「何が正解かよく分からないな」
上長が私のパソコンを覗き込みながら呟いた。ディスプレイには大手脱毛サロン「ミュゼプラチナム」運営のMPH(株)(TSRコード:036547190)の変遷に関する書きかけの原稿が映っている。
ミュゼプラチナムは、積極的な広告宣伝で急速に事業を成長させ、全国に約160店舗を展開していた。脱毛と言えば、真っ先に頭に浮かぶ会社だ。今年29歳になる私の周りに知らない人はいない。
一昨年、東京商工リサーチ(TSR)情報部に中途入社した私がミュゼの担当として取材を始めたのは、昨年春、船井電機(株)(TSRコード:697425274)の周辺が騒がしくなった頃だ。ミュゼが広告費用を払えず、連帯保証していた船井電機の株式が差し押さえられ、動向が注目され始めていた。
家電準大手で大阪に本社を置く船井と、都内に本社を構えるエステ業態のミュゼ。場所も事業内容も異なる企業の、片方の取材担当は正直、腑に落ちなかった。
ミュゼの変遷と関係者
ミュゼの始まりは、2002年設立の(株)ジンコーポレーション(TSRコード:150171919、商号は当時)に遡る。MPHに運営が変わるまで都合、3回運営会社が変更した。こうした企業に資本や資金を注入した企業数はその倍以上だ。さらに他社の事業を引き継いだり、経営陣が頻繁に変更している。カメレオンのような登記内容に加え、関係者の人となりも多彩で、担当になった当初は途方に暮れた。
それでも全体像を頭に叩き込み、関係者との接点を作っていった。
年末以降、相次ぐ信用情報
2024年11月、ミュゼの従業員への給与遅延の話が入ってきた。従業員の不満も噴出している。早速、社長(当時、以下同)に直接話を聞きに行った。すでに複数回コンタクトを取っており、口調は滑らかだ。「問題はない、資金調達はクリアできる見込みで年内には正常化する」と自信ありげに語る口調にホッとした。きっとミュゼは大丈夫だ。その思いを部内で共有すると、先輩が「真水を入れる、か。なんかピリッとするな」とつぶやいた。「真水」に「ピリリ」。業界用語なのか社内用語なのか、イマイチ要領を得ないが「そうですね」とその場を切り抜けた。
今年2月、ミュゼの内紛情報が入った。譲渡担保権の実行でMPH株式を他社が取得し、経営陣が排除されたという内容だ。
3月26日、経営権争いに一応の決着が着き、元の経営陣が再びボードメンバーに戻った。だが、この間、取引先への支払いや給与の遅配情報が数多く寄せられるようになった。あの時の安心感は何だったのか。これまでミュゼ経営陣と対面・非対面でコミュニケーションを重ねてきたが、言葉を額面通り受け取れなくなっていた。
3月28日夕刻、「今日動きがある」との情報を先輩が持ってきた。ミュゼに限らず、この手の話が入ることは少なくない。ガセの場合もある。だが、この日は部内の空気が違った。時計を見ると18時をとっくに回っていたが、気が付くとデスクを飛び出してミュゼ本社に足が向いていた。部内の「現地確認が必要じゃない?」との無言のプレッシャーに耐えられなかったのではない(と思う)。
ちょうど打ち合わせを終えたばかりの社長が出てきた。開口一番「番記者じゃん!」。そして、笑いながら私を招き入れ、取材に応じた。従業員には3月末で退職勧奨する意向という。
その後もゴタゴタが続いた。5月、社長に経営状況を聞くと、体制を再構築してフランチャイズ展開を進めているという。なぜだろう、話を聞いていると上手くいくような気がする。だが――。
5月16日、債権者がMPHに対して破産を申し立てた。いわゆる第三者破産だ。それに呼応するように6月、MPHは自ら会社を解散した。
7月末、第三者破産に関して審尋(債務者等への聞き取り)があった。これを機に部内の緊張感が高まった。
そして8月18日、東京地裁は破産開始を決定した。誰が笑い、誰が泣いたのか。いよいよ答え合わせがされるのだろう。
何が正解なのか
破産開始決定の数週間前、上長と先輩の立ち話が聞こえてきた。概ねこんな内容だ。
「運営会社が転々とするなかで、若い女性を中心とした顧客名簿の取り扱いはどうなっていたのか」
「第三者破産から開始決定までが長い。予納金の問題が大きいと思うが、債権者側の決断をどう評価するか」
「ミュゼが過去に取り組んだ私的整理の功罪、クローズドでの再生が結果的に被害を広げたのではないか」
最後に先輩が「何故あいつに任せたんですか」と訊ねた。そばだてた耳に入ってきたのは、かつてパソコンの前で聞いたフレーズだった。
私に気付いた先輩が向けた視線を力強く受け止めた。
ミュゼプラチナムの本社(2024年12月5日TSR撮影)