三宅唱監督が脚本も手掛け、つげ義春の短編漫画『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を原作に撮り上げた『旅と日々』が11月7日(金)から全国公開される。創作に行き詰まった脚本家の李(シム・ウンギョン)が旅先での出会いをきっかけに人生と向き合っていく様子を描いた本作で、宿の主人・べん造を演じた堤真一と三宅監督に話を聞いた。

-今回、監督から見た堤真一さんの印象から伺います。

三宅 自分の父親が建築事務所をやっていたので、小さい頃、父親と一緒に建築現場によく行きました。そこにはいろんな職種の職人さんがいましたが、彼らのことがすごく好きでした。映画の撮影現場にもそういう職人っぽい人はいますが、今回、堤さんと一緒に働きながら、その職人さんたちのことを思い出しました。失礼な言い方でなければいいのですけど、例えばテレビなどでお見かけする堤さんのイメージはスターでした。ところが今回、お仕事をしている時もそうですし、お休みの日に一緒におしゃべりをしていても、同じ街で暮らしている、仕事を愛している1人のおっさんという感じがして、それが最高でした。職人さんたちも、自分たちのやっていることに自信は持っているけど、別にそれを過剰に誇るわけでもないし、盛るわけでもなくて。口は悪かったりするけれど、みんな仕事を愛していたし、家族や仲間を大切にしていました。そういう意味で、今回堤さんと出会えて、一緒にお仕事ができて本当に良かったと思います。

-堤さんから見た監督はどんな感じでしたか。

堤 ぱっと見は、大胆なイメージというか、男気のあるどしっとした監督に見えるんですけど、実際はとても繊細な方だと思いました。でも活気は見たままの感じなので、現場の雰囲気もすごく活気に満ちていました。

監督は映像を見ても分かるのですが、ガチガチとはめていく感じではなくて、何かを待っている人という感じでした。最初は庄内弁をしゃべらなければいけないし、緊張していたのですが、とても居心地のいい現場でした。改めて出来上がったものを見て、何か小津(安二郎)さんのイメージも伝わるし、何かいいんですよね。前半が夏の明るい世界の中の陰みたいな感じがして、後半は全く陰に見えるんだけど、はたから見ると陽の部分がポンとあるという。何か対極みたいな感じがして、このバランスがすごいなと思いました。

-堤さんは、この映画もそうですが、最近は『木の上の軍隊』や『アフター・ザ・クエイク』と、癖のある役が増えてきたと思いますが、その辺りはいかがですか。

堤 そうですね。『木の上の軍隊』はちょっと若い役でしたけど、よく僕にそんな話が来たなと思います。そういう意味では、60を過ぎてから、いろんなことをやっていかなきゃいけないとは思うけど、あまり自分の中で、この年だからこうしようとは思っていません。来る仕事が自然にそういう役になっているというか、作る人たちが選んでくださっていると思うので、それはありがたいなと。仕事を頂けること自体が本当にありがたいと思います。まだ子どもも小さいですし(笑)。

-小津安二郎みたいだという話が出ましたが、監督は今回影響されたり、イメージしたようなものはありましたか。

三宅 いろいろとありますが、ベースにはつげさんの漫画の読み込みがあります。100パーセント映画で再現するのは難しいので、映画ならではの形でやらなければという思いがありました。その時に、やっぱり日本のクラシック映画はヒントになります。でも、夏と冬で考えていたものはそれぞれ違います。小津もありますし、成瀬巳喜男もありますという感じですかね。

-シム・ウンギョンさんを演出してみていかがでしたか。

三宅 よくバスター・キートンの映画の話をしていたので、ある種の軽やかさをお持ちなんだなと思いました。それはウケを狙うということではなくて、徹底的に真剣なんですけど、それが重くなるのではなくて、軽やかな方向にも行けるということです。本当に撮っていてすごく面白かったです。べん造さんとの宿の中のシーンを撮っている時に、僕の思い込みかもしれませんが、昔の日本の大スターの女優さんを撮っているような気がしました。全部の光を反射しているような、光り輝いているような感じがあって、「うわっ銀幕だ」と。

そういうスターを撮れるような喜びがありました。役どころはスターとは真逆の人ですけど、俳優としての存在感というか、美しさはスターだなと思いました。

-堤さんは、共演していかがでしたか。

堤 見ていて思ったのが、あんな状況になったら、普通は一晩ですぐ逃げ出すはずだと(笑)。でも居続けて、あそこで脚本を書こうとしている不思議な人というのは、シム・ウンギョンにしかできないなと。普通は逃げますよね。まして女の子だったら、あそこにいること自体があり得ないですよ。それを不自然に感じさせない真っすぐさとか、大事なところしか見ていない感覚というのは、彼女だからこそ出せたのだろうと思います。

-今回のロケは神津島と山形の庄内で風景が印象的でしたが、どういう基準で選んだのですか。

三宅 まず海岸は、原作の房総半島から西日本までいろんな所を回りましたが、最終的に神津島に一番ひかれたので選びました。冬に関しては庄内にある撮影スタジオに漫画と似たような、まるでかまくらのように雪が積もる三角屋根の日本家屋があったことがポイントでした。通常の場所で雪の中の撮影をすると本当に大変なので、スタジオで撮影しやすいことが大きかったですね。

-堤さん、完成作を見てどんな印象を持ちましたか。

堤 もともと脚本の中で、特別なことが起きるわけではないことは分かっていましたが、夏バージョンの方は撮影現場も全く知らなかったので、何かものすごくきれいなものを見た気になりました。あの男の子(髙田万作)も女の子(河合優実)も、2人とも中学生ぐらいに見えるんですよ。実際は違うんですけど、すごくピュアな雰囲気が出ていて、ちょっとびっくりしました。高校生とか中学生の恋愛みたいな。

三宅 でもべん造さんもピュアですよね?

堤 べん造さんの場合はばかなんです(笑)。

-これから映画を見る観客や読者に向けて、映画の見どころや魅力も含めて、一言お願いします。

三宅 今の世の中、いろいろ忙しくて旅にも行けない。そんな時には、現実から違うところに行ける場所として映画館があります。この映画は夏にも冬にも行けますし、しかもそれが約90分で行けますから。やっぱり映画館で見てほしいと思っているので、忙しい方も何とか約90分という時間を作って、ふらりと映画館に立ち寄っていただければ、妙にスッキリするんじゃないかなと思います。別に映画を見たからといって何かが解決するわけではありませんが、面白い経験ができるということは断言できます。

堤 この映画から、営みということをすごく感じます。下手したら全部が奇跡だと思えるような、実はこういうことも奇跡なんじゃないのということを感じさせてくれる映画だと思います。きっといろんな意味で、自分の中にある何かにはっと気付かされる映画になっています。こんなに人がいるのに、出会わない人の方が多いのですから。そのことにふと気付くような映画だと思います。

(取材・文・写真/田中雄二)

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