高市首相の下で物価高対策が進んでいます。近年、一部の野党内で議論が活発化していた「ガソリンの暫定税」の廃止が決定し、ガソリンの小売価格が大幅に安くなる可能性が出てきました。

ガソリンの暫定税の廃止とその影響について考えていきます。


ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体...の画像はこちら >>

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体 」


「4:2:4」から「4:3:3」に

 ガソリンの暫定(ざんてい)税は、ガソリン税の一部です。ガソリン税は基本となる本則税(揮発油税+地方揮発油税)と暫定税で構成され、1リットル当たり合計53.8円です。このうち、本則税が同28.7円、暫定税が同25.1円です。


図:ガソリン小売価格の内訳(イメージ) 単位:円/リットル
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:資源エネルギー庁、財務省、セントルイス連銀のデータより筆者推定

 本則税は1950年に道路整備の財源確保のために導入されました。暫定税率は1974年に第1次オイルショックの影響で財源が不安定化したことなどへの対応として暫定的に導入されました。暫定的な措置でしたが、延長が繰り返されてきました。


 上の図のとおり、足元の1リットル当たりおよそ173.9円(全国平均)のガソリンの小売価格を分解すると、原油輸入コスト、石油業者の諸コスト、税金の割合は、おおむね「4:2:4」です。


 現在10円が付与されている石油業者への補助が、年末にかけて段階的に増え、年末に暫定税と同じ25.1円に達し、2025年12月31日に暫定税率の廃止が実施される予定です。消費税が原油輸入コスト、石油業者の諸コスト、税金の合計に係ることを想定すると、原油輸入コストと石油業者のコストが変わらなかった場合、全体としておよそ16.6円、安くなります。


 こうした変化を加味すると、原油輸入コスト、石油業者の諸コスト、税金の割合はおおむね「4:3:3」になります。ガソリン小売価格を構成する要素として、「原油輸入コスト」が最も大きくなります。


図:レギュラーガソリン小売価格(全国平均・税込) 単位:円/リットル
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:資源エネルギー庁のデータより筆者作成

 確かに、上のグラフのとおり、ガソリンの小売価格が157円台に低下すれば、給油の際、「だいぶ安くなった」と感じると思います。同時に、高市政権における物価高対策は進んでいることを実感すると思います。


 しかし、「原油輸入コスト」の割合が大きくなることは、これに関わるドル/円相場、および海外の原油相場の動向から受ける影響が相対的に大きくなることを意味します。今後、特に暫定税が廃止される2025年末以降、この点に留意が必要です。


ガソリン小売価格は再度、高騰し得る

 今回のガソリンの暫定税廃止や石油業者への補助金の付与(2022年1月に付与開始、2025年の年末に終了)については、以下の(1)減税、(2)補助に当たります。短期視点で、ガソリン小売価格高騰を鎮静化させるために有効な策です。


図:ガソリン小売価格を下げる方法(短期、中期、長期)
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:筆者作成

 しかし、ガソリン小売価格は税金と石油業者のコストだけ決まるものではありません。今後、最も割合が大きくなることが想定される「原油輸入コスト」への十分な対策がなされない限り、ガソリン小売価格は再度、高騰する可能性があります。


 以下は、ガソリン小売価格(補助金・諸税抜)、原油輸入コスト、石油業者コスト(推定)の推移です。石油業者コスト(推定)は、ガソリン小売価格(補助金・諸税抜)から日本の原油輸入コストを引いて計算しています(いずれも1リットル当たり)。


 2010年代半ばから石油業者の諸コストが上昇していることが分かります。

石油業者の諸コストは、原油から石油製品を精製する際にかかる精製コストや輸送費、保管費のほか、人件費、広告宣伝費などが挙げられます。ただし、2010年代半ばから増加傾向にあるコストについては、「脱炭素対応コスト」であると考えられます。


 2010年ごろは、世界的に「脱炭素」の流れが強まり始めたタイミングです。この流れを受け、石油会社らは、製油所や油槽所などの関連施設を脱炭素になじむように改修したり、精製する石油製品の品質を向上させたりするためにコストをかけてきたと考えられます。


図:ガソリン小売価格(補助金・諸税抜)、原油輸入コストおよび石油業者コスト(推定)単位:円/リットル
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:資源エネルギー庁、財務省、セントルイス連銀のデータより筆者推定

 こうした「脱炭素コスト」の増加分も、ガソリン小売価格の上昇分の一部になっている可能性があります。中期視点で、ガソリン小売価格の高騰を鎮静化させるためには、「脱炭素コスト」を含む石油会社の諸コストを削減する策が必要だと言えます。


 また、同じ中期視点の策として「極端な円安の是正」が挙げられます。以下の通り、極端な円安は、原油輸入コストを大元のドバイ原油(ドル建て)よりも割高にする作用があります。この場合の「行き過ぎ」とは、おおむね130円を超える円安です。


図:原油輸入コスト・ドバイ原油(2000年を100)およびドル/円相場
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:財務省、世界銀行、セントルイス連銀のデータより筆者作成

 中期的には、「石油会社の諸コスト削減」と「極端な円安の是正」が実現しない限り、ガソリン小売価格の高騰が再燃しかねません。


コモディティ価格は「底上げ」にある

 以下は、原油輸入コストに直接的に関わる、海外の原油相場の動向です(図の左上)。2010年ごろ以降、長期視点の「底上げ」が続いていることが分かります。足元の水準は、1990年代後半の約5倍です。

長期視点で、足元の原油相場は大変に高いことが分かります。


 2010年ごろ以降、長期視点の底上げが続いている銘柄は、原油だけではありません。同じエネルギーの液化天然ガス(LNG、図の左上)、砂糖やコーヒーなどの農産物(図の右上)、トウモロコシや小麦などの穀物(図の左下)、金(ゴールド)やプラチナなどの貴金属(右下)も同様です。


図:主要なコモディティの価格推移
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:世界銀行のデータを基に筆者作成

 コモディティ(国際商品)全般において、2010年ごろ以降、長期視点の底上げが発生しています。原油輸入コストに直接的に関わる海外の原油相場の動向は、世界的なコモディティ全般の底上げの流れに乗じていると言えます。


 ではなぜ2010年ごろ以降、コモディティ全般において長期視点の底上げが発生しているのでしょうか。以下の図のとおり、原油、農産物、金属価格の底上げについては、「世界分断」をきっかけとした、非西側の資源国による「資源の武器利用」(出し渋り)が横行している影響が大きいと考えられます。


 OPECプラス(OPEC(石油輸出国機構)に加盟する国々と、一部の非加盟の産油国で構成するグループ。世界のおよそ6割の原油生産を占める)が行っている協調減産(自主減産ではない)、中国のレアアースの輸出制限、ロシアのエネルギー、農産物、金属の輸出制限などが、その例です。


図:2010年ごろ以降の世界分断と高インフレ(長期視点)の背景
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:筆者作成

 こうした非西側の資源国による資源の武器利用は、対象となる品目の需給バランスが引き締まる思惑を強めます。そこに、リーマンショック(2008年)の直後に始まった大規模な金融緩和によって発生した膨大な投資マネーが「底上げ」を助長していると考えられます。


 資源の武器利用のきっかけと考えられる世界分断は、上の図で示したとおり、世界の民主主義の後退によって加速していると考えられます。

世界の民主主義の後退は、デマや誹謗中傷、感情噴出が横行していること、思考が奪われていること、一方的な批判を繰り返す「キャンセルカルチャー」が横行していることなどがきっかけで起きていると考えられます。


 2010年ごろ以降、人類が良かれと思って生み出した新しい技術・考え方のマイナス面が民主主義を後退させる一因となり、世界分断が深化し、それにより資源の武器利用が横行し、コモディティ全般における長期視点の底上げが発生していると、筆者はみています。


 資源の武器利用の根本原因を取り除かない限り、長期視点のガソリン小売価格の低下は望めないと言えます。


OPECプラスに協調減産を止めてもらう方法

 長期からやや短期に視点を移し、近年の原油相場の動向を振り返ります。以下の通り、2022年の年末ごろ以降、80ドルを挟んだプラスマイナス15~20ドルのレンジ相場で「高止まり」しています。先ほど述べた長期視点の「底上げ」を助長する動きです。


図:NY原油先物(期近)日次平均 単位:ドル/バレル
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:Investing.comのデータより筆者作成

 2025年はトランプ関税ショックが発生したり、中東とウクライナ情勢が改善する期待が浮上したりしたことで50ドル台を付ける場面がありましたが、それでも上記のレンジの下限をおおむね維持していると言えます。


 米国国内だけでなく世界に広く影響力を行使し、中東やウクライナ情勢にある程度関与できる手段を持っているトランプ米大統領は、上記の図でグレーの文字で示したとおり、複数の上昇圧力、複数の下落を、原油相場にもたらしています。


 トランプ米大統領は、パリ協定から再離脱したり、関税戦争を鎮静化させる素振りを見せたりして、原油の需要が増加する思惑を強めたり、中東情勢やウクライナ情勢に関わる要人と対話をして情勢の安定化あるいは不安定化のムードを醸成し、原油の供給の安定化・不安定化の思惑を不安定化の思惑を生んだりしています。


 また、サウジアラビア、ロシア、イラク、クウェート、カザフスタンなど、OPECプラスに属する国々のほとんどが、西側諸国と考え方が離れている非西側諸国ですが、そのOPECプラスは2017年1月から、一部の期間を除き、原油の減産(人為的な生産量削減)を実施しています。


 以下のグラフは、2020年5月に再開した協調減産のイメージを示しています。協調減産の体制下では、一部の例外国を除き、それぞれの国に生産量の上限が割り当てられます。そして、上限が割り当てられた国は、その上限を上回らないように生産活動を行っています。


図:OPECプラスの原油生産量と協調減産の動向(2020年4月~) 単位:千バレル/日量
ガソリン代はもう安心?暫定税廃止後も潜む「高騰リスク」の正体
出所:ブルームバーグのデータおよびOPECの資料を基に筆者作成

 現在の協調減産の体制においては、「埋め合わせ」の条項が設けられており、上限を上回って生産した場合、将来、上回った量を削減しなければなりません。埋め合わせの計画を提出する必要もあり、厳格に減産が行われていると言えます。


 OPECプラスは、昨年12月の会合で、協調減産を2026年12月まで継続することを決定しました。また、同会合および今年5月の会合で、2027年の協調減産の基準量について協議を行うことが話し合われ、2027年の協調減産の基準量の協議が始まっています。この流れが加速すれば、今年11月30日の会合で、協調減産が2027年の年末まで、延長される可能性もあります。


 短期的には、自主減産の縮小という名目の増産も行われていますが、自主減産の縮小が終了しても、協調減産は終了しません。


 協調減産の体制は、OPECプラスからの過大な供給が発生することを抑制しています。その協調減産が長きにわたり継続していることは、「原油相場の高止まり」の大きな要因だと言えます。


 今回はガソリンの暫定税について述べました。廃止されたとしても、ドル/円の変動や、海外の原油相場の動向によって、再度、ガソリン小売価格が高騰する可能性があります。


 減税や補助などに頼らず、安定的なガソリン小売価格の下落を実現するためには、OPECプラスの方針に影響を及ぼす必要があります。それを実現できない限り、日本の消費者が望む安定した長期的な安値を実現することは、難しいかもしれません。


[参考]コモディティ全般関連の投資商品例

投資信託

SMTAMコモディティ・オープン (NISA成長投資枠活用可)
ダイワ/「RICI(R)」コモディティ・ファンド
iシェアーズ コモディティインデックス・ファンド
eMAXISプラス コモディティインデックス
DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Aコース(為替ヘッジあり)
DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Bコース(為替ヘッジなし)


海外ETF/ETN

Direxion オースピス・ブロード・コモディティ戦略 ETF(COM)
iPathブルームバーグ・コモディティ指数トータルリターンETN(DJP)
ファーストトラスト グローバル タクティカル コモディティ戦略ファンド(FTGC)


(吉田 哲)

編集部おすすめ