完全自動運転ロボタクシー実現に向け、世界最先端と思われていたテスラに、フロリダ地裁で巨額賠償判決が出ました。米国でテスラ・バッシングとも言うべき社会現象が起き、業績も株価も低迷しています。
テスラ・バッシング強まる
米国の電気自動車(EV)大手、 テスラ(TSLA) に逆風が吹き続けています。創業者のイーロン・マスク氏がトランプ政権下で政府効率化省(DOGE)を率いてリストラや補助金カットを主導したことが恨みを買った面もあります。それだけではありません。
行き過ぎたEVブームの反動という面もあります。2024年ごろから世界中でEVを礼賛する雰囲気が消え、燃費が良く使い勝手の良いハイブリッド車を重視する流れが広がってきました。 トヨタ自動車(7203) ・ ホンダ(本田技研工業:7267) に追い風ですが、テスラに厳しい環境です。
2024年の年初には、厳冬の中、充電できずに放置されたテスラ車が多数出たことに、非難が広がりました。充電前に電池を温める必要があるのに、それをしなかったことが問題ですが、そうしたテクニカルな問題に収まらず、テスラ車に対する感情的な反発につながりました。
2025年にスタートした第2次トランプ政権下では、EV購入への補助金が打ち切られることが決決定しており、EVの販売不振に拍車がかかる可能性があります。
逆風が続く中、先日、2019年に起きたテスラ車による死亡事故を巡る訴訟で、フロリダ州連邦地方裁判所からテスラに対して巨額の賠償命令【注】が出ました。オートパイロット搭載車が事故を起こし、テスラの責任が問われた形です。
テスラは約2億4,300万ドル(約360億円)の賠償を命じられ、控訴する方針です。この判決が確定すると、テスラにとって大きな痛手となるでしょう。
イーロン・マスク氏は、これまで「完全自動運転によるモビリティ革命の実現」を強調してきましたが、今回の事故と訴訟は、その主張に疑問を投げかけるものとなっています。
【注】巨額の賠償命令
テスラに約2億4,300万ドル(約360億円)の賠償判決。うち、約2億ドルはテスラに対する懲罰的賠償、残り約4,300万ドルが被害者への補償的賠償。運転手の不注意だけでなく、オートパイロットの性能を過大に広告していたテスラにも責任があると判断されました。
テスラは控訴する方針です。この判決が通ってしまうと、テスラ車の事故を巡り、さらに多数の訴訟が起きるリスクがあります。また、テスラがテキサス州で始めたばかりのロボタクシー(自動運転タクシー)にも逆風となります。
イーロン・マスク氏は、これまで「完全自動運転によるモビリティ革命の実現が近づいている」と語ってきました。完全自動運転のロボタクシーを朝「いってらっしゃい」と送り出せば、日中、自動で稼ぎ続ける日が来る、と語っていました。それが過剰な安全性への誤解を生んだと、今、非難されています。
乱高下を繰り返すテスラ株
テスラ株は礼賛されたりバッシングされたり、浮沈の激しい株です。
<テスラ株の月足チャート:2017年1月~2025年8月(12日)>

以下、テスラを取り巻く、ESGバブルなどの流れを解説します。
【1】2021年ESGバブル
第1次トランプ政権が終わり、2020年11月に民主党バイデン氏が大統領選挙に勝利すると、EV関連株が一斉に急騰し始めました。気候変動の国際的枠組みを決める「パリ協定」に米国が復帰することが発表されたためです。
バイデン政権がスタートし、欧州に加えて米国が脱炭素の目標を示すようになったことで、世界的な脱炭素の流れが加速しました。米国だけでなく、中国やインドなど、石炭火力発電への依存が高い国々も、脱炭素の目標を示すようになりました。
こうして脱炭素の機運が世界中で盛り上がる中、株式市場では、石炭など化石燃料ビジネスを手掛ける企業の株価が下落し、EVなど電気を使うことでCO2排出を抑える企業の株価が大きく上昇しました。脱炭素などを重視するESGファンドが巨額の資金を集め、EV関連株を買い上げました。
当時、EVの量産で先行していたのはテスラだけだったため、テスラ株に買いが集中しました。まだ十分に利益を稼げていなかったテスラ株が株価収益率(PER)などの指標で説明できない高値に買い上げられました。私は当時、この状況を「ESGバブル」と表現しました。
3分でわかる!今日の投資戦略 2021年12月8日: ESGバブル到来?「EV」買われ、「LNG」売られる
【2】2022年ESGバブル崩壊
2022年は、ESGバブル崩壊の年となりました。ESGファンドのパフォーマンスが不振で、資金流出が加速しました。
一方、2021年に上昇したEV関連株は、割高と判断されて軒並み大きく下落しました。ESG投資で積極的に買ってきた銘柄が下がり、「買ってはいけない」銘柄が急騰したため、2022年のESG投資は極めて不振でした。
【3】2024年ロボタクシーへの期待で上昇
EVに逆風の環境となる中、ロボタクシーへの期待でテスラ株が急騰しました。
【4】2025年テスラ・バッシング
テスラ・バッシングが広がり、テスラ株は下落しました。
テスラ車への評価に変化
EVへの過大評価へ修正が入ったのは、株式市場だけではありません。消費者からの評価にも、修正が入りました。
まず、テスラ車の魅力として、以下3点があります。私個人の感想もありますが、多くの方から同じ声を聞いています。
【1】強大なトルクを瞬時に出す、スタートダッシュが痛快
テスラ車に乗った人が最初に感じるのは、スポーツカー並みの加速の良さです。テスラにかかわらずEV全般のメリットとして、走り出しからギアチェンジ不要で最大トルクが出せることがあります。
【2】大きなパネルに操作機能を集約・オートパイロットの魅力
コックピットがすっきり見えます。また、私が米国でテスラ車に初めて乗った時、オートパイロットに感動しました。ハンドルから手を離しても、ハンドルが自動で動いて滑らかにカーブを切っていくのに感動を覚えました。
イーロン・マスク氏が安全性を過剰に強調したことに批判が広がっているものの、自動運転技術でテスラが最も先行している事実は変わらないと思います。
【3】走行安定性に優れる
電池を積載しているので重量がやや大きいものの、重心が低く、スムーズな走りです。
ところが、近年はテスラ車の問題が意識されるようになりました。
【1】高額、急な値下がり
2023年以降、頻繁に値下げをしてきたものの、まだガソリン車、ハイブリッド車に比べて高額です。値下げはテスラ車の一段の普及に必須とはいえ、値下げが続いていること自体が、テスラ車買い控えを生じている面もあります。頻繁な値下げで中古車価格も下がるため、買いは待った方が良いという感覚につながっています。
【2】充電時間が長い 充電インフラがまだ十分ではない
テスラにかかわらずEV全体の問題として、充電時間が長いことがあります。急速充電でも20~30分くらい必要だと、忙しい日中には対応できません。充電インフラがまだ十分に整っていない上に、1台当たりの充電時間が長いと、充電ステーションの順番待ちにも時間を取られます。
【3】極寒に弱い
厳寒の冬にはテスラ車が充電できないまま急速充電ステーション近くで乗り捨てられる問題が起こりました。寒冷地では、電池をヒーターで温めないと充電性能が落ちます。
テスラ車は、充電前にヒーターを適温まで温めるプレコンディショニング機能がありますが、それが十分に生かしきれませんでした。充電の待ち時間が長く、ヒーターに電気を取られて動けなくなったテスラ車が出ました。
ヒーターを適切に使用すれば寒冷地でもEVは問題なく使用できますが、まだ極寒での利用に慣れていないオーナーが多かったことが、問題につながりました。
トヨタに巻き返しの好機
トランプ関税に苦しむトヨタですが、世界的にEVが失速して、ハイブリッド車ブームとなっていることは、ハイブリッド車に強いトヨタに追い風です。この追い風が続くうちに、EV・自動運転開発の遅れを取り返すことができるか、正念場です。
トヨタは、ガソリン車・ハイブリッド車やプラグイン・ハイブリッド車に強いだけでなく、燃料電池車(水素エネルギー車)、EV、自動運転の開発にも取り組む「全方位戦略」を進めています。
とはいえ、次世代自動車として最も有望と考えられるEVの生産台数でテスラや中国BYDに遅れを取っていることが不安材料となってきました。また、自動運転でも出遅れていることが不安視されています。
テスラが逆境に立たされている今、巻き返しの好機です。EVで世界トップとなった中国で、中国製の電池も使って巻き返しつつあることに期待されます。
自動運転でも世界トップに並ぶ日が来ることが、待ち望まれます。トヨタは、自動運転車やロボットなどさまざまな先進技術やサービスの実証実験を行う「ウーブン・シティ」を静岡県裾野市に建設中でしたが、いよいよ9月25日に開業予定となっています。自動運転でいち早く成果を上げられることを期待します。
(窪田 真之)