「お金の不安」はなぜ消えないのか? 30代でうつを経験したNewsPicksパブリッシング創刊編集長・問い読共同創業者の井上慎平さんは、「働く」ことも「お金」も一種のゲームで、私たちは選んだわけでもないのにそのゲームに放り込まれている、という自覚が大切だと語ります。不確実な資本主義社会を生きるヒントを提示します。
お金の不安と向き合う
「私はお金について一切の不安はありません」
そう言い切れる人が今どれだけいるでしょうか。
もちろん、とても多くのお金を持っている人はそう断言できるかもしれません。でもそれとて、お金をめぐるゲームのルールを熟知しているからこそ、そう言い切れるのではないかと思います。
僕は30代前半に根を詰めて働きすぎた結果慢性的なうつになってしまい、長く働くことができなくなってしまいました。仕事に没頭していた20代と打って変わって(若い頃はなぜかお金がなくてもあまり将来を心配しないですね)、一気にお金の不安と向き合わざるを得なくなったのです。
なぜ僕は働けなくなるほどに働きすぎてしまったのか。僕の場合、「お金というゲーム」について考えることは、「働くというゲーム」について考えることでもありました。
「働くというゲーム」には、あるべきビジネスパーソン像というものがあります。うつになってそこから外れてしまった僕は、この社会全体のゲームのルールを解き明かそうと考えました。
なぜ「お金がないと生きていけない社会」になったのか?
僕はまず「そもそもなぜこの社会ではこれほどお金が幅を利かせているのか?」について考えました。昔々、自給自足の社会にはお金が存在しませんでした。なぜなら、市場(マーケット)で物を交換する習慣がなかったからです。それでも人間は生きていけた。この状態を「市場依存度0%」と定義しましょう。
そこから人類は長い時間をかけほぼ「市場依存度100%」の社会をつくりあげました。言い換えれば、現代社会は他人がつくったものに100%依存している。農家ですら肥料や農機具を他人に依存しています。
でも、それは悲しむべきことではありません。この市場(マーケット)こそが人類の偉大な発明であり、今日僕たちがエアコンや冷蔵庫によって快適な生活を享受できているのも、市場によって複雑な分業が発展したおかげなのです。
ゲームとは気づいたら始まっているものである
僕たちはこの市場というゲームに、市場化された社会に、奇遇にも生み落とされました。自分で選んだわけではなくても、気づいたらゲームは始まっていた。ゲームとはそういうものである。そのことをまずは理解しなくてはなりません。
だからこそ私たちは、働くことを通じてお金を稼がなければならない。投資だけで食えていないかぎりは。
ここで僕たちは「働くというゲーム」にもまた放り込まれることになります。そのゲームは楽ではありません。
でも、もうそろそろみんな疲弊しきっているのではないか。僕には世の中がそう見えています。なぜなら、成長には終わりがないからです。しかし、人間が変化についていく速度には限度があります。
ところで、みなさんが働く会社はなぜ成長しなければならないのでしょうか。そう、投資家が求めるからですね。ここで「お金というゲーム」と「働くというゲーム」が接続します。
僕たちはある面では投資家として成長の恩恵を受ける。それは、ある面では投資家の求めるプレッシャーに労働者としてさらされるということでもある。
僕たちは望むと望まざるとにかかわらず、常に二重のゲームをプレーしているのです。
未来は分からなさを増している
僕は社会は加速していると書きました。この肌感覚は実際にも合っていて、テクノロジーとテクノロジーが融合することで、社会の変化はどんどん加速しています。歴史を振り返れば、昔は生まれで職業が決まっていました。そこから、終身雇用の時代なども通過し、ついに個人の選択で何度も転職を繰り返す現代へと突入しました。
この加速からどんな事態が生じるか。未来のことが誰も分からなくなります。
もちろん、昔だって分からなかった。でも、今日が最も未来が不確実な時代です。なぜなら、今日より変化のスピードが早い時代は歴史上存在しなかったからです。
この、かつてない分からなさが僕たちを不安にします。
「金の値段はこのまま上がり続けるのか」
「子どもにどんな教育をするのがいいのか」
「自分の仕事はAIに取って代わられるんじゃないか」
中でも、お金のゲームで最も不安になるのは、
「私たちは何歳まで生きるのか」
が分からないことでしょう。将来の人類の平均寿命を100歳と予測するのは、今日、さほど楽観的とはいえません。老いすらテクノロジーにより治療可能になる可能性も多いにある。
結局のところ「いくら」という算定は不可能で、投資により自分の資産と世界の成長を同期させるしか方法はなくなります。
分からない世界を「分かる」に変えることがビジネスになる
僕が強調したいのは、この世界の分からなさです。そして、「分からない」ということに対し人間はとても脆弱(ぜいじゃく)だということです。
この複雑な世界において、誰にも先のことは分からない。その不安から逃れたいがために、人は「この人なら分かっている」という人のことを信じようとする。そこにビジネスが生まれる。
僕は「分からない」ことの不安を「分かる」に置き換えて安心する人を責めるつもりは毛頭ありません。自分だってそうです。ただ、「誰も先のことを分からないこと」、そして「その分からなさへの不安はマネタイズされてしまうこと」を理解しておくしかありません。
いろんなことをいろんな人が「分かる」かのように解説しています。でも実はそれこそが健全で、資産だけでなく「世界の分かり方」もまたポートフォリオ化しておかなくてはならないのです。
小さなチャレンジ
そんな世界で、個人はどう生きればいいのでしょうか(自分の資産を経済全体の成長と同期させるのは、このメディアをお読みの方には言うまでもないですね)。
メッセージを一つに絞りましょう。
過去最速で加速する社会は、最も不確実性が高い「分からない」社会でもある。
そして不確実な社会に対する防御策は、たった一つです。
大数の法則に従って、小さなチャレンジを繰り返すことです。大数の法則というのは、「回数が多いほど計算された確率に収束する」つまり、コイントスで5回連続「表」になることはまれにあるが、1万回もやればだいたい5,000回は「表」、5,000回は「裏」になるというものです。
不確実な時代は、どんなに賢い人でも予測が外れたびたび失敗します。つまり「事前に熟考する人」よりも「実際に小さくてもやってみる人」が有利な時代なのです。
僕も、うつ状態が改善する兆しはありませんが、オンライン読書プログラムを提供する「 問い読 」という会社を共同創業する道を選びました。うまくいくのか。分かりません。失敗するかもしれません。でも失敗したとしてもそれはコイントスで1回裏が出たにすぎない。
投資と同じく、市場から退場させられないかぎりは「働くというゲーム」は続けられます。そして、この不確実な時代に必要なのは、「働くというゲーム」から退場せずにチャレンジの数を増やすことです。分からないままに。分からないからこそ。
(呉 太淳)

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