中国で全国人民代表大会が開催されました。2026年の成長目標を4.5~5.0%へ下方修正し、これまでのインフラ投資偏重から、現実的な経済運営にかじを切る方針。

ハイテク産業への巨額投資や不動産在庫の直接買い取りなどの大胆なてこ入れ策は、地方財政の悪化を招く「もろ刃の剣」でもあります。今後の中国経済の動向とリスクを整理します。


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イラン情勢の裏で中国全人代に「現実路線」~不動産・ハイテク政策の光と影(土信田雅之)
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イラン情勢の渦中で開幕した今年の中国全人代

 今週の株式市場も、イラン情勢に対する警戒感の中での推移が続いています。


 イランへの攻撃をめぐり、トランプ米大統領が「(軍事作戦が)予定より前倒しで進展している」、「戦争はほぼ終結したと思う」と発言したことをきっかけに、国内外の株式市場では、情勢の短期収束への思惑が盛り返して上昇する場面がありました。


 その一方で、イラン側の態度は強硬姿勢を崩しておらず、周辺国への攻撃が続いているほか、ホルムズ海峡の航行をめぐっても、イランが機雷を海上に設置したとか、船舶を攻撃したという報道が相次ぐなど、状況は依然として不透明です。


 こうした中、中国では先週の3月5日から12日にかけて「全人代(全国人民代表大会)」が開催されました。


 株式市場の視線がイラン情勢に向けられているため、例年であれば、注目を集めるはずのこの中国の重要政治イベントが少しかすんでしまっている印象ですが、それでも、全人代の内容をチェックすることは、今後の中国の行方を知る重要なヒントを探ることになるため、今回のレポートでは、そのポイントなどについて整理していきたいと思います。


中国全人代とは?

 先ほども述べましたが、全人代の正式名称は「全国人民代表大会」です。日本ではなぜか「全人代」と表記されるのですが、地元の中国では「全人大」、「人大」などと略されます。


 言葉の通り、全国の人民の代表が集まる大会という意味で、毎年3月に約3,000名の代表が北京にある人民大会堂に集まり、その年の経済成長率目標(国内総生産[GDP]目標)や予算、重要な法案を決定します。中国の憲法上でも国家の最高権力機関と位置づけられています。


 ここで、ひとつ頭に入れておきたいのは、中国は共産党によるほぼ一党独裁政権であるということです。


 今回の全人代でも、経済政策や改革への取り組み、予算の承認などが議論されたわけですが、実は、大体の政策方針は、昨年7月の「四中全会」や、12月の「中央経済工作会議」など、共産党のイベントで決まっていることが多く、全人代は共産党の意思決定を承認するだけという側面があります。


 そのため、注目度が高い割に、必ずしも何か目新しい決定事項が次々と出てくるというわけではなく、注目すべきなのは、全人代で「どのような新しい言葉が使われたか」や、「どの分野に具体的な予算が付けられたか」という、政権の政策に対する本気度や優先度が現れる「証拠」や「ヒント」を探すことになります。


 とりわけ、全人代の初日には、首相が「政府活動報告」という講演を行い、昨年の振り返りや今年のGDP成長率目標などが示され、中国経済の「温度感」を把握する上で欠かせない材料となります。


 ちなみに、今回示された2026年のGDP成長率目標は「4.5~5.0%」と、昨年の「5.0%前後」からやや下方修正されています。


<図1>中国の主要な2026年の経済目標
イラン情勢の裏で中国全人代に「現実路線」~不動産・ハイテク政策の光と影(土信田雅之)
出所:各種報道を基に作成

 成長目標の引き下げ自体は「経済の減速容認」となるものの、「中国当局が現実を見始めた」という見方があります。また、財政赤字比率の引き上げによる「積極財政」の姿勢は経済政策期待を高め、さらに、デフレ脱却のためのインフレ目標を設定したことなどを踏まえると、実現できるかは別として、全体的にバランスの取れた目標といえそうです。


今回の全人代のポイントと気になったこと

 また、今回の全人代では、中国の「新5カ年計画(2026~2030年)」も採決されました。内容そのものは、昨年の四中全会や中央経済工作会議などで議論されたものがほとんどですが、特に重要と思われるものは以下の3点です。


■「新質生産力」と「技術自立」

 AIをはじめ、半導体や量子技術、バイオテクノロジーといった次世代産業を「新質生産力」というキーワードで定義し、こうした分野への予算を前年比で7.1%増(約1.3兆元)も増額しました。恐らく、これは米国による輸出規制を念頭に置いたものと思われ、サプライチェーンの「自立自強」を国命として進める姿勢の表れといえます。


■不動産対策の変化

 低迷する不動産市場に対する政策については、これまでの規制による市場をコントロールする方針から、政府が「不動産在庫を直接削減する」方向へ転換しました。新規の住宅供給を抑制して価格の下げ止まりを狙うのと同時に、地方政府の「隠れ債務」のリスク解消も継続的な課題として明示されました。


■内需拡大への「踏み込んだ」施策

 不動産不況による消費低迷を打破するため、家計支援強化にシフトしたのも今回の全人代の特徴です。従来の道路や橋を造る「インフラ投資偏重」スタンスを改め、2,500億元規模の超長期特別国債を充当して、家電や自動車の買い替えを促進するほか、少子化対策としての育児支援や若年層の雇用政策の強化など、社会保障の整備を進める方針です。


 このほか、今回の全人代では、台湾に対して「断固として打撃(攻撃)する」という極めて強い表現が使われた点も注目されました。


 イラン情勢で米国の目が東アジアから離れている隙を突く格好で、軍事行動が伴う地政学的リスクの火種となる懸念が高まる一方、今回の全人代では、軍や政府内の粛正が進んでいる影響で、100名を超える代表が欠席しており、意思決定層に「真空状態」が生じている可能性についても警戒しておく必要があるかもしれません。


不動産市場へのテコ入れ:問題をさらに悪化させてしまう可能性も

 続いて、先ほども紹介した不動産市場へのテコ入れ策について、もう少し具体的に見ていきます。


■在庫の買い取り

 今回の全人代では、地方政府が未販売の商業住宅を買い上げ、「公的住宅」への転用を進める方針を明確にしました。これは、民間市場の自律的な回復を諦め、政府の資金(公的資金)で価格の底割れを防ぐ「外科手術」に乗り出したことを意味します。


■購入規制の事実上の終焉(しゅうえん)

 北京や上海など、最後まで残っていた大都市の購入規制も実質的に撤廃・緩和の方向にあります。これは「住むための家であり、転売のための家ではない」という長年のスローガンを横に置き、なりふり構わず需要を喚起しようとする姿勢の表れともいえます。


 これらのテコ入れ策は、長く続いている不動産の価格低迷が最悪期から脱することが期待されますが、反対に事態をより悪化させてしまう可能性もある「もろ刃の剣」でもあります。


 その理由は以下の通りです。


1. 地方政府の財政をさらに圧迫する可能性

 現在、中国の地方政府はすでに甚大な債務(隠れ債務を含む)を抱えています。本来、不動産売却益は地方政府の「収入源」でしたが、在庫を買い取る側になるということは、「売れない資産をさらに借金をして買う」ことになります。


 買い取った住宅の価格が将来的に上昇しない、もしくは賃貸として十分な収益を上げられない場合、地方政府の財政破綻リスクをより高めることになってしまいます。「収益性が見込める不動産がどのくらいあるのか?」がカギとなります。


2. モラルハザード(倫理の欠如)の発生

 政府が買い取ってくれることが前提になると、経営に失敗した不動産開発会社が「最後は国が助けてくれる」と甘え、本来行われるべき企業の淘汰(とうた)や自律的な再建が進まなくなる可能性があります。


 自由市場であれば、価格が暴落して企業が倒産することで需給が調整されますが、政府が介入することで「ゾンビ企業」が結果的に温存され、経済全体の生産性も低下するリスクを孕んでいます。


3. 「不動産価格の正常な決定権」の喪失

 政府が一定の価格で在庫を買い上げることは、市場における「本当の適正価格」が不透明になります。政府が価格を支えている間は、実勢価格が分からず、民間投資家は「いつはしごを外されるか分からない」と警戒し、結果として民間の買い控えが長引くという、皮肉な結果(市場の硬直化)を招く恐れがあります。


 さらに、中国は人口減少と高齢化の急ピッチな進行という構造的な人口問題を抱える中で、不動産市場が再び中国経済の牽(けん)引役に戻る可能性は低いと思われます。投資家としては、「危機は回避されるかもしれないが、成長は期待できない」という冷めた視点が必要かもしれません。


ハイテク産業への注力:「新質生産力」がもたらす光と影

 そして、不動産に代わる新たな成長エンジンとして、中国当局が注力しようとしているのが、「新質生産力」です。中国政府は2030年までにAI関連の産業規模を220兆円(10兆元)以上に拡大する目標を掲げ、2026年をその加速の年と位置づけています。


 先ほども見てきたように、「新質生産力」予算の増額(7.1%)は、他部門の予算が削られる中で異例の伸びとなっています。特に、米国の規制を回避するための「国産半導体製造装置」や「生成AIの独自基盤」の開発には、軍事予算に近い優先度が与えられています。


 実際に、レガシー半導体(汎用型)だけでなく、量子コンピューティング、6G、脳計算機インターフェース(BCI)、核融合などへの投資が強化されるほか、半導体チップの生産については、前年の実績(10.9%増)を上回るペースでの増産も計画され、半導体の自給自足に向けた「デッドライン」も設定されています。


 ここまでの意気込みを見せているだけに、中国発のハイテク技術進歩の事例が増えてくると思われますが、AIをはじめとするハイテク産業への依存度の高まりは、「今後の中国経済全体を支えることができるのか?」という問題も抱えています。


 例えば、中国の電気自動車(EV)は世界を席巻しているものの、多くの中国EVメーカーは満足な利益を稼いでいるとはいえず、価格競争力や目先の技術力は示せても、政府の補助金なしに、企業の地力で継続的な技術の進歩や発展につなげることができなければ意味がありません。


 このほか、「技術移転」や「現地化」の要求や圧力が強まることを警戒した外資企業が「中国離れ」を進めてしまうこと、そして、特定分野に集中することで企業間の競争が激化し、中国当局が懸念している「内巻(需要が伸びない中で、企業が生き残るために利益を削って安売りし、業界全体が共倒れになる状態)」問題が加速してしまう可能性もあります。


 これまで見てきた全人代の動向を総括すると、大胆な政策変更はないものの、政策の内容が「より現実的・具体的に」動き始めた印象があります。


 政策の目標が明確になった分、成果への期待も膨らみやすく、一定の効果も出てくると思われ、中国のハイテク銘柄がにぎわう展開も予想されますが、中国が抱えている諸問題を根本的に改善していくには中途半端な面もあり、政策運営がスムーズに進まなければ、問題を悪化させてしまう危うさがあることは意識しておいた方が良さそうです。


(土信田 雅之)

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