NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。

8月31日放送の第33回「打壊演太女功徳(うちこわしえんためのくどく)」では、米の高騰に伴う打ち壊しに端を発した騒動の最中、“丈衛門だった男”(矢野聖人)に狙われた蔦重を守り、小田新之助が命を落とした。ここまで新之助を演じてきた井之脇海が、その舞台裏を振り返ってくれた。

-新之助を演じ切ったお気持ちはいかがですか。

 ものすごい達成感がありました。収録期間の1年2カ月ほど新之助を演じてきた中で、浪人から始まり、足抜けをして百姓に、そして最後は革命戦士のようになって打ち壊し…。1人の人生の中でさまざまな側面を演じられたおかげで、期間以上の体験ができました。クランクアップも、新之助が亡くなるシーンで迎えることができたので、「これで終わり」という思いも強かったです。

-最後は、新之助が救った蔦重に担がれたまま、話をしながら亡くなりましたが、そのシーンに臨んだときのお気持ちはいかがでしたか。

 台本をいただいたとき、新之助に対する森下(佳子/脚本家)さんの愛情を感じ、丁寧に演じたいと思っていました。収録でも、打ち壊しから蔦重を守って亡くなるまで、物語に沿った順番で演じることができました。そうやって積み重ねていけたおかげで、最後に蔦重と2人きりになったときは、本当に旅立つんだな、と感じることができて。蔦重に担がれる際は、演出の方から「全体重を蔦重にかけてほしい」という指示があったため、あの体勢からしか出ない言葉になった上、自分が発したその言葉で、蔦重への思いも再確認できました。

-とても切ない最期でした。

 ただ、横浜さんのパワーをすぐ隣で感じていたこともあり、「新之助のことを、こんなに思ってくれる人がいたんだな」と、思わず感動してしまったんです。さらに、これで心置きなく、先に亡くなったふく(小野花梨)ととよ坊の元に旅立てる…という感情も湧いてきて、亡くなるにもかかわらず、演じながらどこか幸せな気持ちになっていました。

-序盤、花魁のうつせみ(=ふく)との最初の足抜けに失敗したとき、切腹し損ねた新之助が、最後は蔦重を守って命を落とす展開からは、人間的な成長も感じられました。

 当時の武士は、実戦経験はありませんし、中でも新之助は性格的に優しく、考えてから行動するタイプなんですよね。切腹できなかったのも、刀で斬られる痛みを知っていたからだと思いますし。そんな新之助が、最後はそういうものをすべて投げ捨てるように、親友の蔦重を守って亡くなる。それは、もしかしたら打ち壊しよりも大きな大義を残せた最期だったのかもしれません。

-序盤の新之助からは、こんなドラマチックな展開は想像もしていませんでした。井之脇さんは当初、どこまでご存じだったのでしょうか。

 亡くなる事も含め、最初から大筋は聞いていました。といっても、米騒動や打ち壊しについて細かいことはわからなかったので、「後半は革命戦士のように、格好よくなる」くらいの漠然としたイメージでした。

ただ、後で格好よくなるなら、最初はギャップがあった方がいいのかなと。その点、僕のクランクインが、うつせみとの足抜けに失敗するシーンだったおかげで、序盤のダメな新之助をつかむことができました。とはいえ、ただ単にダメなわけではなく、優しさや考えすぎる部分が勝ってしまう部分もあるんだろうなと。だから、蔦重から吉原細見について意見を求められたときは、しっかり意見を言う、といった感じで役を作っていきました。

-新之助の親友ともいえる蔦重を演じた横浜流星さんの印象はいかがでしたか。

 横浜さんほどストイックな座長は見たことがありません。共演は今回が初めてですが、実は横浜さんとは10年位前からオーディションでよく見かけていて、ワークショップでも一緒になることがあったんです。その時も自分が持ってきたものをしっかり出していたので、とてもストイックできちんとした方、という印象は当時から持っていました。

-そうだったんですね。

 しかも今回は主演ということで、1年半近い収録期間中、そのストイックさを貫く忍耐力は本当にすごいなと。収録の空き時間も、僕がスタジオの隅でせりふの練習をしていると、いつの間にか横浜さんが隣にいて、一緒に付き合ってくれるんです。だから、2人でずっとせりふ合わせをしていた印象です。

お芝居も、いつも台本から予想していた以上のものを披露されるので、驚かされっぱなしでした。

-新之助と苦楽を共にした愛妻・ふく役の小野花梨さんとの共演はいかがでしたか。

 小野さんご自身の特性やお芝居からは「きちんと生きている人」という雰囲気を感じることができました。おかげで、「つけを回されるのは、私らみたいな地べたをはいつくばってるやつ」などといった庶民の感覚を伝えるふくのせりふにも説得力がありました。ただ、新之助にとってはそれが、「最愛の人にそんな生活をさせている」という苦しさにもつながるんですよね。そういう感情を引き出してもらったのも、小野さんのおかげです。ふくは、小野さん以外に考えられませんでした。

-SNSなどでは、庶民目線で身近に感じられたためか、新之助とふくのカップルを応援する視聴者の声が多く見られました。その声援を、どのように受け止めていましたか。

 僕自身も生活感のある庶民の匂いを出せたら、と考えていたので、それを受け止め、温かく見守ってくださったことがうれしかったです。

-井之脇さんも出演された森下さん脚本の「おんな城主 直虎」(17)でも、農民にスポットが当たっていました。庶民の目線を忘れないのは、森下作品の特徴ですね。

 森下さんの作品は、常に多様な視点から物語が紡がれるんです。この作品でも、蔦重の周囲の人々や田沼意次(渡辺謙)をはじめとした幕府の役人たち、新之助たち農民、それぞれの正義がきちんと描かれている。しかも、どのキャラクターも生き生きしている上に、胸が痛くなるようなせりふがちりばめられていて。だから、あれほど世話になった蔦重に対して、新之助が多少きついことを言っても、視聴者の方々は理解してくれるんですよね。それが、皆さんの応援にもつながったのかなと思います。

-新之助を演じるにあたって、森下さんからお言葉はありましたか。

 最初の本読みの時にお会いして、「期待しているから」という一言をいただき、身の引き締まる思いがしました。

-期待通りのご活躍だったのではないでしょうか。

 そうだったらうれしいです。

-それでは最後に、今後のドラマを見守る視聴者へのお言葉をお願いします。

 新之助が亡くなる直前、打ち壊しの騒動が収まり、民衆が「銀が降る!」と大騒ぎしている場面で、台本のト書きに「それはエンターテインメントが起こした奇跡の瞬間」と書かれていたんです。それを読み、「この作品って、こういうことなんだよな」と思って。

しかもそれが自分のシーンで書かれていたことがうれしく、その一言が大好きになりました。そんなふうに、文化が世の中を動かしていく様がこれからも描かれていくと思うので、その渦中で必死に生きる蔦重や登場人物たちの生きざまを、ぜひ最後まで見守ってください。

(取材・文/井上健一)

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