高橋大輔『滑走屋』ゲネプロ レポート 前編
ほの暗い照明のなかでも、高橋大輔の姿はシルエットだけで浮かび上がる。立ち居振る舞い、滑る姿勢、指先や肩や首の角度。
しかし今回の高橋は、自身が極めたスケートを総勢26人のキャストに細部まで伝播させていた。
『滑走屋』。高橋がプロデュースしたそのアイスショーが、昨年の福岡公演の好評により、広島でも再演されることになった。メインスケーター、アンサンブルスケーターが入り乱れるカオス。それをひとつにするとで、高橋はアイスショーを別格のものにしたーー。
【容赦なくつくり込むエンターテイメント】
3月7日、ひろしんビッグウェーブ。『滑走屋』は8、9日のトータル6公演に向け、ゲネプロ(本番と同じ条件で行なう最終リハーサル)を公開していた。
「前回の公演を踏まえて反省もして、全部を詰め込んだというか。再演ですけど、これで完成形になったのかなと。細かいところをブラッシュアップし、内容が深くなったと思います」
ゲネプロ後の取材会見、高橋はマイクを握ってそう話している。
「自分のソロナンバー前に『カルメン』があるんですが、もともと3人だったのを、"4人にしたほうがおもしろい!"となって。
それは表現者、高橋らしい探求心と言える。現状に満足しない。彼は朗らかで温厚で善良な人間だが、ものをつくり込む時は容赦がなく、妥協もなく、ストイックだ。
だからこそ、彼のつくるものは大勢の人を呼べるエンターテイメントになるのだろう。
「"エンタメで魅せる"っていうのは厳しいところも必要なんだよ、と感じてもらっていると思います」
高橋は、小さく笑みを洩らして言ったが、『滑走屋』に出演したスケーターは軒並み覚醒している。たとえば、青木祐奈、三宅咲綺などは大会で顕著な好成績もたたき出した。求められる表現の高さによって啓発されるのか。鶏が先か卵が先か、高橋自身がスケーターの演技を見て、気になった選手に声をかけているのもあるだろう。
「スケーターの基準は......前回も一番は(スケーティングの)力強さ、スピード感を中心に選びました。今回もそこはメインに。
現役引退後も、高橋が日本フィギュアスケート全体に与える影響は計り知れない。
【伝播する高橋大輔の覚悟】
「テクニックだけでなく、氷の上での身体表現というか。そこでのいろんな気づきになればいいなって思っています。たとえば、スケートではあまりカウントを取らないんですけど、8で取るカウントも早く取るかゆっくり取るか、それは曲のなかで振り付けに当たり前で入っていることなんですよ。だから、それを知ったうえで(競技でも)自分のナンバーを滑ったら、また違ってくると思うんです。違うアプローチで、スケートに影響を与えられるように」
高橋の説明は論理的だった。仕組みを知ることで、主体的なスケーティングができる。その基礎が個性につながるのだ。
「初めてこうしたアイスショーに出た若いスケーターは、わけがわからなかったかもしれません(笑)。立ち位置が端っこまで決まっているんですが、ふつうはアイスショーでそこまで細かく決まっていない。まずは立ち位置を覚えるところから始まったんで。でも、日を追うごとに覚えて成長し、エネルギーも感じました。『カルメン』では若いスケーターがすごい熱量で向かってくるんですが、今日は自分のほうがへばってしまいました」
高橋はそう言いながら破顔した。その才能と情熱が、『滑走屋』のエンジンになっている。松山での合宿で極限まで追い込み、作品を仕上げた。
「大ちゃん(高橋)は、ずっとリンクにいて、一人ひとりと向き合っていました。スケート靴を一回も脱がないほどで」
滑走屋のメインスケーターのひとり、村上佳菜子は合宿風景をそう明かしていた。
氷上の高橋はとことん滑る。今回も全員、黒い衣装が原則。それはスケート以外でごまかすことをいっさい封じているからだ。
「お客さまに見ていただく準備を」
そう語る高橋の覚悟がキャスト全員に伝播したとき、彼の分身が大勢いると錯覚するかもしれない。
後編につづく