トランプ関税発動、そして米雇用統計の発表を迎える8月1日に潮の流れは変わるのか注目、ということを過去にお伝えしてきました。いざ8月を迎えた先週はドル/円にとって予想外の出来事の連続でした。
7月末~8月初めのドル/円は予想外の連続。先週の出来事を振り返り
先週は予想外の出来事ばかり起こりました。7月末から8月初めの動きを振り返ってみます。
(1)7月29~30日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では政策金利は5会合連続で据え置き(4.25~4.50%)が決定されました。米連邦準備制度理事会(FRB)のボウマン副議長とウォラー理事は0.25%の利下げを主張し反対しました。2名が反対したのは1993年12月以来約32年ぶりとのことです。両氏は第1次トランプ政権時に指名された理事でした。
パウエル議長は関税による物価押し上げ効果は「一時的なものに過ぎないというのが基本シナリオだ、長期化する可能性もある」と述べ、トランプ関税によるインフレへの影響を見極めるにはさらに時間をかけるという慎重な姿勢を維持しました。
そして次回9月利下げの可能性は「9月までに雇用と物価に関する2回分のデータを得ることができる。9月については何も決めていない」と述べたため9月利下げ期待後退で金利上昇、株下落、ドル高となりました。
(2)7月30~31日の日本銀行金融政策決定会合では関税政策の影響がまだ見極められないことから、政策金利は現状の0.50%程度が維持され、4会合連続で利上げは見送られました。
しかし、植田和男日銀総裁は記者会見で「インフレ率の上方修正だけで金融政策が左右されるものではない」「基調的な物価上昇率はまだ2%に届いておらず、緩和的な金融政策を維持している」などと発言し早期利上げを示唆しませんでした。
また「足元の為替の動き、物価見通しに直ちに影響あるとはみていない」との発言で円売りに拍車が掛かり、海外市場では4カ月ぶりに1ドル=150円台後半の円安となりました。
(3)8月1日、米7月雇用統計の非農業部門雇用者数が+7.3万人と予想の10万~11万人を下回り、さらに過去2カ月分が▲25.8万人と大幅下方修正となったことは予想外の出来事でした。6月の▲13.3万人の大幅下方修正(+14.7万人→+1.4万人)はパンデミックによる経済封鎖された2020年12月来で最低の修正となりました。
また、7月の製造業雇用者数は▲1.1万人と3カ月連続のマイナスとなっています。そしてトランプ大統領は、この雇用統計の結果を受けて労働省の統計局長の解任を命じました。この局長はバイデン政権下で任命された局長でした。
(4)8月1日、「クグラーFRB理事が8月8日付で辞任する意向を示した」と伝わると、米金利が一段と低下し、1ドル=147円台前半まで円高が進みました。
このように、日銀の展望レポートで2025年度の物価見通しが上方修正されたにもかかわらず植田日銀総裁は「インフレ率の上方修正だけで金融政策が左右されるものではない」と述べたことや、足元のドル/円の動きについては「物価見通しに直ちに影響あるとはみていない」と円安を容認する発言をしたことは予想外でした。
これらの発言によって早期利上げ観測は後退し、1ドル=150円台後半の円安に行きましたが、1日の米雇用統計の低調、特に過去2カ月分の大幅下方修正によってドルは急落し、3円超の円高となりました。この大幅修正も予想外の出来事でした。
パウエル議長はFOMC後の記者会見で9月のFOMCまでに雇用統計とCPIの2回のデータを得ることができると述べましたが、そんなに悠長に構えることができなくなったようです。ちなみに、9月FOMC(16~17日)までの2回のデータの日程は、8月1日の米7月雇用統計、8月12日の米7月CPI、9月5日の米8月雇用統計、9月11日の米8月CPIとなります。
9月利下げがメインシナリオに?利下げ加速とFRBの信認問題
先行きの米政策金利の織り込み度を示す米国シカゴ先物取引所(CME)のフェドウオッチ(FedWatch)によると、9月利下げ確率は、FOMC後の7月31日時点では40%程度でしたが90%超に上昇しました。10月利下げ確率も60%程度まで上昇し、12月利下げも期待も46%へと上昇しています。
雇用統計後は9月、10月への利下げ期待に時期が早まってきており、場合によっては12月利下げへの期待も高まりつつあります。
クグラーFRB理事の退任表明もドル安を後押ししました。クグラー理事は7月のFOMCで欠席しました。
通常、退任する理事は退任直前のFOMCは欠席するようであるため、今回の欠席によって来年1月の任期終了前に退任し、トランプ大統領お気に入りの次期議長含みの理事が指名される可能性があるとの見方がありましたが、8月の退任表明は予想外に早い退任です。市場はFRBがハト派に転ずるとの見方からドル安になったようです。
しかし、次期議長含みの理事が指名されるとハト派の影の議長がFRBを仕切る可能性もあり、場合によっては、FRB内部は分裂し、中央銀行の独立性が毀損(きそん)されると同時に信認が低下し、米国売りにつながる可能性が高まることも予想されます。
また、米労働省統計局長の解任も予想外の出来事でした。この解任について、ノーベル賞受賞の経済学者のクルーグマン氏が今後は統計局の数値を信じることができなくなると批判しているように、経済指標の信頼性の低下が、米国の信頼性を失うことにつながる可能性もあるため、統計局長の解任は雇用統計の大幅下方修正より警戒したい出来事かもしれません。
米国CPIもPPIも労働省が発表している点には留意する必要があります。
週明けも1ドル=146円台後半に円高が進みましたが、その後は利食いやポジション調整(ドル買い・円売り)によって1ドル=147円台で推移しており、次の方向を模索する動きとなっています。
1ドル=147円台でもたついている動きは、一連の円高が日本銀行(ハト派姿勢と円安容認)とFOMC(慎重姿勢継続)後に積み上げられた円売りポジションが、米雇用統計後に巻き戻されただけの動きだったのか、あるいは雇用統計の数字は振れ幅が大きく、今後修正される可能性があるかもしれないため慎重になっているのか、それとも次の利下げ材料を待っているのかもしれません。
現時点では、8月1日に相場の潮の流れが変わったとは言い切れませんが、8月1日以前の認識が変わったのは明らかです。
FOMCで反対票を投じたボウマンFRB副議長とウォラー理事がFOMC後に労働市場のリスクと遅すぎる利下げのリスクを表明したように、彼らの分析の方が現実的な分析だったということを市場は思い知らされました。トランプ政権の高関税政策に企業は身構え、雇用に慎重になっている姿が浮き彫りになりました。
8月12日の米国7月CPIが抑制された動きになれば、9月利下げ期待は一層高まり、パウエル議長は追い込まれ、8月21~23日のジャクソンホール会議では9月利下げを示唆するシナリオがメインシナリオになってきます。
さらに雇用の鈍化と関税引き上げによって個人消費と企業の投資が減退し、景気後退リスクが高まってくると、遅すぎる利下げを回避するため0.50%の利下げというシナリオも浮上してくるかもしれません。ドルはじわじわと頭が重たくなってくる可能性が高まってきました。
(ハッサク)