トランプ大統領は世界を驚かす命令を連日出し続けています。とはいえ「米国のことしか考えず、朝令暮改で混乱を招いている」と批判するだけでは問題は解決しません。

彼の真意を冷静に分析する必要があります。トランプ大統領の立場から考えて、日本の取るべき道を考えます。


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トランプ大統領の懸念:「双子の赤字」拡大、このままでは取り返しのつかないことに

 膨張を続ける米国の「双子の赤字」(貿易赤字・財政赤字)。結果として、米国は世界最大の対外純負債国【注】となっています。


【注】「対外純負債国」とは
 海外に保有している資産を「対外資産」、海外から借り入れている負債を「対外負債」と言います。対外負債が対外資産を上回る国が「対外純負債国」です。米国は世界最大の対外純負債国です。一方、対外資産が対外負債を上回る国は「対外純資産国」と言います。


<対外純資産と対外純負債のランキング:2024年末>
トランプ政権後に残るものは?「相互関税」の真意と日本の取るべき道を考える(窪田真之)
出所:各種資料より楽天証券経済研究所が作成

 トランプ大統領は、拡大する米国の「双子の赤字」は放置すると取り返しのつかないことになると考えたようです。米国は世界最大の借金国で、日本や中国が大量の米国債を保有しています。日本は友好国ですが、中国のように米国と敵対する国に巨額の米国債を持たれているのに不安があります。


 対外純資産で世界の1位、2位、3位に並んでいるのは、米国から巨額の貿易黒字を稼ぎ続けてきた国です。それが、ドイツ、日本、中国です。

特に、中国は今でも対米で巨額の黒字を稼ぎ続けています。


 中国を第一のターゲットとし、それに続いて、日本、ドイツ(欧州連合:EU)、メキシコ、ベトナムなど、対米で貿易黒字の大きい国全てをターゲットとして関税引き上げを一方的に宣告しました。


 全ての国に「相互関税」という言葉を使っています。関税率の高い国に対してそれと同等の関税を課すという意味ですが、詭弁(きべん)です。インドやベトナムや韓国のように実行関税率の高い国に対して言うならば分かりますが、日本のような低関税の開かれた国に対して「相互関税」という言葉を使うのは不当です。


「関税率が高かろうが低かろうが、対米で貿易黒字を稼いでいる以上、なんらかの不公正がある」という詭弁で、日本に対しては「非関税障壁」を根拠とし、さらに米(コメ)など取引量の小さい一部商品の高関税を問題とする戦略を使っています。


 トランプ大統領の狙いは、貿易赤字の削減であり、また経済活性化のための大型減税の継続も重要な目標です。大型減税の財源として関税収入を増やすことは不可欠です。どのような詭弁を使ってでも、全ての貿易黒字国に対して高い関税を課すのは既定路線と思われます。


 トランプ大統領は、さまざまな政府機関や国際機関への補助金や協賛金も、次々とカットしています。海外での防衛協力も縮小の方向をはっきり打ち出しています。


 貿易赤字だけでなく財政赤字まで含めて、米国の「双子の赤字」と徹底的に戦っていると言えます。


トランプ大統領の内政:低所得者層・労働者層の「反感」を利用

 経済政策だけに注目すると、トランプ大統領がやってきた政策は、明らかに大企業・金持ち優遇で低所得者に厳しい内容です。それを悟らせることなく、低所得者層・労働者層から熱狂的な支持を得ている交渉術は見事と言うしかありません。


【1】関税引き上げは消費税引き上げと同じ:低所得者層ほどマイナス影響が大きい


 関税引き上げには、二つの効果があります。一つ目は、米国の貿易赤字を減らし、米国の製造業を守る効果。もう一つは、米国内の物価水準を引き上げ、米国の過剰消費を抑える効果です。


 トランプ大統領は、一つ目の効果を強調することで労働者層の支持を取り付けていますが、いずれ二つ目の効果も出てきます。


 関税引き上げは、輸入品だけに限定して消費税を引き上げたのと同じです。例えば中国から輸入している安価な生活必需品にだけ高い消費税をかけたのと同じです。そうなると、低所得者層ほど大きなダメージを受けます。


【2】大規模減税は課税所得の大きい大企業・富裕層ほど恩恵が大きい


 減税は、納税額の大きい大企業・富裕層ほどメリットが大きくなります。従って、恒久減税は、米国株を上昇させる効果があります。


 このように、関税(消費税)引き上げ、所得税引き下げの政策パッケージには逆進的(貧富の差を拡大する)効果があることは、経済学の初歩としてよく知られたことです。


 トランプ大統領の政策は、税制に限らずほとんどが低所得者に厳しい内容です。

第1次トランプ政権で、オバマケアと呼ばれた公的医療保険の廃止を要請したことは、低所得者にダメージでした。LGBTに厳しい政策も、移民への厳しい対応も、ウクライナに対する厳しい姿勢も、全て弱者に厳しい政策の延長線上と考えることもできます。


 それでも反発を受けにくいのは、米国に広がる「アンチ・エスタブリッシュメント(権力と富を独占する仕組みに守られた層への反感)」をうまく活用しているからです。例えば、ハーバード大学への弾圧もそうです。ハーバード大卒は、エスタブリッシュメントの象徴だからです。


 地球環境を守るための規制や、多様性・公平性・包摂性(DEI)重視、国際協調を重視する姿勢は、全て「エスタブリッシュメントの論理」と切り捨て、米国民の利益を守るために戦うと主張していることが、アンチ・エスタブリッシュメント層の支持につながりました。


 ワシントンD.C.の官僚をリストラする一方、チップを非課税にすると宣言して、労働者層を喜ばせる政策を散りばめて、本質を分からなくしています。


 ただし、そうした目くらまし戦略にも、少しほころびが見えてきています。詳しい説明は割愛しますが、今、トランプ大統領はエプスタイン氏にかかわるスキャンダルで窮地に立たされています。


 エスタブリッシュメントの象徴であったエプスタイン氏とのつながりが暴露されることで、アンチ・エスタブリッシュメント層から不信を買う可能性が出ています。エプスタイン氏にかかわる問題が、これだけ米国で大きく取り上げられているのは、背景としてトランプ大統領が本当に味方なのか、労働者層から不信感が出てきているためと考えられます。


日本はどう対処すべきか?トランプ政権後に残るもの

 トランプ政権が永遠に続くわけではありません。

トランプ政権が終わった後まで見通した、適切な対応が求められます。トランプ政権が強く打ち出している政策のうち、トランプ政権後まで続くこと、続かないことを想定しながら、対応することが必要と考えます。


 トランプ政権後までは続かないと思うことの一つに、環境規制の撤廃があります。トランプ大統領は、環境規制を撤廃して化石燃料の使用を増やそうとしています。トランプ政権が終わった後もそれは続くでしょうか?


 空気汚染や水質汚濁、熱波や山火事などの問題が深刻化すれば、トランプ政権後に、米国も再び環境規制を強める方向に転じると、私は思います。  


 それでは、関税政策はどうでしょうか? 私は、トランプ政権が終わった後も、高関税は残ると思います。「双子の赤字」がどんどん拡大するのを放置しておくと米国経済は持たないという現実があるからです。


 高関税を導入したおかげで、米国の税収は一時的に大幅に改善しました。税収を関税に依存する体質になった以上、トランプ政権の後を継ぐ政権も、関税を引き下げることはできないと思います。


 それでは、日本政府はどう対処すれば良いでしょうか? 関税引き上げは甘受せざるを得ないとして、他国と比較して「相対的に不利になる」ことだけは、なんとしても避けなければなりません。そして、日本企業は、これまでもこれからも、米国の現地生産比率を高める努力を続ける必要があります。


 その意味で、日本はこれまでのところ、うまく交渉していると私は高く評価しています。

関税政策とは別の話ですが、日本製鉄によるUSスチール100%買収を勝ち取ったことも、日本製鉄の交渉力を含め、見事だったと思います。


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