金融市場で時折耳にする「トリプル安」という言葉。株安、債券安、通貨安が同時に進むこの現象は、投資家にとって大きなリスクとして語られます。

しかし、日本の個人投資家が警戒すべきリスクは、本当にこれだけなのでしょうか。今回は、実は注意すべき「株安×円高」のシナリオに焦点を当て、その対策にも触れます。


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「トリプル安」はどれくらい起こるのか?

 昨今、全世界株や米国株を投資対象とする投資信託の人気の高まりを背景に、多くの個人投資家のポートフォリオにおいて、米国株への依存度が増している状況です。この構造を踏まえると、株安、債券安、円安が同時に進行する「トリプル安」も重要ですが、特に日本の個人投資家にとっては「株安×円高」の局面により注意を払う必要があります。本稿では、円建てリターンに大きな影響を与える可能性があるシナリオを想定し、その影響を確認します。


 まずは、株、債券、通貨の同時安が、過去にどれくらいの頻度で起こっていたのかを見ていきましょう。ここでは、簡単化のため便宜上、以下の3つの市場変動をその判定基準として用います。


  • 株安:米国株式が月次で3%以上下落
  • 債券安:世界債券が月次で1%以上下落
  • 円安:ドル円が月次で2%以上円安に変動

→以下のグラフでは、これらが同時に発生した月をトリプル安の発生月と定義


図:過去30年間(360カ月)における各イベントの発生回数と同時発生回数
「トリプル安」より怖い? 「株安×円高」が日本の資産形成の弱点
※対象期間:1996年2月末~2026年2月末※米国株式:S&P500指数(配当込み・米ドルベース)、世界債券:ブルームバーグ・グローバル総合債券指数(トータルリターン・米ドルベース)、ドル円:三菱UFJ銀行公表のドル円仲値出所:Bloombergのデータをもとに筆者作成

 このグラフが示すように、3つの条件が全て同時に満たされる月は、過去30年間で10回と、全体の2.8%に過ぎません。もちろん定義にもよりますが、3つ全てが同時に大きく動く局面は、さほど多くないと言えるでしょう。


 つまり、「トリプル安」という言葉のインパクトは大きく、起こり得るリスクシナリオとして想定しておくべきではあるものの、今すぐに起こる最大の脅威であるとは言い難いです。しかし、だからといって安心するのは早計です。より身近で、かつ深刻な影響を与えるリスクが存在します。


実は注意すべき「株安 × 円高」

 現在の日本の個人投資家にとって、実は注目すべきは「株安 × 円高」の組み合わせです。その理由は、米国株投資の円建てリターンが以下の数式で決まるからです。



(1+r_"US eq,USD" )×(1+r_"USD/JPY" )-1

 ここで r_"US eq,USD"  は米ドル建ての米国株リターン、r_"USD/JPY"  はドル円(USD/JPY)の変化率(本稿では、USD/JPYが下がれば円高で r_"USD/JPY"
 この数式が示すのは、株価が下落する局面でさらに円高が進むと、円換算ベースでは損失が拡大する構造になっているということです。具体的な例で見てみましょう。

    ケース1:米国株 -20%(USD建て) + 円安(USD/JPY +10%)
   円建てリターン: 0.8×1.1-1=-0.12=-12%

    ケース2:米国株 -20%(USD建て) + 円高(USD/JPY -10%)
    円建てリターン: 0.8×0.9-1=-0.28=-28%


図:ケース1(左側)、ケース2(右側)のイメージ
「トリプル安」より怖い? 「株安×円高」が日本の資産形成の弱点
出所:筆者作成

 同じ「米国株-20%」の下落でも、為替が円安に動いたケース1では、為替差益が株式のマイナスリターンのクッションとなり、損失が-12%まで抑えられています。一方で、円高に動いたケース2では、円建ての損失が-28%と、株価単独での下落の-20%を大きく上回ります。


 このように為替の動き一つで、同じ株価下落でも円建ての損益は倍近く変わってしまう可能性があるのです。


市場の傾向:株安と円高の共振

 では、過去に株安の局面での円高進行は、どのくらい起こっていたのでしょうか。過去30年間のデータを用いて、株安局面における円高進行の頻度を見てみましょう。


図:過去30年間(360カ月)における株安、円高の発生回数と同時発生回数
「トリプル安」より怖い? 「株安×円高」が日本の資産形成の弱点
※対象期間:1996年2月末~2026年2月末※米国株式:S&P500指数(配当込み・米ドルベース)、ドル円:三菱UFJ銀行公表のドル円仲値出所:Bloombergのデータをもとに筆者作成

 このデータが示すように、株安の月に円高も同時に発生した割合は、株安月全体の約36%(21回 ÷ 59回)に達しました。これは、過去の株価が大きく下落するようなリスクオフの局面において、一定程度の頻度で円高も進行していたことを示唆しています。具体的には、世界中の投資家が安全資産とされていた円に資金を移す「リスクオフの円買い」や、低金利の円を借りて高金利通貨で運用していた資金が、リスク回避のために円に戻る「キャリートレードの巻き戻し」といった市場メカニズムが考えられます。


 このように、株安と円高は決して珍しい組み合わせではなく、むしろ株安の局面で同時に発生する頻度が無視できない程度にあることが分かります。


過去の具体例から見る「株安×為替」のインパクト

 過去の株安局面で、為替変動が円建てリターンに大きく影響した場面も確認しておきましょう。
2008年のリーマンショックのときには、米国株式は年間で約-37% の大幅な下落となりました。これに加えて、リスク回避の動きからドル円は年間で約20% の円高(USD/JPYが下落)が進行しました。

結果として、米国株式に投資していた日本の投資家は、円換算ベースで約50%近くの損失を被ったと推計されます。株価下落に円高の進行が重なり、損失が大きく増幅された典型的な例です。


図:前半15年間における米国株式とドル円の推移
「トリプル安」より怖い? 「株安×円高」が日本の資産形成の弱点
※対象期間:1996年2月末~2011年2月末※米国株式:S&P500指数(配当込み・米ドルベース)、ドル円:三菱UFJ銀行公表のドル円仲値※シャドーは株安・円高期出所:Bloombergのデータをもとに筆者作成

 一方、主要先進国の中央銀行がインフレ抑制のために政策金利を積極的に引き上げた2022年を見てみると、米国株式は年間で約-18% の下落となりましたが、日米金利差の拡大などからドル円は約15% の円安(USD/JPYが上昇)が進行しました。


 この結果、米国株式に投資していた日本の投資家は、円換算ベースで-5.5%程度の損失にとどまったと推計されます。株価の下落は大きかったものの、円安が損失を緩和するクッションとして機能したと言えます。


図:後半15年間における米国株式とドル円の推移
「トリプル安」より怖い? 「株安×円高」が日本の資産形成の弱点
※対象期間:2011年2月末~2026年2月末※米国株式:S&P500指数(配当込み・米ドルベース)、ドル円:三菱UFJ銀行公表のドル円仲値 ※シャドーは株安・円安期出所:Bloombergのデータをもとに筆者作成

 これらの具体例は、為替の動きが円建てリターンに大きな影響を与えることを示していますが、 円安であれば常に良い、円高であれば常に悪い、という単純なものではありません。円安は海外資産の円建て評価額を押し上げる一方で、円の購買力の低下も意味します。重要なのは、円安・円高といった為替の方向性そのものの良し悪しではなく、それがポートフォリオにどのような影響を与えるかを理解し、リスク管理に活かすことです。


資産を守るための対策

 現在、多くの個人投資家が「米国株&為替ヘッジなし」のポートフォリオ構造を持っています。この場合、為替は単なる分散要因ではなく、市場の変動時にはリスクを増幅させる可能性があることを、過去のデータも踏まえて認識しておく必要があります。


 この「株安 × 円高」のリスクに対して、主に以下の対策が考えられます。


1.「為替ヘッジあり」ファンド活用の検討

 米国の株式や債券に投資しつつも、円高による損失拡大リスクを軽減したい場合は、為替ヘッジ付きの投資信託やETFの活用を検討しましょう。ヘッジコストはかかりますが、為替変動による影響を抑える効果が期待できます。ただし、現在の金利差を考慮するとヘッジコストがリターンに影響する可能性もあり、その有効性は慎重な見極めが必要です。


2.投資対象の分散

ご自身の投資している海外資産の割合を確認し、その値動きや過去の変動の度合いも把握しておきましょう。米国株以外にも、日本株や欧州株、新興国株など、他の地域の株式にも分散投資することで、特定国の株安の影響を緩和することができます。また、リスクを取りすぎていると感じる場合は、株式比率の見直しや安定資産への配分変更の検討が必要です。


3.定期的なポートフォリオの見直しと情報収集

 2025年までの株高・円安の進行により、リスク性資産の割合が膨らんでいる方もいらっしゃることでしょう。一度ポートフォリオを組んだら終わりではなく、定期的に見直しを行い、自身の資産状況とリスク管理を継続的に行うことが重要です。


まとめ:冷静なリスク管理で、より堅実な資産形成を

 これまで見たデータから、米国株に投資する際に、特に意識すべき点は以下の3つです。


  • 「トリプル安」は注意すべきだが、必ずしも頻繁に起こるわけではないこと。
  • 一方、「株安 × 円高」は無視できない頻度で起こる傾向があり、過去データでもその共振が確認されたこと。
  • その場合、円建てのマイナスリターンは、株価単独の下落よりも大きくなる可能性があること。
  •  こうした示唆を踏まえ、運用資産のリスクを評価する際には、株価の動きだけを見るのではなく、為替変動の大きさにも目を向けることが極めて重要です。米国株への投資は、魅力的なリターンをもたらす可能性がありますが、為替リスクも考慮した適切な対策が、ポートフォリオの堅牢性を高めることでしょう。


    (上源 悠詞)

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