「どうして衝動買いしてしまうのか?」「貯金しようと思っても続かない…」そんな風に感じたことはありませんか? こうしたお金の悩みの背景には、人間の行動を司る「バイアス」があると行動経済学の専門家、相良奈美香さんは語ります。今回は、そうしたバイアスを乗り越え、資産を増やす方法を相良さんに伺いました。
人の行動を操る「バイアス」
トウシル:本日はよろしくお願いいたします。まず、行動経済学が個人の資産形成において、どう役立つのかを簡単に教えていただけますか?
相良奈美香さん(以下、相良):はい、かしこまりました。端的に言えば、人間は非合理な意思決定をしてしまう認知のクセ(バイアス)を持っています。それを理解し、乗り越えることができれば、より効果的な資産形成が可能になります。
トウシル:なるほど。確かに、自分の行いを振り返ると「あまり合理的ではなかった」と思うことは多い気がします…。何か具体的な例を挙げていただけますか?
相良:例えば「損失回避性」というものがあります。人間は「得る喜び」よりも「失う悲しみ」の方が強く感じるのです。行動経済学の実験では、1万円を得た喜びよりも、1万円を失ったショックの方が2.5倍も大きいという結果が出ています。
トウシル:2.5倍ですか! それは驚きです。
相良:この損失回避性があるからこそ、人は株が少し下がっただけで「これ以上損したくない」と焦って売却してしまったり、損失を回避するために非合理な行動を取ってしまったりします。結果的に、手数料を無駄にしたり、本来上がるはずだった株を売ってしまったりすることにつながります。
相良 奈美香(さがら・なみか)
(1)キャッシュレスとセールに要注意
トウシル:節約というと、衝動買いや無駄遣いを減らしたいという人も多いと思います。何か良いアドバイスはありますか?
相良:ええ、いくつかあります。
トウシル:確かに、私もそういう経験があります。
相良:しかし、考えてみましょう。50円を節約するために20分を費やすということは、時給に換算すると150円のアルバイトをしているのと同じです。普段、時給150円のアルバイトをしますか?
トウシル:しませんね…。
相良:そうですよね。時間だけでなく、労力も無駄にしてしまいます。
一方で、1万円の買い物をする際、1万円と1万100円の差はあまり気にしない人が多い。人は小さな買い物の金額の差には敏感ですが、大きな買い物の金額の差には無頓着になりがちです。
日常のこまごまとした買い物の判断にはリソースを使い過ぎないようにし、大きな買い物をする際はより慎重になることをお勧めします。
トウシル:確かに、大きな買い物のときは、金額の差をあまり気にしていないかもしれません。他に賢い買い物のポイントはありますか?
相良:キャッシュレス決済やネット通販は、お金を使った感覚が希薄になるので、使いすぎの原因になります。ネット通販サイトで注文して、届いてから「これ、頼んだっけ?」という経験はありませんか?
トウシル:あります! 先日もブラックフライデーで、あまり使わないものを買ってしまいました。
相良:特に夜のネットショッピングは避けるべきです。夜は脳が疲れていて、考える力が落ちています。その状態でポチってしまうと、後悔することになりがちです。できれば、カートに入れて翌日冷静になってから再度検討する習慣をつけると良いでしょう。
トウシル:セール品はついつい買ってしまいます…。
相良:セールは「アンカリング効果」という心理効果を利用しています。元々1万2,000円の服が8,000円だと「安い!」と感じますよね。でも、その服の本当の価値が8,000円なのか、6,000円で似たようなものが買えるのか、人はそういった判断が苦手です。
私はセール自体を見ないようにしています。見ると欲しくなってしまうので、自分は誘惑に弱いと自覚し、そうした状況を避けるのが一番効果的です。
(2)目標達成に必須の「スモールステップ」
トウシル:資産形成やダイエットなど、「今年こそは」と思って目標を立ててもなかなか達成できないという悩みもよく聞きます。どうすれば良いでしょうか?
相良:目標達成の鍵は、最初のステップを極めて小さくすることです。
例えば、ジョギングを始めるなら、最初から「3キロ走ろう」ではなく、「とりあえずスニーカーを履いて外に出る」から始めましょう。それができたら「5分散歩する」ことを目指します。
無理な目標はプレッシャーになり、ネガティブな感情を呼び起こしてしまいます。
トウシル:小さな一歩からということですね。
相良:そして、もう一つ大切な点が、「自分を褒める」ことです。一歩でも前進したら、「よくやった!」と自分を肯定してあげましょう。人間は「良かった」と思えたことは繰り返します。
行動経済学では、こうした淡い感情を「アフェクト(Affect)」と呼びます。例えば、ラーメン好きの人が「ラーメン」と聞いただけで少し心が躍るような気持ちもアフェクトです。
ポジティブなアフェクトは次の行動へとつながりますし、ネガティブなアフェクトがあるとなかなか行動には踏み出せなくなります。
アフェクトは私たちの生活にも深く関わっています。何かを継続するためには、このアフェクトを意識して、しっかり管理しましょう。
(3)注文を「5秒で決める」メリット
トウシル:ただ、新しいことを始めようと思っても、ネットで情報を集めるだけで終わってしまったりして、最初の一歩が難しいですね。
相良:おっしゃるように、多くの人が「やろう、やろう」と思っても、なかなか行動に移せないものです。
例えば「引っ越そう」と思っても、結局引っ越さない、という経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
これには、「現状維持バイアス(現状維持を好む傾向)」が大きく影響しています。
行動経済学には、こんな面白い実験もあります。人生の大きな決断、例えば家の購入といったことを、サイコロを振って決めてもらうという実験でした。
トウシル:サイコロで決めるのですか。それは驚きですね。
相良:ええ。そして、サイコロに従って実際に引っ越しなどをした人は、何もしなかった人よりも平均的に幸福度が高かったという結果が得られています。
行動を起こすことによって、より良い結果が生まれることも多々あります。資産形成も同じで、どの商品を買うか、どうすれば良いかと迷って、結局決断できない人がとても多い。
だからこそ、行動経済学者として、まずは少額でも良いので、何かをスタートしてみることをお勧めします。現状維持バイアスに囚われていると、どのような機会を失っているのか(機会費用)に目を向けられなくなってしまいます。
トウシル:なるほど。相良さんの著書で「ファミレスの注文は5秒で決める」ことを推奨されていましたが、もしかしてこれも似たような考え方ですか?
相良:私がファミレスの注文を5秒で決めるのは、行動経済学でいう「システム2」を使わない、ということを意識しているからです。
トウシル:システム2、ですか?
相良:はい。システム2は大きなリソースを必要とするため、私はそうした判断には使いたくありません。
システム1とシステム2
行動経済学者のダニエル・カーネマンは、人間の意思決定プロセスにはシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)の二つがあるという理論を唱えた。
カーネマンによると、大半の意思決定は、ヒューリスティック(経験や先入観を元にして、それらしい答えを見つけ出す思考法)で判断を下すシステム1で行われる。
システム2は、じっくりと理性的に判断する方法だが、多大な時間や労力がかかるのが難点となる。
トウシル:なるほど。
相良:はい。システム2は有限なリソースです。人間は1日に約3万5,000件もの意思決定をしているといわれていますが、システム2はそのほんの一部にしか割り当てることができません。だから、もっと大事な意思決定に使いたいと考えています。
だからファミレスでは、とりあえず「メニューの一番初めに載っているヘルシーなものにする」と決めています。
例えば、アメリカのファミレスの中では、サーモンはヘルシーなメニューです。私もサーモンは好きですし、見かけたら「あ、これにしよう」と、すぐに決めてしまいます。
トウシル:直感で決めてしまうと、後で後悔することはないのでしょうか?
相良:大抵何を頼んでも、「失敗した!」と感じることは少ないですし、幸福度が大きく変わることはあまりありません。
引っ越すか引っ越さないかという大きな決断でさえ「結果オーライ」なのです。それなら、ファミレスの注文のようなさまつなことは5秒で決めて、システム2をセーブする方がはるかに賢明です。
(4)「自分の特性」を知る方法
トウシル:以前、「何事も自分の性格に合った方法で進めることが重要」とおっしゃっていましたよね。
相良:はい、その通りです。資産形成に限らず、人生のさまざまな局面で、自分の特性を理解しているかどうかで、行動や結果が大きく変わってきます。
トウシル:自分の性格に合った資産形成とは、具体的にどのようなことなのでしょうか?
相良:それを説明するのが、「制御焦点理論(Regulatory Focus Theory)」という行動経済学の理論です。この理論では、人のモチベーションを大きく「促進派(Promotion Focus)」と「予防派(Prevention Focus)」の二つに分類します。
- 促進派:新しい可能性や成長を追い求め、夢や目標に向かって積極的に行動するタイプです。現状にとどまらず、リスクを取ってでも前進しようとします。例えるなら、旅に出て新しい世界を見たい「冒険家」のようなタイプです。
- 予防派:安全志向で、現状維持や安定を重視するタイプです。リスクを避け、今あるものを守ることにモチベーションを感じます。慣れ親しんだ場所にずっととどまりたいタイプです。
トウシル:同じ「資産を増やしたい」という目標を持っていても、モチベーションの源が違うということですね。
相良:その通りです。促進派は「退職後も好きなことをするために、もっと新しいことにチャレンジして資産を増やしたい」と考える傾向があります。
一方、予防派は「今の生活レベルを落としたくないから、将来のためのセーフティーネットとして資産形成をしたい」と考えるでしょう。
このように、裏にあるモチベーションが異なるため、自分の特性を理解することは非常に重要です。それによって、自分に合った資産形成の方法や、モチベーションを維持する方法が見えてきます。
トウシル:自分の特性を知るには、性格診断テストなどを受けると良いのでしょうか?
相良:はい。ただし、既存の性格診断テストは「科学的」とうたっているものであっても、必ずしも行動経済学のような確固たる理論に基づいていないものも多々あります。
そういった事情もあり私たちは、この制御焦点理論といった行動経済学の考え方を使って、意思決定パターンの診断ができる Webテスト を開発しました。
トウシル:早速、私も相良さんのサイトで性格診断を受けてみたところ、「促進志向タイプ」という結果でした。
相良:「促進志向タイプ」なのですね。いろいろなことに積極的に手を出したいタイプと言えます。新しい資産形成の情報を学んだり、実際に試してみたりするのはとても良いことです。しかし、その一方で、リスクに目が向きにくくなる可能性もあるので、注意が必要です。
反対に予防派の人は、節約は得意でも投資に踏み切れないことで、機会損失につながることがあるかもしれません。自分を知ることで、より自分に合った資産形成の道筋を見つけられるのではないでしょうか。
(5)幸せになれる「お金の使い方」
トウシル:最後に、お金をより賢く使って幸せに暮らすためのアドバイスはありますか?
相良:はい、お金を使うことで幸福度を高めるためのヒントを五つご紹介します。
トウシル:とても実践的で、すぐにでも試したくなるアドバイスばかりでした。本日はありがとうございました!
相良:こちらこそ、ありがとうございました。
(呉 太淳)

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