『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載(35)
東京グレートベアーズ 戸嵜嵩大
(連載35:PFUブルーキャッツ細沼綾は音駒の黒尾鉄朗に共感「目立たないポジション」のミドルブロッカーという仕事>>)
「底辺まで行ったからこそ、高校、大学とポジティブにマインドを変えられるようになったのかもしれません。普通であれば理解できないような、繊細なところまで感じられるようになったというか......。
戸嵜嵩大(29歳)は、長い髪を揺らして言う。端正な顔つきで、羽ばたくような跳躍からのスパイクは貴公子然とし、SVリーグでは女性人気も高い。颯爽と映るが、軽薄さはない。それは、苦難を乗り越えた過去があるからか――。
戸嵜はいわゆる"バレーボール一家"に生まれている。父はバレー選手、母はそのチームのマネージャーだった。小さい頃からバレーは身近にあるものだったが、小学校時代に彼が興味を持ったのはサッカーだったという。
「バレーには興味がなくてサッカーをやったんですが、センスがなくて(笑)。身長が伸びてきたので『次はバスケをやろう』と思いましたが、中学にはバスケ部がなく、バレー部に入りました。東京都のベスト8くらいまで進出するチームだったので『楽しそうだな』と」
戸嵜はそう言って、相好を崩す。先輩たちは優しく、スパイクのフォームを「きれい」と言われると気分がよかった。ただ、同級生の部員はひとりしかおらず、先輩が卒業したあとに入ってきた新入生はみんな未経験者。
「同級生とふたりで、『自分たちでやらなきゃ』という責任感が生まれたんですが......」
しかし、中学2年で日常を奪われることになる。「大腿骨頭すべり症」にかかり、歩行が困難になって入院やリハビリを繰り返した。
「最初に病名を聞いて、入院と手術が決まった時は、一瞬だけ『明日から練習しなくていいんだ!』ともなりましたけどね(苦笑)。でも、動けなくて相当フラストレーションが溜まって......ちょっと精神的に厳しい時期がありました。
日常では弟に車いすを押してもらい、学校でも松葉杖。ある程度は動けるけど『歩かないで』と禁じられました。自分では『いける』という感覚があるから、もどかしかったです」
体を動かす人を見ると、嫉妬で自分を保てなくなりそうだった。そこから目を背けるように、受験期には勉強に打ち込んだ。
しかし成長期が落ち着いたことで、すべり症の症状が治まり、再び体を動かす選択肢ができた。
「その頃、中学の顧問の先生と一緒に、柳田(将洋)さんが出ている春高バレーの試合を観に行ったんです。そのプレーを見て『柳田さんのようになりたい』と思いました。
高校を受験するにあたって、両親に駒澤大学高校を勧められたんですが、駒澤大学高校のバレー部は柳田さんがいた東洋高校とフルセットを戦ったことがあると聞いて。それで進学したあとは、長くできなかった『歩く、走る、跳ぶ』という当たり前のことができることに感謝しました。練習は中学の時よりも厳しかったですけど、ジャンプは前よりも高く感じましたし、苦はなかったです」
厳しい運命が彼を強くした。
高校ではキャプテンも務め、駒澤大学に進学後は全日本インカレでベスト8進出に貢献。2018年に東レアローズ(現・東レアローズ静岡)に入団したが、プロ選手としてプレーすることを希望するようになり、2020年にVC長野トライデンツとプロ契約を交わした。
その後、海外でのプレーも志し、インドネシアで初の日本人選手として足跡を記した。そして現在は、東京グレートベアーズで若い選手たちを啓発しつつ、バレー人生と対峙している。
「柳田さんのスパイクは何度も見てきたので、フォームは自然と似てきたかもしれません。でも、憧れで寄せすぎてもいけないので、自分を見失わないようにしないといけないですね」
憧れだった柳田とは今やチームメイト。それも、彼の運命だ。
【戸嵜が語る『ハイキュー‼』の魅力】
――作品の魅力とは?
「現実離れしすぎていないところですかね。戦術など、学生時代にはわからなかったことも細かく描かれています。
――共感、学んだことは?
「稲荷崎戦で西谷(夕)がサーブで崩された時に、ベンチの木下(久志)が『西谷 前ッ』と声をかけたことで、西谷が一歩前に出てオーバーで返した。そのあとに木下を指差してガッツポーズするシーンがあるんですが、これは、木下が練習で、西谷の苦手なジャンプフローターサーブを打ち続けていたことが背景にありました。自分も常にスタメンで活躍したい気持ちはありますけど、『活躍の場はどこにでもあるし、出られなくても腐っちゃダメだな』と思いました」
――印象に残った名言は?
「青葉城西の及川(徹)が春高バレー予選の準決勝、烏野戦で言った『才能開花のチャンスを掴むのは今日かもしれない』ですね。自分も25歳を過ぎたあたりから、『これ以上、練習したところでうまくなるのかな』という迷いが出たこともあったんですが、それを振り払ってくれる言葉です。『1週間後、急激にうまくなるかもしれない。まだいける』と思わせてくれます」
――好きなキャラクター、ベスト3は?
「1位は西谷で、2位が及川。3位は音駒の黒尾(鉄朗)です。サイドアタッカーがいないですけど(笑)。西谷は田中(龍之介)などとふざけることも多いけど、チームに安心感を与え、支えているというギャップがいい。『背中は俺が護ってやるぜ』ってセリフも格好よすぎます。
及川は華がありますね。"天才"とも言われるけど、努力家。
――ベストゲームは?
「烏野vs稲荷崎です。宮兄弟も好きで、即興でなんでもできるのが羨ましい。よく『練習でできないことは試合でできない』と言いますけど、試合だからこそできることもあって。それをやろうとする気概、遊び心がいいですね」
(連載36:東京GB後藤陸翔は同級生・髙橋藍の背中を追いかけて 星海光来と重ねる強大な敵との戦い>>)
【プロフィール】
戸嵜嵩大(とざき・たかひろ)
所属:東京グレートベアーズ
1995年6月14日生まれ、東京都出身。191cm・アウトサイドヒッター。中学からバレーを始めるも、2年時に「大腿骨頭すべり症」を発症。手術とリハビリを乗り越え、駒澤大学高校で再びバレーに打ち込む。駒澤大学でプレーしたのち、2018年に東レアローズ(現・東レアローズ静岡)に入団。2020年にVC長野トライデンツとプロ契約を交わす。