米国とイスラエルの対イラン攻撃で始まった戦争が世界市場を揺るがしている。原油相場に目を奪われるうちに、AI相場の低迷、プライベートクレジット問題など別のリスクに襲われるといった「三つのリスク」が同時に発生する事態に見舞われる可能性も排除されない。

冷静に対処するため、最悪ケースに至るまでの距離感を認識しておきたい。


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サマリー

●<リスク1>原油急騰 →最悪ケース:スタグフレーションと「株式の死」
●<リスク2>AIバブル →最悪ケース:相場暴落
●<リスク3>プライベートクレジット問題 →最悪ケース:「リーマン級」危機
●不穏な情勢下、リスク1、2、3は連鎖し、三重苦になるケースも排除されない
●しかし市場の初期的な過剰反応から、最悪ケースまでの距離感をあらかじめ認識しておくことが肝要


今そこにある三大リスク

 米国とイスラエルの対イラン攻撃で始まった戦争が世界市場を揺るがしています。攻撃の応酬、原油相場の乱高下、ホルムズ海峡の航行まひ…とニュースが出るたびに、投資家は右往左往させられます。


 筆者は2週間前のトウシルでのレポートで、「低迷する人工知能(AI)相場が順当にいけば4~6月に復調路を模索する波動リズムを見ている」と書きました。しかし今、それもいったんは仕切り直し、分析を更新しています。


2026年2月27日: 米国株・日本株と世界市場 3月からの虎視眈々(たんたん)


 あまりにセンセーショナルな悲劇に直面し、中東の有事の前に問われていたAIバブルへの疑念、あるいは、問われようとしていたプライベートクレジット問題など、市場にとっての別のリスク要因が関心から遠のいているようにすら感じます。


 実は、市場のショックは思わぬ形で連鎖して、これらリスクの同時多発を招く事態も排除はできません。それだけに、慎重派の筆者は、それぞれのリスクが招き得る最悪ケースまでシミュレーションしておくことが「転ばぬ先の杖」だと考えています。


 なお、以下では、戦争という悲劇から、投資・相場といったお金の問題を論じます。不謹慎のそしりを受けるかもしれませんが、筆者の職務は投資家としての対応を考えることです。ご容赦ください。


<リスク1>原油急騰

 今さら言うまでもなく、この中東有事が世界の経済・市場にもたらし得る危急の、そして最重要のリスクは原油相場です。石油や天然ガスの関連施設への爆撃、ペルシャ湾から世界への輸送路にあるホルムズ海峡の航行まひがニュースになるたびに、各国市場は動揺を見せます。


 今回の中東有事の前から、米国ではAI株相場の迷走、為替市場におけるドルの軟化が進んでいました。

このため、米国に集まっていた投資・投機マネーが、米国外に活路を求めて駆け巡っています。実は、原油市場は、金融市場に比べると規模がかなり小さく、投機マネーが殺到すると、過剰な波乱になりかねません。


 戦況情報を必ずしも信頼できずにヤキモキするばかりの投資家にとって、原油相場は最も明快かつ重要な指針となります。その指針が投機によって異常に振れるのです。


 3月9日の週明け薄商いのアジア市場時間に、イランの後継指導者に対米強硬派が選ばれたという報道は、戦争継続への思惑を呼び、ウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)原油先物価格を一気に118ドル台まで押し上げました(図1)。株など他のリスク資産市場は恐怖に襲われ、日本や韓国の株式相場を崩落させたのも無理からぬことです。


<図1>原油相場 3月9日の急騰
世界市場と米国・日本株 今そこにある「三大リスク」
出所:Bloomberg

 原油相場をにらむ株式相場の過剰な反応に比べると、ファンダメンタルズへの影響は緩慢に進行します。例えば、原油価格がWTIで60ドルバレル台から平均10ドル上がると、世界のインフレは約0.3%上がり、経済成長を圧迫するなどと試算される展開が漸進するのです。


 ただし、現実には、この緩慢なファンダメンタルズへの反映より先に、まず市場の過剰反応から、人の心理・行動への影響(相場対応のみならず、買い占めによる物不足なども)、さらに金融の滞りがもたらす信用不安といった諸問題に連鎖するかもしれません。初期段階での鎮静化が死活的に重要なだけに、主要国は一致して備蓄石油の放出を決めました。


<リスク2>AIバブル?

 2025年8月以降、米株式相場を力強くけん引してきたAI銘柄が迷走を始めました。相場が迷走すると、それを追認して、「AI株は割高である」とするバリュエーション問題が意識され、それがまたAI株の迷走を促す悪循環も発生します。


 意識されたのは、以下のような諸問題です。


  • データセンターの建設ラッシュなどAI関連の巨額投資は回収できるのか
  • 賄うための巨額債務の負担に耐えられるか
  • そもそもAI関連ビジネスの拡大は「 エヌビディア社(NVDA) とオープンAI社」を軸にした、特定の大手企業間の循環取引でかさ上げされていないか
  • アルファベット社( GOOGL 、 GOOG )のAIの台頭で従来のAI主導企業と勢力図がシフトしないか
  • AIがAIソフトウエア企業のビジネスを侵食しないか

 そして、「AI相場はバブルなのか」という答えのない論争も行われてきました。株価の理論値は、企業が将来にわたって生み出す付加価値を現在価値に換算したものとされます。マクロでは、企業が生み出す付加価値の総和は、一国経済が生み出す付加価値合計としての国内総生産(GDP)の近似値と考えられます。


 伝説の著名投資家ウォーレン・バフェット氏は、全株式の時価総額と、一国経済が全体として生み出す付加価値の名目GDPの相対比を、株全体の割高・割安を示す指標として重視したと伝えられております。それを基に考えられたのが「バフェット指標」です(図2)。足元では、この指標がバブル警戒水準とされる200%を超え、220%に至っています。


<図2>米日バフェット指標(=その国の株式時価総額÷名目GDP)
世界市場と米国・日本株 今そこにある「三大リスク」
出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

 このバフェット指標の極端な高さを、米国は情報技術(IT)ネットワークでもAIでも、世界を先導するプラットフォーマーとなり、他国の経済成長も取り込んでいるとして正当化することにも一理あると考えます。


 しかし、名目GDPがAI関連の設備投資にかさ上げされ、それに輪をかけてAI株の急騰が米株全体の時価総額を引き上げてきたことによる「自己増殖」には、一定の留意が必要でしょう。


<リスク3>プライベートクレジット問題

 近年、銀行のように規制を受けずに、企業などへ融資を増大させてきたプライベートクレジット・ファンドの顧客マネー流出、破綻リスクが、折々に話題となっていました。AI企業も巨額の融資を受けてきたところが少なくないとされます。AI株の迷走が示すように、AI企業にも不振先が広がると、相乗作用の悪循環リスクが排除されません。


 金融不安は速やかに波及し、事態の悪化が一気に進む恐れがあります。それが、AI企業の動揺、関連市場の相場下落、米景況悪化、中東有事など、思わぬことがトリガーになる恐れがあります。


 このところ、プライベートクレジット・ファンドの運営・資金繰り悪化は散発的に報道されるものの、この分野の詳細なデータがないことも、不安を増幅させる背景になってしまうかもしれません。


最悪ケースへの距離感

 リスク1の原油急騰がもたらす最悪ケースとして想起されるのはスタグフレーション、すなわちインフレーションと景気停滞(スタグネーション)が並行する事態です。1970年代後半には、2度の石油危機を伴う中東情勢の不穏で、米国はスタグフレーションに陥り、株式が1973年の高値を1980年まで超えられない「株式の死」と呼ばれる状況をもたらしました。


 リスク2のAIバブルへの疑念は、実際に相場の大幅下落によって、証明されたとする事態が最悪ケースでしょう。相場には、売られるから下がり、下がるから売られる群集パニック的な売り逃げ行動が起こり得ます。それが、中東有事や信用不安といった別のトリガーによってもたらされるリスクもあり得ます。


 リスク3に関しては、金融不安を安易に「リーマン級」の危機などと呼称して、勝手に不安をあおる展開は、市場ではいつものことです。実際にプライベートクレジット問題が顕在化すると、当局は速やかに対応措置を講じ、不安の波及の抑止に努めるでしょう。


 最近のような不穏な情勢下では、この三つのリスクが連鎖することも可能性とは排除されません。原油相場に目を奪われていたら、いつのまにか三重苦に巻き込まれているという最悪シナリオも頭に入れておいて損はないでしょう。


 ただし、悲観をあおるつもりはありません。ここで強調したいのは、市場の初期的な過剰反応と、ファンダメンタルズへの影響の「最悪ケース」にある距離感をしっかり認識しておきたいということです。

1970年代のスタグフレーションは、原油調達や政策対応についての選択肢、理解が足りなかったことが災いしています。


 AI相場の迷走について、筆者は、バブルの破裂ではなく、そこかしこにあるフロス(バブルより小さい泡)の膨張と収縮・破裂として捉える見方を変えていません。プライベートクレジット問題には、警戒の目を常時維持していますが、戒めとして、「リーマン級」などという便利な定型フレーズに走る見方にはくみしません。


 筆者は、リスクを意識し始めたら、市場の過剰反応から、政策対応、ファンダメンタルズの変化に至る流れを時間軸で捉え、相場展開を想定し、対応する構えを常に維持しています。


*本稿は個別銘柄を推奨するものではありません、投資はご自身の判断と責任において行ってください。


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(田中泰輔)

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