高橋大輔『滑走屋』ゲネプロ レポート 後編
【パイオニアが生み出す一体感】
3月7日、広島。アイスショー『滑走屋』のゲネプロ(本番と同じ条件で行なう最終リハーサル)が終わった直後のスケートリンクで、座長である高橋大輔は集まった関係者に対し、笑顔であいさつした。
「僕はおもくそ、間違えてしまいました!」
和やかな笑いが起こり、一瞬で一体感が生まれる。
その純粋さは、スケートへの真剣さに直結している。
高橋はシングル時代、フィギュアスケート界のパイオニアとなった。五輪でのメダル、グランプリファイナルと世界選手権の優勝などすべて日本人初で、前人未到の偉業を遂げた。
それにとどまらない。4年ぶりの現役復帰で、全日本選手権では準優勝。誰にも破ることはできない記録だろう。しかし、その後もアイスダンスに転向し、世界トップ10に迫り、全日本王者にまでなった。
その人物がつくり出す『滑走屋』が、半端になるはずがない。
【氷上で混じり合った狂気と静寂】
冒頭から音と照明に合わせて、それぞれのスケーターが生きものを形成する細胞のように氷上でうごめいた。聴覚を、視覚を敏感に刺激する。スケーターたちがいっせいに円を描くと、その渦に引き込まれそうになる。
その後、リンクではゆっくりしたテンポで、静謐さも感じる。そこから激しく叩くような音が響き、スケーターたちが弾かれたように躍動。タガが外れたように滑り、お互い交差し、カオスが演出される。
こうした演劇は、観客の解釈が許される。それで言うなら、神話の世界で人間が誕生する、とか、何か原始的で正体がわからない産物、を演出したように映った。狂気と静寂が混じり合うのだ。
「『滑走屋』は、他のアイスショーではないムーブがたくさんあって。メインスケーターには、『この曲で滑ってほしい』とリクエストしています。始まりから終わりまで、ひとつの世界観を大切に」
プロデュースした高橋は、そう説明している。昨年の福岡公演の再演なのだが、曲を変更したケースもあり、たとえ同じ動きであっても、その質は大きく変わっていた。メインスケーターのひとりである村上佳菜子も、「風を感じるというか、ダイナミックになりました。前回とは変わっているので、何が違うか発見してもらうのも楽しいかもしれません」と語っていた。
再演は、完成形に近づいた。前回が悪かったのではなく、荒々しいつくりはそれで原初的価値がある。今回は洗練され、新たなフェーズに入ったといったところか。
【それぞれに見せ場をつくる出演スケーターたち】
前回に続いて今回も、村元哉中はソロナンバーで怪演を見せている。ギリシャ神話のヴィーナスや北欧神話のフレイヤのような美と愛と放蕩と勇敢さをないまぜにした妖艶さというのか。全身のそれぞれの部位、たとえば肩甲骨や指がひとつの生命を宿したように艶かしく動く。そして、肉体的に激しいダンスなのに、色気を失わない。むしろ、ほのかに湧き上がってくる。
やはり、村元は高橋と同じくシングル、アイスダンスという、「滑る」表現を徹底してきた厚みが違う。
友野一希もトップスケーターの風格を見せた。リンクの上で月影のようなシルエットを揺らし、ピアノの音に合わせ、ステップを踏んでいる。トーループやアクセルなどジャンプも入れたが、それ以上にブレードが氷を擦る音までも演出のようなスケーティングが映えていた。
一方、村上は大人っぽいナンバーを滑った。
「私のソロは、前回と曲を変えて滑っています。30歳になって、10代、20代から殻を破ったチャレンジで。フルで陸でのダンスの振り付けをしてもらい、足の動きや運びなど難しかったですが、そういうのをやりたかったので!」
村上は明るく語ったが、ダンサーの鈴木ゆまが演出したダンス要素がふんだんに取り入れられていた。
【何度見ても発見がある一大スペクタクル】
「踊る」。そこは前回以上に、全体の色合いとして明確になった。ただ、見どころはそれぞれの観客に委ねられている。なかなかすべては見通せない「表現」だ。
「目が足りない」。今回、『滑走屋』の応援団長になった、人気アニメ『メダリスト』声優の春瀬なつみの表現を借りれば、氷上で繰り広げられるさまざまな滑りに目移りすることになるだろう。何回見ても発見がある。一大スペクタクルだ。
滑るたび、滑走屋メンバーのなかでも化学反応が起きる。
「(昨年は)『滑走屋』に出演させてもらい、氷の上で16時間も過ごしました。そんな経験はなかったので、これがプロで、そこまでしないと人前で滑れないという大輔さんのプロ根性を見せてもらって。本当に『滑走屋』に出られてよかったです。今年は(全日本選手権の舞台に)ふさわしいと思って頑張れました」
三宅咲綺は昨年の全日本選手権で自己最高位を記録したあと、そう振り返っていたが、成長の集約が『滑走屋』をさらに進化させる。
新感覚アイスショー『滑走屋』は、3月8、9日の合計6公演。夢の舞台の開演だ。
終わり
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