ニューヨーク・ブルックリンで暮らすアジア人夫婦を主人公に、息子の誘拐事件をきっかけに夫婦の秘密が浮き彫りとなり家族が崩壊していく姿を、全編NYロケで描いた『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』が、9月12日から全国公開された。本作の真利子哲也監督と、西島秀俊演じる賢治の妻・ジェーン役を演じた台湾出身の俳優、グイ・ルンメイに話を聞いた。

-監督、まず映画化の経緯から伺います。

真利子 コロナ禍の前年に1年間アメリカに滞在していたのですが、帰国する飛行機の中でアメリカで国家非常事態宣言が発令されて一気に世界が一変しました。世界中が混乱する中で、アメリカの友人や知人と連絡を取り合い、世界中のいろんな国の家族の食卓のビデオを送ってもらって『MAYDAY』という作品を作りました。そして海外との距離が近くなり、その後も交流するうちに、アメリカで家族の映画を撮りたいと思ったことが始まりでした。

-では、ご自分の経験も加味されていますか。

真利子 全てがイコールではありませんが、オリジナル企画なので自分の経験や思想が入っているところは確実にあります。つまりアメリカに滞在していた1年の間に知り合ったいろんな人たちとの話も含まれているし、「映画を作るぞ」と言ってから、アメリカの脚本家と話し合い、生まれたものもあります。映画が完成するまでに3、4年かかりましたが、その間の経験はすごく大きかったです。そこで興味を引かれた、廃墟や人形劇といったところから形にできないかと考えて、取材しながら進めていったという流れです。

-ルンメイさん、最初にこの映画の脚本を読んだ印象はいかがでしたか。

ルンメイ 脚本を初めて読んだ時に感じたのは、主人公の男女2人(賢治とジェーン)の人生への向き合い方が全く違うということでした。賢治はどちらかというと過去を生きながら今に向かっていますが、ジェーンは未来に向かって、今直面しているいろんな問題をどう解決するのかを考えていて、未来はきっと良くなるという希望を抱いています。

だから全く逆ですね。ただ、2人の間には愛がありますから、考えが違う2人が近づいて一緒になったというところが、この映画のテーマの一つだと思います。もう一つは、なかなか言いたいことが言えない2人が、パペット(人形)を通して本音を表現します。このストーリーテリングのやり方がすごく好きでした。監督が語るこの物語の内容からとても哲学的なものを感じました。

-演じたジェーンのキャラクターをどのように捉えましたか。

ルンメイ 女性にとっていろんな生き方がある現代で、東洋の伝統的な女性像を生きている女性だと思います。ジェーンは家庭の中で重要な役割を担っていますが、言いたいことはあえて言わない。なぜかというと家族間でもめたりするのが嫌だから。でも、言わなければますます関係が悪化するということもありますよね。これに対して現代の女性は自分の仕事もあり、家庭もある方もいて、これをどう両立させるかということを考えるわけです。そんな女性の生き方をじっくりと理解してから、ジェーンの役割を自分なりに考えました。

-監督、今回アメリカを舞台にして家族を描いた意図は? そこには移民や異邦人に対する思いもあったのでしょうか。

真利子 描きたかったのは家族の関係性です。賢治とジェーンが移民であるのは間違いないのですが、まずは2人の関係性を軸にして脚本を書き続けていました。お互いが思い合うからこそすれ違う。ぶつかり合うこともあるけれど、その根底には愛があるというところでの家族の形を描きたかった。これまで暴力を扱った映画を撮ってきて、暴力なんて頭では絶対にしてはいけないことだと分かっているけれど、体が高揚してしまうところがある。愛というのも一言で説明できない感情があって、時に暴力的に思うこともある。そういったものと真剣に向き合いたいという思いの中での夫婦像であり、家族像であったと思います。

-ルンメイさん、夫・賢治役の西島秀俊さんの印象はいかがでしたか。

ルンメイ 今回西島さんと一緒にお仕事ができたことはとても光栄でした。西島さんは経験豊かな方なので、私は現場でとても安心して演技をすることができました。西島さんがいろんなエネルギーを与えてくださったので、私は自分を全開にするような形で、それを受け止めようと考えました。

どのテイクでも、私の演技はコロコロと変わっていましたが、西島さんは毎回安定した形で、それを受け止めてくださいましたね。

-今回、一緒に仕事をした日本のスタッフはどんな印象でしたか。

ルンメイ 日本のチームは、本当に皆さん真面目でしっかりとしていて、全く時間を無駄にしません。とにかく一生懸命に仕事に専念するところは、全員が同じ船に乗っているような気がして、それがとても好きでした。監督、スタッフ、役者、皆がお互いに尊重し合って、相手の言葉をよく聞いて、現場はとても開かれた感じがして、自由で多元的で多様性のある現場で、とても幸せでした。

真利子 人形劇は、大きなパペットの制作から始まり、稽古ではルンメイさんが初めての挑戦というだけでなく、ろうあの俳優もいるので手話もありで、みんな一丸となって取り組み、指導されたブレア・トーマスさんとルンメイさんを中心に、本当に素晴らしいチームになっていきました。自分や他のスタッフたちにもその真剣さが伝わってきて、自分たちもやらなきゃいけないという気持ちになれました。それこそインクルーシブ(包括的)に、手話や英語の通訳があっても、みんな本当に抵抗なくやれているというか。ああすごい空間だなと。それが画面にも出ていると思います。

-これから映画を見る方々や読者に向けて、見どころも含めてメッセージをお願いします。

真利子 今を懸命に生きる、ジェーンと賢治の関係性がこの映画の見どころだと思います。

ラストシークエンスで、ルンメイさんが演じたジェーンの素晴らしい人形劇の後、ダイナーの外でむき出しの感情を吐き出して、そこから西島さんの賢治の魂の叫びがあって…。目まぐるしく感情が渦巻くようなラストシーンに至れたことに自分でも震えました。崩壊していく夫婦の話とありますが、廃墟を美しいと見つめる賢治と壊れたパペットを修復するジェーンの家族だからこそ、そこから未来を見据えることができるラストだと思っています。

ルンメイ この映画はジェーンと賢治の2人の愛の物語を描いていますが、果たして何が理由で2人の関係がだんだんと崩壊していくのか、あるいは愛があるからこそ2人が、また未来に向かって進んでいけるのかを探求する映画だと思います。2人が、お互いに考えたり、反省したり、あるいはぶつかり合ったりしながら自分自身を再発見しようとする姿を見て、恐らく皆さんも、自分がこれまで生きてきた過去を思い出したり、他人との関係や問題について考えさせられる場面がたくさんあると思います。監督はとても巧みに、この物語をサスペンス風に語りながら、いろんなところを工夫しています。例えば、ジェーンがなかなか口にできないことをパペットを通して観客の皆さんに語ったり、あるいは2人の関係を通して、崩壊と再建をどうしていくのかを考えさせられます。見どころがたくさんありますのでどうぞお見逃しなく。

(取材・文・写真/田中雄二)

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