新NISAをきっかけとした空前の投資ブームを迎えている今。「オルカンかS&P500を買っていれば大丈夫」と考える層も少なくない。
現在のインデックス熱は最適解か?「積立王子」が鳴らす警鐘
2026年、春。新NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)制度の開始から2年がたち、日本の投資環境は大きな変化のただ中にある。「貯蓄から投資へ」というスローガンが世をにぎわした時代は終わり、今や多くの個人投資家が「全世界株式(オール・カントリー:通称オルカン)」「S&P500種指数(S&P500)」といったインデックス投資に資金を投じている。
だが、そんな熱狂をよそに、中野氏は、都内の一角にあるオフィスで、静かに現在の投資熱を見つめていた。
かつてセゾン投信を立ち上げ、「積立王子」として日本中に長期投資の種をまいた男。セゾン投信の会長職を退いたわずか3カ月後の2023年9月、彼は「なかのアセットマネジメント」を設立し、再び旗を掲げた。
「今のブームは喜ばしい半面、非常に危ういと感じています。多くの人が『目の前の数字が増えればいい』と、投資の手段を目的と履き違えている。投資とは本来、もっと血の通った、エネルギーの循環であるはずなんです。その根底にあるべき『愛』が忘れ去られている気がしてならないんですよ」
中野氏の言葉は、単なるマニュアル本のようなノウハウではない。それは、自身のキャリアを懸けて戦い抜いた男だけが持つ覚悟であり、同時に迷える投資家たちへの強いメッセージでもあった。
ファッションへの憧れ、そして金融の最前線へ
中野氏のキャリアのスタートは、1987年にさかのぼる。バブルの熱狂が幕を開けようとしていた頃。
最先端のファッションに魅了され、時代の空気を作り出す文化の担い手を目指した青年は、運命のいたずらにより金融のど真ん中へと放り込まれる。
配属された西武クレジット(現:クレディセゾン)の運用部門。そこはコンマ数秒の判断で数億、数十億円が動く、殺伐とした短期決戦の世界だった。
「デリバティブ取引や債券運用を担当しましたが、当時は毎日が胃の痛む思いでした。朝から晩まで画面に張り付き、数字の上下で一喜一憂する。でもね、そんなやり方で誰が幸せになるのかという問いが、私の中でどんどん大きくなっていったんです。金融の本来の役割は、余っているところから必要なところへお金を流し、豊かな未来を創ることにあるはず。実体経済からかけ離れたところで数字だけを追いかけるのは、私にとって大きなストレスでした」
当時の日本経済は、プラザ合意後の円高不況を脱し、過剰流動性によるバブルへと突き進んでいた。中野氏が見たのは、顧客の顔も見ず、社会の未来も考えず、目先の利益に酔いしれる大人たちの姿だった。その原体験が、のちに彼を「長期・積立・分散」という、当時は誰にも見向きもされなかった地道な哲学へと突き動かすことになる。
不屈の歩み。解任という試練を越えて
2006年、中野氏は「セゾン投信」を設立する。当時、独立系の運用会社が個人向けに直販を行うのは無謀と言われた。しかし中野氏には、販売金融機関の意向に左右されず、顧客と直接対話することでしか守れない「理想」があった。
「投信会社は、顧客から信託報酬という名の手数料をいただいておきながら、自社の収益のために短期売買を勧め、販売手数料を稼ぎ続ける証券会社や銀行に販売を委ねて平然としている。そんな『昭和の発想』の対極にある、真に顧客のための資産形成をやりたかった。金融機関がもうかるのではなく、顧客がもうかる仕組みを創る。それが私の悲願でした」
しかし、2014年に日本郵便が資本参加したことで、財務基盤は安定した一方で、既存大株主による組織の論理が牙をむく。
従前からの親会社は収益の拡大を急ぎ、運用資産残高の拡大こそ正義としてはばからず、流行に乗った新商品の投入を期待した。しかし、中野氏はそれを断固として受け入れなかった。
「顧客の資産形成そっちのけで、運用規模拡大が目的化したビジネスを当たり前のように繰り広げる。私はそれに、断固として反対しました。結果として、2023年に私は解任されました。
解任のニュースが流れた際、SNSやメディアには中野氏を支持する声が溢れた。それは、彼が築いてきたものが単なる「数字」ではなく、顧客との「信頼」であったことの証だった。
「分配金」と「インデックス」という名の現代のわな
中野氏の語り口は、時に辛口だ。だがその言葉をよく聞けば、そこには「脱落者を出したくない」という親心のような厳しさが宿っている。特に、新NISAブームの中で「分配金」や「インデックス投資」に安住する人々に対し、彼はあえて厳しい言葉を投げかける。
「分配金で生活が潤う。配当金が助けになる。そんなものは資産形成ではありません。20代、30代といった資産形成期の人間が分配金を受け取るのは、将来の自分への仕送りを、今の自分が先に使ってしまっているようなものです。複利という、長期投資家にとって最大の武器を自ら手放す行為に等しい。
中野氏が懸念しているのは、投資が未来のための資産をつくる手段ではなく、単なる目先の小銭稼ぎに成り下がっている現状だ。さらに、彼は現代のインデックス投資への盲信にも疑問を投げかける。
「『オルカン』や『S&P500』を買えば安心。手数料が安ければ勝ち。それは本当ですか? 中身を見ていますか? 特定の一国、特定の産業に資産が極端に偏っているリスクを理解していますか? 国家ガバナンスが揺らぎ、ドルの信認が低下しているからこそ、今、金(ゴールド)が上がっています。思考停止してインデックスに全ベットするのは、嵐の中、操縦士の顔も見えない船に乗り込むようなものです。今こそ、自国の通貨である円建ての資産、つまり日本株のアクティブ運用を通じて、企業の血の通った成長を肌で感じるべき時なんです」
現金×株式100%投資信託。積立王子が説く「攻めの防衛術」
「リスクを抑えたい」と願うのは、投資家として当然の心理だ。だが、そのために債券を混ぜたバランス型や、複雑な仕組みの金融商品を選ぶのは本末転倒、と中野氏は切り捨てる。
「中途半端な低リスク商品なんて、今のインフレ局面では何の役にも立ちません。それどころか、資産の成長を阻害するだけです。私の提案は極めてシンプル。
中野氏の語るリスク管理術は、驚くほど原始的だが、本質を突く。リスクを半分にしたければ、資産の半分を現金で持てばいい。
「暴落した時に一番怖いのは、現金がなくて生活のために資産を売らざるを得なくなること。下がっている時に怖くなって売る人間は、投資家として最低最悪です。そうならないために、十分な現金を別に持つべきです。上がっている時は株式の成長を楽しみ、下がっている時は現金のクッションで耐える。それだけで、投資家はどんな暴落にも慌てずに向き合えるようになります。複雑なことなんて、一つも必要ないんですよ」
中野晴啓が描く新たな創業のビジョン
解任から3カ月後に設立された「なかのアセットマネジメント」。この会社は、中野氏にとって単なる「セゾン投信の再挑戦」ではない。そこには、日本の運用業界を根底から変えたいという、より強固なビジョンが込められている。
「なかのアセットマネジメントを立ち上げた最大の理由は、本当の意味での『アクティブ運用』を日本に根付かせるためです。インデックス投資は、誰もが等しく投資に触れて学べる場としては重要です。しかし、それだけでは大きな成長は望めません。
中野氏が目指すのは、「顔の見える運用」だ。どの企業のどんな活動を応援しているのか。それがどう社会を良くしているのか。投資家が自分の投じた資金の行方に誇りを持てるような、透明性の高い運用を目指している。
「もう一つのビジョンは、日本の現役世代を『投資家』へと導くことです。日本人は真面目ですから、一生懸命働きます。労働と投資は、車の両輪なんです。働いて得た糧の一部を、次世代の成長のために託すという循環が回らなければ、この国に未来はありません。なかのアセットマネジメントは、単に商品を売る会社ではなく、投資家と共に未来を創るための『コミュニティ』でありたいと考えています」
「未来を信じる」―投資七則が示す覚悟
中野氏が40年のキャリアでたどり着いた結論。それが、最新著書『投資の女神は弱者に微笑む』の巻末に記された「投資七則」だ。「目的を定めなさい」「分配金に惑わされるな」「リスクは現金で管理せよ」。その最後を飾る第7則「未来を信じる」こそが、中野晴啓という男の魂の叫びだ。
「投資の源泉は、投資対象が成長することにあります。そして、その成長の根底にあるのは『明日の世界は今日よりも豊かになる』という揺るぎない信頼です。もし未来を信じられないなら、投資なんて今すぐやめて、現金を抱えてじっとしていればいい。長期投資家にとって、下落相場はただのバーゲンセールに過ぎません。なぜ笑顔でいられるか。それは、人間が知恵を絞り続ける限り、経済は必ず再生し、成長すると信じているからです。その確信こそが、あらゆる相場の嵐からあなたを守る何よりの支えになるんです」
中野氏の言葉には、数々の裏切りや解任を経験しながらも、一度として未来を諦めなかった男の重みが宿っている。彼の「信じる」という言葉はただの楽観主義ではなく、地獄を見た男の「覚悟」なのだ。
「投資はね、究極の『愛』なんですよ。私は、投資を通じて次世代により良い社会をつないでいきたいんです。あなたが今日、勇気を持って投じた1万円。それは、どこかの企業の新しい挑戦を支え、誰かの雇用を守り、新しい技術を生む原動力になります。その経済の循環に参加すること自体が、人間として非常に尊いことなんです。どうか目先の数字に惑わされず、あなたが信じる未来に、一歩を踏み出し続けてください」
セゾン投信を追われ、一度は全てを失った男は今、新たな器で再び投資家一人一人と対峙(たいじ)している。その瞳には、一時の流行に流されることのない、揺るがぬ意志が宿っていた。
中野晴啓(なかのはるひろ)氏
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(トウシル編集チーム)

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