株価が大きく下落した際、つい「押し目買い」をしたくなる衝動に駆られることはないでしょうか。そうした衝動は、積立投資家にとって「相場を予測しない」というドルコスト平均法の基本的な考え方と矛盾するようにも思えます。
本来の積立投資(ドルコスト平均法)の原則とメリット
まず、積立投資の基本であるドルコスト平均法について、改めて確認しておきましょう。これは、毎月(あるいは毎週、毎日など)決まった日に決まった金額で株式や投資信託などを買い付ける手法です。
この方法の最大のメリットは、相場が高い時には少ない口数を買い、相場が低い時には多くの口数を買うことができる点にあります。これにより、購入タイミングを分散し、高値つかみのリスクを軽減する効果が期待できます。
そして何より重要なのは、「相場を予測する必要がない」という点です。プロの投資家でさえ相場の先行きを毎回正確に予測することは困難です。個人の投資家が衝動的な感情に流されて「今が買い時だ」「もうダメだ」と売買を繰り返すことは、往々にしてパフォーマンスを悪化させる原因となります。
そうした観点でドルコスト平均法は、人間の感情を排し、機械的に投資を継続することで、長期的な資産形成を目指すための合理的な手法といえるでしょう。
▼過去に解説したドルコスト平均法の記事はこちら
日経平均・S&P500にダブル積み立て:株価急落でもあわてない、「ドルコスト平均法」が効く(窪田真之)
「プラスアルファ」戦略の例:ルール化したスポット購入の可能性
しかし、もし相場観に頼らず、機械的なルールに基づいてスポット購入を行うとしたらどうでしょうか? 例えば、「投資対象指数が直近高値から10%または20%下落したときに、設定した金額をスポット購入する」といった明確なルールを設けるのです。
これは「感情的な押し目買い」とは明確に区別されるアプローチです。ドルコスト平均法の本質である「感情を排除し、規律に基づいて投資を継続する」という精神は保ちつつも、「市場価格の変動に依存した一定のルール」を組み込むという点で、純粋なドルコスト平均法とは異なる側面を持ちます。本稿では過去データを用いてその効果を検証してみたいと思います。
過去データによる検証結果
今回は、2000年12月から2025年12月までの25年間のS&P500種指数(配当込み、円換算ベース)の月次データを用いて、以下の五つのケースで検証を行いました。各ケースにおいて、初期投資額を100万円、毎月3万円の積立投資を基本としています。
投資方針 スポット
購入条件 スポット
購入額 ケース1 積立のみ なし なし ケース2 積立&スポット購入 S&P500が直近高値から10%以上下落 10万円 ケース3 積立&スポット購入 S&P500が直近高値から10%以上下落 20万円 ケース4 積立&スポット購入 S&P500が直近高値から20%以上下落 10万円 ケース5 積立&スポット購入 S&P500が直近高値から20%以上下落 20万円
ただし、短期間での過度な追加投資を避けるため、ケース2~5では、直近2カ月以内に増額していた場合は、下落率の基準を満たしていても、その月の追加購入はスキップする設定としました。
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 (A)最終評価額 85,090,014 139,421,490 193,752,966 128,143,657 171,197,300 (B)投資元本 10,000,000 14,500,000 19,000,000 13,100,000 16,200,000 (C)投資倍率
(=(A)÷(B)) 8.51 9.62 10.20 9.78 10.57 (D)年率リターン(IRR) 13.30% 13.81% 14.05% 13.85% 14.14% (E)最大下落率 -52.26% -49.99% -49.23% -49.29% -47.61% (F)増額回数 0 45 45 31 31 (G)合計追加購入額 0 4,500,000 9,000,000 3,100,000 6,200,000 (H)月平均投資額 33,333 48,333 63,333 43,667 54,000 ※上記は過去のデータや一定の前提条件に基づき当社が行ったシミュレーションであり、将来の投資成果を示唆または保証するものではありません。
※税金や手数料などは一切考慮していません。
※「(D)年率リターン(IRR)」は、投資期間中の資金の入出金(追加投資など)を考慮して算出されたものであり、S&P500種指数の年率リターンとは異なります。
出所:Bloombergのデータを基に作成
検証結果の考察
今回の検証から、下落時にルールベースで追加投資を行う戦略には、一定の効果が確認されました。
主なポイントは、以下の通りです。
- 通常の積み立てのみと比べ、(C)投資倍率や(D)年率リターン(IRR)がやや向上する傾向が見られた
- 特に、20%以上の大きな下落時に追加投資を行ったケースで効果が出やすい
- 下落局面で多くの口数を取得し、その後の回復局面で恩恵を受けやすくなる構造が背景にある
- S&P500だけでなく、全世界株・日本株でのシミュレーションでも同様の傾向が確認された
一方で、注意すべき点もあります。
- リターンが高かったケースほど、(B)投資元本も大きくなっている
- 下落時に資金投入が増えるため、一時的な評価額の下落幅はむしろ大きくなる可能性がある
- (E)最大下落率の改善効果は限定的で、リスク耐性を大きく高める戦略ではない
つまり、下落時の増額戦略は「リターン向上の可能性はあるが、万能ではない」といえます。
「プラスアルファ」手法の注意点とリスク
検証結果から、下落時の追加購入がリターン向上に寄与する可能性は示されましたが、その効果は限定的であると理解することが重要です。決して、常に大きなリターンをもたらす魔法の杖ではありません。
この戦略を実践する上で、以下の注意点とリスクを認識しておく必要があります。
- 資金枯渇のリスク:「下落初期で資金を使い切ってしまうこと」が最大の危険です。例えば、マイナス10%の下落で増額した直後に、さらにマイナス40%まで相場が下落した場合、追加購入のための資金がもう残っておらず、最も安い価格帯で買い増すチャンスを逃してしまう可能性があります。
これは、過去の大きな下落局面(2000年のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックなど)で顕著になる問題です。 - 精神的な負担:下落時に追加で大きな金額を投じることは、想像以上に精神的な負担が大きくなります。「もっと下がるかもしれない」という不安を抱えながら買い増しを続けるのは、強い精神力を要求される行動です。
- 積立継続性の阻害:追加投資のタイミングを計ることに意識が向きすぎると、本来の定期的な積立投資がおろそかになったり、相場状況によって追加投資ができない月があったりして、結果的に投資計画が中断してしまうリスクがあります。投資において最も重要なのは継続することです。
- 投資元本の過度な増加:リターン向上と引き換えに、総投資元本が想定以上に膨らみやすい傾向があります。資金配分を誤ると、家計全体のリスクが高まる可能性もあります。
まとめ:手堅い積立投資家であるために
相場変動が激しい時期に「どうすればいいのだろう」と悩むのは、ごく自然なことです。今回の検証では、ルールに基づいた下落時のスポット購入が、限定的ながらもリターン向上に寄与する可能性を示しました。
しかし、それはあくまで「プラスアルファ」のオプションであり、積立投資の「基本」ではありません。最も堅実なのは、相場に一喜一憂せず、淡々と積み立てを継続することです。
また、今回の検証では、「ルールベースの増額は、純粋なドルコスト平均法の原則から逸脱するものではないか?」という論点にも踏み込みました。ドルコスト平均法の本質は「価格を無視した規律」にあるのか、それとも「規律ある行動」そのものにあるのか。ルールベースの増額は、投資行動の規律を保ちつつ、市場の価格変動を利用する「ドルコスト平均法を拡張した[半戦術的積み立て]」と捉えることも可能でしょう。
もし、ルールに基づいた追加投資を検討するのであれば、以下の点を心にとどめておきましょう。
- 感情に流されない明確なルールを設定する
- 「下落初期で資金を使い切る」リスクを理解し、資金配分を慎重に行う
- 短期間に過度な追加投資が行われないよう、増額頻度や間隔もルールに盛り込む
- 追加投資は、必ず余裕資金の範囲内で行う
- 生活防衛資金は決して崩さない
- 追加投資ができない月があっても、積み立てだけは継続する
裁量的な「感情ベースの押し目買い」が再現性のない危険な行為であるのに対し、「ルールベースの増額」は検証可能な手法として、投資行動に組み込む余地があります。しかし最終的には、ご自身の金融資産の状況、リスク許容度、そして何よりも「継続できるかどうか」を冷静に判断し、自分に合った投資スタイルを見つけることが、資産形成の成功へとつながるでしょう。
(上源 悠詞)

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