第42 回吉川英治文学新人賞を受賞した武田綾乃の小説を原作にした鮮烈な青春映画『愛されなくても別に』が、7月4日公開となる。浪費家の母(河井青葉)に代わってアルバイトで生活を支えながら、奨学金で大学に通う主人公・宮田陽彩が、過酷な境遇を受け止めて生きる同級生・江永雅(馬場ふみか)との出会いをきっかけに、「不幸中毒」から脱却する姿を描く。

 陽彩を演じるのは、NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)や「光る君へ」(24)をはじめ、多数の作品で活躍する期待の若手俳優・南沙良。監督を務めたのは、『溶ける』(16)が第70回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門に日本人最年少で正式出品された新鋭・井樫彩。公開を前に、撮影の舞台裏や作品に込めた思いを語ってくれた。

-同級生の雅とバディのような関係を築き、成長していく陽彩の姿にリアルな存在感がありました。陽彩役に南さんが起用された経緯を教えてください。

井樫 南さんとは以前、『恋と知った日』(23)という短編作品でご一緒してとても魅力的だったので、いずれ長編でまたご一緒したいと思っていたんです。そうしたら、『恋と知った日』のプロデューサーだった佐藤慎太朗さんから、「この原作を南さんでどうですか?」とお話があって。南さんなら陽彩役にぴったりだと思い、お引き受けしました。

南 『恋と知った日』が終わったとき、井樫監督と「また一緒にやりたいですね」と話していたので、実現してうれしかったです。原作を読んでみたら、重い題材でありながら、陽彩や雅たちが一歩踏み出そうとする物語が魅力的だったので、そういう部分を自分なりに表現できたら…と。

-南さんは演じるに当たって、原作を参考にした部分も大きいのでしょうか。

南 先に原作を読んでいたおかげで、台本に書かれている陽彩の気持ちをスムーズに受け止めることができました。

それに加えて、クランクイン前には監督が作った陽彩の年表もいただきましたよね。

井樫 南さんとご一緒するのは2度目ということもあり、今までいろいろな話をしてきた中で、役柄について直接的に語るというよりも、年表を渡したり、シーンごとに今はこういう状況だよね、だからこういう気持ちだよねといったように、補助線を引いてあげるというような形が合うのかなと。

南 それがとても役に立ちました。さらに監督は、アクティングコーチのレッスンも用意してくださって。

井樫 この作品の前にアクティングコーチのレッスンを見学する機会があり、それがすごくよかったんです。だから、「どうですか?」と提案してみたら、馬場さんと一緒に参加してくれて。役になじんでもらうため、脚本にない陽彩のシーンを作って演じてもらったりしましたよね。

南 普段はお仕事に追われがちなこともあり、座学を含めてお芝居を改めて学ぶ機会はなかなかないので、すごく新鮮でした。とても勉強になったので、実は今もレッスンを受けているんです。きっかけをくださった監督に感謝です。

-陽彩はいわゆる“毒親”の母と2人で暮らすうち、自分の人生に期待を持てなくなってしまった人物です。そういう役と向き合うお気持ちはいかがでしたか。

南 陽彩にとって、親や家族は、居場所であると同時に、自分を縛る呪いのようなものでもあったと思うんです。そういうことって、毒親に限らず、いろんなところにあるんじゃないかなと。自分が身を置いている環境や大切な人、自分自身も含め、居場所になっているものが、時として自分を縛るものになってしまう。

-その点で、陽彩の境遇が理解できたということでしょうか。

南 陽彩は、自分が不幸であることに意味を見いだしている女の子で、そういう不安がむしろ自分の安心材料になっているんですよね。私の両親が毒親というわけではありませんが、似たようなところは自分にもあるので、陽彩の気持ちがよくわかりました。

井樫 “毒親”というと特別な印象を受けますが、誰もが他者と関わる中で、うまくいったりいかなかったり、傷ついたり傷つけられたりということを繰り返しながら日々を過ごしていると思うんです。その点、種類は違っても人間関係における痛みであることに変わりはない。だから、劇中にも「不幸は他人と比較できることじゃない」というせりふがあるように、特別なものとして描きたくなかったんです。もちろん、当事者の体験を記した本などを読み、事前にしっかり勉強した上でのことですが。

-劇中では、親しくなった陽彩と雅が自転車の2人乗りをするシーンが、2人の関係を象徴していて印象的でした。原作にはない映画独自のシーンですが、その狙いを教えてください。

井樫 映画にする以上、2人の関係を動きで表現したかったんです。その点、自転車であれば、2人の距離が近いにも関わらず、お互いの顔が見えない面白さがある。しかも、どちらが前に乗るかで2人の関係も表現できるなど、効果的に使えるんじゃないかなと。そんなふうにいろんな観点から考えて、自転車を使うことにしました。

南 私は自転車が苦手な上に、2人乗りなんてしたことないので、最初はヨロヨロしてしまって(笑)。撮影前に練習したおかげで、なんとか無事に運転できるようになりました。

-一見、女性同士の友情物語のようですが、この作品にはそれだけにとどまらない奥深いメッセージ性があります。その点、この映画をどんな人たちに見てもらいたいとお考えでしょうか。

井樫 陽彩が自分で人生を選択できるようになるまでの姿を描いた物語なので、さまざまな人間関係に悩む方の心に少しでも残り、前に進む力になってくれたら…と願っています。

南 生きることが難しい今の時代、人間関係に悩む方はたくさんいらっしゃると思うんです。この映画が、そんな人たちに寄り添えたらうれしいです。

(取材・文・写真/井上健一)

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