何かに夢中になると他のことが目に入らなくなってしまうジュゼッペ(声:佐野晶哉)は、街の人々から「トリツカレ男」と呼ばれている。ある日、ジュゼッペは、公園で風船売りをしているペチカに一目ぼれし、夢中になるが…。

作家・いしいしんじの同名小説をアニメーション映画化した、ミュージカル仕立てのラブストーリー『トリツカレ男』が11月7日(金)から全国公開された。本作でペチカの声を演じた上白石萌歌に話を聞いた。

-まず脚本を読んだ印象から伺います。

 もともと、いしいしんじさんの本が好きで、エッセーなどは読んでいましたが、この映画の原作は読んだことがありませんでした。読んでみると、本当に文章の中に出てくる言葉の一つ一つがすごく美しくて、ページをめくりながらとても心が洗われていくというか、混じりけがないという言葉がこんなにぴったりな作品はないと思いました。脚本は原作にとても忠実に、あまり言葉も変えずにそのまませりふとしてあったので、今回アニメーションとして新しく立ち上がるということで、この美しい言葉たちに似合う声で言葉をしゃべりたいなと思いました。

-ペチカのキャラクターをどのように捉えましたか。

 ペチカは東のとても寒い国から来た女の子で、病気の母親を救うために風船を売って生計を立てながら、過去にすごく重大な秘密を抱えている女の子です。お話を頂いた時、原作を読む前に絵コンテを見せていただいて、まだキャラクターデザインが今こんな感じになっていますという絵だったのですが、そのペチカを一目見ただけで、この人は心の中でどんなことを考えているんだろうと想像したくなるような、ミステリアスな雰囲気を感じたので、彼女が心に抱えている重たいものを、私が取り除いてあげたいというか、救ってあげたいなと思いながら演じていました。

-原作や脚本のペチカのイメージがあったと思いますが、実際に絵を見た時はどんな印象でしたか。

 ジュゼッペがペチカに一目ぼれをする理由が分かるぐらい、私もぱっと見ただけで心を奪われるようなかわいらしさでした。はかなさとかもろさが目の奥に感じられるような描写だと思いましたし、この姿に見合う声はどんな声なのかなと考えました。

-ミュージカルなところもあり歌も何曲か歌っていましたけど、歌のシーンはいかがでしたか。

 今まで舞台でミュージカルをやらせていただいたことはありましたが、今回のように声だけで役をまとって歌を歌うという経験は初めてでした。しかもお芝居の部分を録る数カ月前に歌の収録をしたので、まだ役のことがつかみ切れていない状態でした。でも逆に歌が解像度を上げてくれたというか、歌が役に導いてくれたと思うところがたくさんあったので、ペチカという役を演じる上ではとても助けになりました。

-アニメーションをミュージカル調にやるというアイデアはどう思いましたか。

 これもアニメーションならではの試みだと思いました。歌ったり踊ったりするだけではなくて、空を舞ったり、雲の上で2人が踊ったりするという、現実では考えられないようなシチュエーションや、人の動きを超えたものがたくさんあったので、現実にあるミュージカルよりもより豊かな表現方法だと思いました。

-ちょっとユニークな造形をしたキャラクターについてはどんな印象でしたか。

 とても愛らしいと思いました。人の顔にはいろんな形がありますが、アニメーションでは、顔は型にはめてしまいがちだと思います、でもこの映画に出てくるキャラクターたちはすごく個性的で、同じような顔が一つもないというか、人の生きざまをすごく表している見た目だと思ったので、最初からすごく好きだなと思いながら見ていました。

-ジュゼッペ役の佐野晶哉さんの印象はいかがでしたか。

 ご一緒するのは今回が初めてでした。

先に佐野さんの声が吹き込まれている状態でアフレコをさせていただきましたが、1日だけ一緒にお芝居ができた日がありました。その時に、第一声から本当に迷いなくジュゼッペだなと感じたので、役をつかむ速さや、役を自分のものにしてしまうスピードがとてつもなく早いと思いました。劇中でジュゼッペがいろんな言語を一気に話すシーンがあるんですけど、そこもよどみなくやってらっしゃって。きっと裏ではすごい努力をしてらっしゃるんでしょうけど、そのご苦労をあまり見せずにさらっとこなしてしまうスマートさも感じました。とにかくこの作品に懸ける思いや愛情というものを、アフレコの時から感じていたので、とても頼もしいパートナーだと思いながらお芝居をしました。

-佐野さんの声が先に入っていたことは助けになりましたか。

 そうですね。すごくぜいたくでしたし、2人の掛け合いのところは、1日だけご一緒できたアフレコの日に同じ空間で2人で録ったんですけど、その掛け合いの時は私たちも初めましてでしたし、ペチカとジュゼッペも初めて出会うシーンだったので、そのリアルな初めまして感が、声としてもちゃんと乗ったかなと思います。

-ジュゼッペとペチカ、さらにペチカとタタンとの関係性、ジュゼッペの『シラノ・ド・ベルジュラック』のような行動も切ないですね。

 確かにあそこはちょっとほろ苦い大人の恋愛の要素もあったりします。ペチカがタタンにしか見せない顔というのもすごく感じました。でも、タタンにはないものをジュゼッペは持っているし、過去と今を見つめ直すシーンでもあるので、2人の対比が面白いなと思いました。

ジュゼッペのように誰かになりすましてお芝居をするのはやってみたいですね。ちょっと切ない感じもしますけど、ジュゼッペの懸命な感じが出ていてグッとくるシーンだと思います。

-完成作を見てどんな印象でしたか。

 見終わって試写室を出た時に、その日の空や街の中にあるものがすごく美しく見えて、ちょっと心の洗濯をしたような気持ちになりました。アフレコは基本1人でやっていたので、他の方が当てられた声を聞くと、よりキャラクターが魅力的に思えたりもしました。とにかくこの作品の中に流れているものがとてもすがすがしくて美しいものばかりなので、早くいろんな方に見ていただいて、心を掃除するような気持ちになってほしいなと思いました。

-映画の魅力や見どころも含めて、これから見る観客や読者に向けて一言お願いします。

 タイトルに『トリツカレ男』とあるように、人だけではなくて物とか趣味とかでもいいので、何かにとりつかれて、いろんなことに心血を注いできた方たちに送りたいお話ですし、改めて人が人のことを思って起こすアクションってすごくいいよねと思わされるような作品になっています。年齢制限もないので、小さなお子さまから大人の方まで幅広く届いてほしいと思います。

-最後に上白石さんのお気に入りのシーンを。

 ジュゼッペとペチカが出会って、「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」という曲を歌って、2人が空に舞い上がるシーンがあるんですけど、そこは、自分が心を許せる相手に出会えた喜びや、胸が高揚する感じがすごく出ているシーンです。歌もすごくいいですし、その歌と一緒に流れる2人の動きや街の背景もとてもきれいなので、そこはぜひ注目してほしいです。

(取材・文・写真/田中雄二)

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