『TOKYOタクシー』(11月21日公開)

 タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は、85歳の高野すみれ(倍賞千恵子)を東京の柴又から神奈川県の葉山にある高齢者施設まで乗せることになった。

 すみれの「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがある」という頼みを聞いた宇佐美は、すみれの指示で各地へタクシーを走らせる。

そして旅を共にするうち、次第に心を許したすみれから語られたのは、彼女の意外な過去だった。

 本作が91本目の監督作となった山田洋次監督が、クリスチャン・カリオン監督のフランス映画『パリタクシー』(22)を原作に、人生の喜びを描いたヒューマンドラマ蒼井優が若き日のすみれ、すみれと結婚する小川を迫田孝也、宇佐美の妻・薫を優香が演じた。

 なぜリメーク作を撮ろうと考えたのかという点について、山田監督は「『パリタクシー』を見た時に、内容は重いのになぜここまで軽快かつユーモラスに見られるのか。どんなところにその秘密があるのだろうかと考えさせられた。こんな時代だからこそ軽やかに楽しく見られる作品を見たいという気持ちが僕にもあるし、この素材はそのような作品になり得るのではないかと思った」と語る。

 確かに本作を見ると、いかにもフランス映画らしい理屈っぽさが消えて、見事に山田洋次流の人情話として昇華されていることに気付く。

 またロードムービーという点では、同じく1台の車を中心に物語が進む『幸福の黄色いハンカチ』(77)は北海道でのロケが効果的だったが、今回は山田組として初めてバーチャルプロダクションを使用し、タクシーの車内をセットで作り、LEDパネルで車窓風景を映して撮影された。

 それでも木村は「テクノロジーが先行するのではなく、あくまで人が先行する現場だった」と語っている。山田監督の映画作りの変化や歴史の長さを象徴するエピソードだ。

 山田監督は「本作に出てくるタクシーの運転手も、懸命に暮らしている庶民の1人。そんな人たちが幸せになれる国であってほしい。

(彼のような人たちに)エールを送りたいという気持ちが僕の中に切実にあってこの映画を作った」という。この監督の映画作りの姿勢は94歳になった今も終始一貫している。だからこそ見る者に感動を与えることができるのだ。

『金髪』(11月21日公開)

 ある公立中学校で、市川(岩田剛典)が担任するクラスの数十人の生徒たちが髪を金色に染めて登校してきた。生徒たちは校則への抗議を主張し、学校中は大騒ぎになる。活動の発起人である板緑(白鳥玉季)に「なぜ髪を染めてはいけないのか」と問われ、「校則だから」としか答えることができない市川。この騒動はネットニュースに取り上げられ、教育委員会や文科省、さらには総理大臣まで動き出す騒動へと発展していく。

 日本独特のおかしな校則、ブラックな職場環境、暴走するSNSやネット報道といった社会問題を背景に、未熟な中学校教諭が、生徒たちに振り回されながらも成長していく姿をシニカルに描く。監督は坂下雄一郎。本作は今年の東京国際映画祭で観客賞を受賞した。

 現在39歳の坂下監督は、大阪芸術大学、東京芸術大学大学院を経て、2010年に監督デビューを果たした。

 地方の選挙戦をシニカルな視点で描いたコメディー『決戦は日曜日』(22)で注目されたが、その時に「風刺的なやり方をするのであれば、体制側というか、中にいる人間の側から描いた方が皮肉になると感じたし、物語としても面白くなると思った」と語っていた。

 今回はその対象が校則や学校になっているが、コメディーを使って社会問題を提起するという姿勢は同じだ。

 ではこの姿勢を貫くのかと思いきや、お互いの心と体が入れ替わったまま15年の歳月を過ごす男女を描いたファンタジー映画『君の顔では泣けない』も11月14日に公開され、違うタイプの映画が撮れることも示した。今後が楽しみな監督の一人だ。

(田中雄二)

編集部おすすめ