東日本大震災から10年後の福島を舞台に、原発事故で引き裂かれた家族と青春を奪われた若者たちの姿を描いた『こんな事があった』が9月13日から全国順次公開中だ。監督・脚本は、『追悼のざわめき』(88)などで日本のみならず世界の映画ファンから支持される松井良彦。
-まず始めに、出演が決まった時のお気持ちをお聞かせください。
窪塚 お話をいただき、僕は自分の過去を振り返りました。というのも、僕は元々横須賀に住んでいたのですが、福島の原発事故をきっかけに大阪に引っ越すことになり、小学2年生から18歳まで10年間、大阪で暮らしたんです。だから、旺志郎くんが演じたアキラと同じように、地元に帰りたいけど、帰れない、という経験をして。でも、そのつらさを親にも言えないし、どこにもぶつけることができない。そういう悲しい思い出として、自分の中で時間が止まっていたんです。だから今回、大事なことに携わらせていただく責任はすごく感じていました。
前田 僕は愛流と違って、福島の原発事故や東日本大震災について、そこまで強い関心を持っていなかったというのが正直なところです。
-実際に起きた原発事故を題材にした映画に出演するにあたっては、ある種の覚悟も必要だったのではありませんか。
前田 当事者でない僕が、原発事故に遭われた皆さんの痛みや苦しみ、怒りや切なさといった感情を、どう表現すればいいのか悩みました。「広瀬アキラを演じたから、僕は原発事故に遭われた方の気持ちが分かります」とは、口が裂けても言えないわけですから。だから、自分なりにやれることをやるしかないと思っていました。
窪塚 僕も携わらせていただく以上、「出演する」というだけでは済まないと思っていました。といっても、原発事故を経験された方たちを、僕らが直接救えるわけではありません。だったら、精いっぱい真一を演じるしかないと、覚悟を決めました。
-それぞれの役を演じるにあたって、どんな準備をしましたか。
前田 NHKの番組やYouTubeで当時の映像を繰り返し見たり、現地を訪れてさまざまな場所を見学し、住民の方からお話を伺ったりしましたが、改めてそういうものに触れるのはつらかったです。ただ、アキラのバックボーンとなる家族のエピソードは、劇中ではほとんど描かれないので、そういうところからできる限り想像を膨らませ、役作りをしました。
窪塚 福島で撮影するからこそ、感じるものはすごくありました。ロケ地も、震災当時から時間が止まったような雰囲気があったので、そういうものをきちんと受け止めようと。その一つ一つを無駄にせず自分の中に蓄積することが、お芝居にも生かせるはずだと。
-お芝居に悩んだり、難しさを感じたりすることはありませんでしたか。
前田 たくさんあります。でもその都度、松井監督と相談しながら進めていきました。迷ったときは、松井監督を信じればいい、という信頼関係が出来上がっていたので。
窪塚 松井監督は、いいときは「いい」、悪いときは「悪い」と言ってくださるんです。おかけで、すごく助けられました。しかも松井監督は、自分のイメージを絵コンテ(撮影の設計図)にまとめた分厚いノートを、現場に持参されていて。
前田 すべて手書きで、赤ペンでびっしり書き込みがされていて、松井監督の頭の中のイメージがすべてそこにあることがよくわかりました。
窪塚 それを基に、「ここはこういうシーンだから」と、演じる前に一つ一つ丁寧に説明してくださって。
前田 しかも、そうやってがっちり固めてあるのに、リハーサルで僕らの芝居を見て、「この方がいい」と思ったら、その場でプランを変更されるんです。時間をかけて書いてきたものを、現場で捨てられる判断力はすごいなと。
窪塚 名残惜しそうなところがないんです。
前田 その小回りの利き方がすごいよね。その分、今この瞬間を見てくださっているんだなと感じることができました。
-シリアスなテーマの作品なので、ご苦労も多かったと想像しますが、撮影時の気分転換などはどのようにされましたか。
窪塚 監督の撮りたいものが明確で、決断も早かったので、16時終了予定が12時に終わったりしていました。その分、宿に早く帰って、旺志郎くんの部屋でゆっくり過ごしたりして。
前田 そのうち、八杉(泰雅/樋口ユウジ役)くんも僕の部屋に来るようになり、3人で過ごしたことも多かったよね。そんなふうに、時間に余裕があったので、気分転換には苦労しませんでした。
-それが、劇中のアキラと真一の関係にも生かされたわけですね。
窪塚 これまで僕は、自分の役を作っていく上で、台本からヒントをもらうことが多かったんです。でも今回は、完全に旺志郎くんが演じたアキラを通して、真一を知っていきました。こんなに多くのものを与えてくださる俳優は、そうそういません。だから、ありがたかったです。
前田 よっしゃ!(笑) でも僕から見たら、自分が与えたというよりも、置いといたら勝手に持っていった、みたいな感じなんだよね(笑)。愛流には、相手の話を聞こうとする姿勢が感じられるし、そういう受け皿としてのまっすぐな姿勢とピュアさがすごいなと思って。その上ある種、動物的な瞬発力と反射神経を持っているんだけど、本人はすごく柔らかい人間で。そういう面白いバランスの役者という印象です。
窪塚 よっしゃ!(笑)
-この作品での経験は、お2人にとってどういうものになりましたか。
窪塚 僕はこれまで、原発事故や東日本大震災について、目を背けてきたところがありました。でも、この作品を通して向き合ってみて、やっぱり忘れちゃダメだなと。
前田 僕も知ることができてよかったと思いますし、さらに言えば、世の中で起きていることについて、もっと関心を持つべきだなと。東日本大震災だけでなく、能登の震災やウクライナの戦争もそうです。今すぐ何かができるわけではありませんが、人として、そういうことに関心を持つ大切さに気付くことができました。僕や愛流のように考える人が、この作品をきっかけに1人でも増えてくれたら嬉しいです。
(取材・文・写真/井上健一)