに2%振り分けると98%が残る。この違いは、個人投資家の場合は運用成績を左右するが、企業の現預金では事情が異なる。


ポートフォリオ振り分けのパターン
12万ドルの最高値を更新!ビットコインはインフレヘッジなのか?
各種資料より楽天ウォレットが作成

 企業の現預金は、入金と支払いのタイムラグを支える運転資金であり、取引先からの入金遅延、業績悪化、天変地異などに備える支払準備金の性格を持つ。

この資金が尽きると企業は破綻する。


「勘定合って銭足らず」という言葉があるように、企業が破綻するのは赤字になることではなく、現預金が不足することだ。それ故インフレヘッジ後の現預金がどれだけ手元に残るかは、企業にとって極めて重要だ。


 資産運用の場合は運用成績に影響するだけだが、企業活動では、極端に言えば存続の死活問題となりかねないからだ。不動産など流動性の低い資産に投資する場合、企業はさらに慎重にならざるを得ない。


ビットコインを企業財務に取り入れる「Bitcoin Treasury Company」の台頭

 最近、企業が財務戦略としてビットコインを保有する「Bitcoin Treasury Company」という言葉が広まりつつある。ほんの数年前までは、価格変動の激しいビットコインを一般企業が保有することは不適切とされるのが一般的だった。


 しかし、この定石を破った先駆者は、マイクロストラテジー(現:Strategy)だ。元々は企業向けソフトウエア開発企業だったが、ビジネスインテリジェンス(BI)市場での競争激化や、積み上げた現預金の購買力低下を防ぐため、2020年にビットコイン投資に踏み切った。


 当時、BTC ETFが存在しなかったこともあり、同社株がビットコインの代替投資として注目され、株価が急騰。新株発行や債券による資金調達でBTC購入を繰り返し、2025年7月時点で約60万ビットコイン(約700億ドル、約10兆円)を保有する、「Bitcoin Treasury Company」の代表格となった。


 これに触発され、日本ではメタプラネットが2024年4月にBTC投資を開始した。


 1999年設立、CD・レコードの企画、制作、販売からスタートし、持ち株会社体制への移行、ホテル運営事業への参入などの変遷を経て、2024年からビットコインを中心とした事業構造へと事業内容を大きく転換した同社については、その戦略について評価が賛否両論分かれたが、資金調達とBTC購入を繰り返すたびに株価が上昇し、1年2カ月で時価総額が22億円から1兆円超に急成長した。


 この現象は「メタプラネット神話」とも呼ばれ、株式市場でビットコイン投資を始めると株価が上昇するトレンドを生み、追随する企業が増えている。


 背景には、トランプ政権による「戦略的ビットコイン準備」の開始がある。2025年3月に署名された大統領令で米国政府がビットコイン保有を表明したことは、ビットコインへの信頼性を高める決定的な後押しとなった。州政府や公的年金基金も追随し始め、一般企業がバランスシートにビットコインを組み込むハードルが下がった。


 こうした現象にBitcoin Treasury Companyと名前が付いたことが重要だ。投資の世界では名前が付くことで、新しい動きが肯定されることがよく見られる。


 例えばゴールドマンサックスがBRICSという言葉を創り出すと、それまであまり見向きもされなかったインド株がブームとなった。古い話になるが80年代後半には「財テク」という言葉が流行、それまでタブー視されてきた一般企業による株や為替、不動産投機が肯定された。


 外部資金に頼ったビットコイン投資は価格が右肩上がりの間はいいが、価格が下がり始めた時にどうなるのか不安が残る。しかしBitcoin Treasury Companyという名前を得てこのブームはもう少し続く可能性がある。


 オーバーシュートして失速するのがブームのパターンで、このBitcoin Treasury Companyブームはまだ過熱の段階で、熱狂には至っていないと考える。

そういう意味では12万ドルは通過点に過ぎないのかもしれない。


 個人投資家のビットコイン保有がある程度普及したのに対し、一般企業のビットコイン保有はまだ始まったばかりだ。資金調達を通じてビットコインを購入し、株価が急上昇する現象は、Bitcoin Treasury Companyブームの一過性の動きとも考えられる。


 ただし、自己資金を使ってのビットコイン投資はこれからさらに加速すると考えている。個人であれば、居住国の通貨価値の目減りを許容する選択肢もあり得るが、グローバル企業にとって、特定の通貨と心中する選択は現実的ではない。インフレヘッジとしてのBTC購入は、今後さらに多くの企業に広がるだろう。


(松田 康生)

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