21日から始まるジャクソンホール会合でパウエルFRB議長が9月利下げを示唆するかに注目が集まっています。インフレリスクは日銀も悩ませています。

年内利上げに踏み切るのか。FRBと日銀、それぞれの悩みと波乱の芽を考えます。


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著者の愛宕伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽 」


ジャクソンホールのパウエル議長講演(22日)と8月米CPIの波乱に注意?

 21日に米カンザスシティー連銀が主催するジャクソンホール・シンポジウムが開幕します。これまで米連邦準備制度理事会(FRB)の議長がそのシンポジウムで講演し、金融政策運営の先行きに関するヒントを出すケースが多かったこともあり、今年も22日に予定されているパウエル議長の講演に注目が集まっています。


 市場では、7月の米雇用統計で5、6月のデータが大幅に下方修正され、トランプ関税の景気への影響に対する懸念が強まっていること、インフレ率がこれまでのところ安定していることから、9月利下げを示唆するのではと期待しているようです。しかし、本当にパウエル議長は9月利下げをにおわすでしょうか。


 実は、米国の物価指標の中に、トランプ関税の影響が顕在化する気配をうかがわせるものが出てきています。川中の物価指標である生産者物価指数(PPI)です(図表1)。7月のPPIが8月14日に公表され、前年比3.3%と6月の2.4%から大きく上振れました。


図表1 米国の物価指標
日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽(愛宕伸康)
出所:米労働省労働統計局(BLS)、楽天証券経済研究所作成

 上振れの主因は、前月比1.1%と大きく上昇したサービスです(図表2)。

その内訳を見ると、「貿易サービス」、すなわち企業が貿易から受け取るマージンが0.6%を超える寄与度となっており(図表2の一番右の棒グラフ)、サービス全体を押し上げたことが分かります。


 この貿易サービスの上昇は、これまでトランプ関税の影響をマージン圧縮によって吸収してきた企業が、耐えきれずに価格転嫁を始めたことを示唆しており、今後、川下の消費者物価指数(CPI)に波及することが懸念されます。


 当然、パウエル議長は9月11日に発表される8月のCPIを見定めたいと思っているはずで、万が一それが大きく上振れた場合、9月16~17日に開催される米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げをほぼ織り込んでいる市場に一波乱起きる可能性があります。8月CPIには要注意です。


図表2 米生産者物価指数の財・サービス別前月比
日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽(愛宕伸康)
出所:米労働省労働統計局(BLS)、楽天証券経済研究所作成

日銀の悩み(1)~景気の予想外の底堅さ~

 経済・物価指標の不確実性に悩まされているのは日本銀行も同じです。8月15日に内閣府が発表した4~6月期の実質国内総生産(GDP)は前月比0.3%(年率1.0%)と、思いのほか堅調でした。


 0.3%で堅調?と思われるかもしれませんが、潜在成長率が前期比0.15%(年率0.6%)の日本にとっては、0.3%という伸びは上出来です。振れの激しい前期比よりも、ある程度なだらかな前年比を見ると、GDPの堅調さがより明確です(図表3)。


図表3 日本のGDP成長率(前年比)
日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽(愛宕伸康)
注:シャドーは日本の景気後退期。出所:内閣府、楽天証券経済研究所作成

 しかし、7~9月期はトランプ関税の影響から輸出が減少し、実質GDP成長率は鈍化するとみています。筆者の見通しでは、前期比マイナス0.1%(前期比年率マイナス0.3%)という小幅なマイナス成長になると想定しています。


 日本銀行でも、日本経済の先行きのメインシナリオを、「先行きは、各国の通商政策などの影響を受けて成長ペースは鈍化するものの、その後は海外経済が緩やかな成長経路に復していく下で、成長率を高めていくとみられる」としており、そうした見通しの下で金融政策運営を行っています。


 問題は、本当に「各国の通商政策などの影響を受けて成長ペースは鈍化する」のかです。米経済の減速や米国向け輸出の下振れなどを前提に、われわれも日銀も先行きを見通しているわけですが、本当にそうなるか慎重に見ていく必要があるでしょう。

米アトランタ連邦準備銀行のGDPナウは7~9月期の米実質GDPを前期比年率2.5%(8月15日現在)と予測しています。


日銀の悩み(2)~物価上振れリスクの高まり~

 もっと日銀を悩ませているのは、物価上昇リスクの高まりです。2025年4~6月期のGDPデフレーターは前年比3.0%と高い伸びとなりました。GDPデフレーターの伸びは内需デフレーターと交易条件に分解できますが(図表4)、最近のGDPデフレーターの伸びはもっぱら内需デフレーターの伸びによるものです。


図表4 GDPデフレーターの寄与度分解
日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽(愛宕伸康)
出所:内閣府、楽天証券経済研究所作成

 そして、その内需デフレーターの伸びはウエートの高い消費デフレーターの伸びで決まるため、最近の消費者物価指数の高い上昇率と整合的な動きと言えます(図表5)。問題は、これが今後どうなっていくかです。


図表5 消費者物価(生鮮食品およびエネルギー除く)を押し上げる食料価格
日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽(愛宕伸康)
出所:総務省、楽天証券経済研究所作成

 図表5を見ると、消費者物価(生鮮食品およびエネルギー除く)の前年比が昨年の半ばごろから再び上昇傾向をたどっており、その半分近くを「生鮮食品除く食料(米類除く)」の上昇が押し上げていることが分かります。ちなみに、2025年6月の消費者物価(生鮮食品およびエネルギー除く)の前年比3.4%のうち、「生鮮食品除く食料(米類除く)」の寄与度は1.5%です。


 この「生鮮食品除く食料(米類除く)」は、「生鮮食品」や「米類」の短期的な動きにはさほど反応しませんが、それらの上昇が長引くと価格転嫁の動きが膨らむため上昇傾向が強まります。今夏の酷暑を踏まえると、「生鮮食品」や「米類」の上昇が続くことが予想され、物価上昇リスクが高まっていると考えるのが自然です。


 8月8日に日銀が公表した「金融政策決定会合における主な意見(2025年7月30、31日開催分)」でも、物価に関する意見7個のうち5個が何らかの物価上振れリスクを指摘しており(図表6)、多くの政策委員が物価上振れリスクを意識しています。


図表6 7月の「主な意見」に掲載された物価上振れを意識した意見
日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽(愛宕伸康)
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

日銀の悩み(3)~10月に利上げするとすればどういう理屈で?~

 ならば早めに利上げすれば良い、となるわけですが、そのハードルが意外と低くないことは先週のレポートで指摘したとおりです。


▼先週のレポート

日銀「主な意見」、10月、12月、来年1月のいつでも利上げできる姿勢示す(愛宕伸康)


 7月の「主な意見」である程度タカ派色を強めて、10月、12月、来年1月のいずれでも動く可能性があるというメッセージを日銀は発信していますが、現実問題として、以下の理由から年内利上げの実現は難しいと言えます。


(1) 今年後半にかけて米国景気の鈍化が見込まれる中、FRBが複数回にわたり利下げする可能性が高まっていること。


(2) トランプ関税の影響に備え、中小企業対策などに万全を期すという政府方針の下で、秋の臨時国会において補正予算の編成が見込まること。
(3) 12月になると来年度予算政府案の閣議決定を控えていること。


 トランプ関税の影響を巡る不確実性が低下し、来年春闘の堅調が見えてきた来年1月に利上げを再開するというのが最も自然な流れであり、日銀のメインシナリオもそうした展開を想定したものになっていると思われます。筆者のメインシナリオもそうです。


 しかし、為替円安がのっぴきならないほど進むとか、物価上振れリスクが大幅に高まるような状況となれば、10月利上げの可能性もゼロではありません。その場合、どのような理屈でもって利上げを実施するのか、説明がかなり難しいというのが実情です。


 というのも、上述したとおり、日銀のメインシナリオは、トランプ関税の影響を受けて成長ペースが今後鈍化していき、それに伴って消費者物価の基調的な上昇率も伸び悩むというものです。そのメインシナリオを上方修正するのでしょうか。それとも10月の「展望レポート」で物価見通しを再度上方修正し、物価上振れリスクを強調するのでしょうか。


 おそらく日銀は、10月利上げの是非を巡って、その辺りのロジックを熟慮しながら、9月18~19日に開催する金融政策決定会合でどういった布石を打つのか、あるいは打たないのか、頭を悩ませているのではないでしょうか。10月利上げとなった場合、日銀の説明ぶりが注目されます。


波乱の芽は財政リスク?~運用部ショックとトラスショック~

 日本で波乱の芽があるとすれば、財政リスクかもしれません。

7月23日に「日本政治の四分五裂、無節操な財政拡張が債券自警団を呼び覚ますか」というレポートでも指摘しましたが、行き過ぎた財政拡張路線が長期金利をスパイクさせるリスクを高めることを、改めて指摘しておきたいと思います。


▼7月23日レポート

日本政治の四分五裂、無節操な財政拡張が債券自警団を呼び覚ますか(愛宕伸康)


図表7 7月の「主な意見」に掲載された物価上振れを意識した意見
日銀とFRB、次のアクションに向けたそれぞれの悩みと波乱の芽(愛宕伸康)
注:シャドーは日本の景気後退期。出所:ブルームバーグ、内閣府ほか各種資料より楽天証券経済研究所作成

 図表7は、財政拡張に伴う国債需給の悪化が長期金利の急騰をもたらした、1998年12月の資金運用部ショック(左図)と、2022年9月のトラスショック(右図)の際の、それぞれの国の長期金利です。時代背景や国は違いますが、跳ね上がり方や跳ね上がった幅がよく似ていることが分かります。


 日本が金融危機に見舞われた1998年は、11月16日に小渕恵三内閣による総事業規模24兆円の緊急経済政策が発表され、翌日、米格付け会社ムーディーズは日本国債の格下げを発表しました。


 このころから長期金利は上昇傾向を示していたわけですが、12月21日の大蔵省による国債発行に関する説明会をきっかけに、資金運用部が国債買い切りを中止するとの思惑が広がったことがトリガーとなって、長期金利が跳ね上がりました。


 2022年9月にイギリスで発生したトラスショックでも、リズ・トラス首相が公約にしていた大型減税策を、財源の曖昧なまま財務相が唐突に発表した(9月23日)ことがトリガーとなりましたが、実はトラス首相が就任する前から、インフレやイングランド銀行の利上げ、トラス陣営の大型減税策への懸念などから、イギリスの長期金利は上昇傾向にありました。


 23日の発表がとどめを刺したという点で、運用部ショックのアナリスト懇談会と似ています。


 このように、無理をした財政拡大が国債市場の需給バランスを一時的に崩すようなことになれば、「経常収支が黒字だから」とか、「対外純資産が豊富だから」とか、「国内投資家が保有しているから」といったこととは無関係に、何らかのきっかけで長期金利が跳ね上がるリスクがあります。


 そのことを、衆参ともに少数与党となって財政拡張路線に走りやすい今だからこそ意識しておく必要があると思うのですが、いかがでしょうか。


(愛宕 伸康)

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