髙阪剛インタビュー 後編

(前編:朝倉未来はいったん引退したことで進化 髙阪剛も「距離を置いたことで見える部分がある」と共感>>)

『RIZIN男祭り』のメインイベント。フェザー級タイトルマッチで、ラジャブアリ・シェイドゥラエフが王者クレベル・コイケをわずか62秒で仕留めた時、会場を支配したのは歓声ではなく、どよめきだった。

あまりの衝撃に観客は言葉を失った。シェイドゥラエフが放った強打の連続に、クレベルは初のKO(TKO)負け。その一戦を見届けた"世界のTK"こと髙阪剛氏は、「RIZINがシェイドゥラエフを怪物にした」と語る。王者交代劇の舞台裏にあった、シェイドゥラエフの進化とは。

髙阪剛が振り返るクレベル・コイケの62秒での王者陥落「RIZ...の画像はこちら >>

【シェイドゥラエフは粗さがなくなってきている】

――衝撃の結末となったメインイベント、クレベル選手とシェイドゥラエフ選手の一戦、どう思われましたか?

「これまで、シェイドゥラエフ選手の試合を解説席で見ながら何度か言っていたんですけど、『RIZINが怪物にした』という印象を持っています。試合を重ねるたびに、どんどん強くなっている。

 過去の彼の試合映像は、見られるものはすべて見ましたが、初期の頃は粗さがありました。フィジカルの強さに頼り過ぎていて、バックを取っても前に落とされたり、打撃は空振りが多かったり。でも、最近はそうした粗さがどんどんなくなっています。RIZINという舞台では、リングの使い方やプレッシャーのかけ方、サークリングのタイミングなど、そういった部分を確実に身につけてきた印象です」

――シェイドゥラエフ選手にとって、いいタイミングで、いい相手と当たってきたことが成長につながっている?

「それはすごく感じますね。特にフアン・アーチュレッタ戦(2024年9月 『RIZIN.48』)では、相手に体重オーバーがあったとはいえ、シェイドゥラエフ選手が自分のスタイルをしっかり遂行していました。"戻しが早い"という言い方をしますけど、うまくいかない場面では、見切りをつけながら素早くプレッシャーをかける。それが、今のMMAでは非常に重要な動きなんです。

そうした動きを、彼はRIZINで戦いながら身につけたんじゃないかなと」

――穴がない選手になってきているのでしょうか?

「同じレベルの選手、あるいは、似たような試合ができる相手と戦った時にどうなるかは、ちょっとまだ分からない部分もあります」

――クレベル選手を右ストレートでダウンさせたシーンはどう見ましたか?

「シェイドゥラエフは、クレベル選手を手詰まりにさせているんですよね。クレベル選手は、蹴りで距離を作ろうとしていました。おそらく、シェイドゥラエフ選手が焦れて前に出て打ってきたタイミングで組みにいく、というのがクレベルの狙いだったと思います。

 ところがシェイドゥラエフ選手は、最初は距離で外していましたが、徐々に距離を詰めて、パンチでリターンを返し始めました。顔面こそ捉えませんでしたが、腕や肩、深い位置に当たっているんです。これが相当なプレッシャーになったはずです。そして『ここだ』と見極めて仕掛ける判断力と勇気は、完全に心得ている動きでしたね」

【クレベルの誤算】

――クレベル選手としては、ローと前蹴りで距離を取って様子を見たかった?

「そうしたかったのですが、うまく自分の距離を作らせてもらえなかった。彼も1発は被弾する覚悟で手を出して組みにいこうとしていたと思いますが、ロープを背負わされたところでもらったワンツーの右が効いてしまいました。

 クレベル選手は、被弾したところでシェイドゥラエフ選手が一気に距離を詰めてくる想定だったのかもしれません。ただ、シェイドゥラエフ選手が冷静で、距離をキープしたまま2発目の右を放った。脳が一度揺れている状態で、もう一発同じ強度のパンチをもらうと脳震盪が起きやすくなります。"セカンドインパクト"という状態ですね。おそらくシェイドゥラエフ選手は、それも頭に入れたうえで2発目を放ったんじゃないかと思います」

――シェイドゥラエフ選手にはフィジカルも強いですし、グラップリングも得意です。

クレベル選手の"極め力"をそこまで恐れていなかったのでしょうか。

「それも大きいかもしれませんね。試合前の会見でも『逆に私が絞める、三角絞めは自分の得意技』とクレベルから一本を取る宣言をしていましたから。会見でのパフォーマンスの側面もあるかも知れませんが、実際に自信もあるはずです。たぶん、ガードポジションになっても下から三角締めを狙う、スイープして上を取り返すといったように、グラウンドの展開になっても問題ないと思っていたのでしょう。過去、三角締めで勝った試合もありますし、バックを取ってからの体のコントロールもうまくなっていますからね」

――どんどん強くなっているシェイドゥラエフ選手は、RIZINのフェザー級では頭ひとつ抜けた存在でしょうか?

「そうですね......。彼を攻略するために最低限必要なのは、あのレベルの試合運びを同じようにできること。そういった練習を積んでおくことです。彼のプレッシャーを受けて手詰まりにさせられてしまったら、結局は同じ展開になります。逆に、こちらがプレッシャーをかけ返すとか、カウンターを合わせるとか、あるいは"スカす"。要するに『何をしてくるかわからない』と思わせるような技術を持っていないと厳しいですね。真正面から戦って勝てる相手ではないでしょう」

【シェイドゥラエフはUFCでも活躍できる?】

――「フィジカルが強いウガール・ケラモフ選手と戦ったら......」という声もありますが、いかがですか?

「ケラモフ選手は少し粗さがあるんですよね。

シェイドゥラエフ選手は、ちゃんと計算して試合を組み立てて、MMAをやろうとしています。試合の中でよかったことも悪かったこともすべて自分の中に取り込んで、『次にどう活かすか』を考えて行動している感じ。だからこそ強くなってきたと思いますし、"穴がない"ように映るんでしょうね」

――本当にとんでもない選手が王者になったと。

「本当にそうですね(笑)。仮に、"スタミナの怪物"みたいな選手が現れて、3ラウンドずっとアタックし続けられるなら、もしかしたら......とも思いますが、果たしてシェイドラエフ選手相手にそれができるのか......。簡単ではないです。シェイドラエフ選手の試合の作り方、コントロールの仕方は北米のトップ選手に近い。将来的にUFCに行く可能性もあると思います」

――仮に、シェイドゥラエフ選手がUFCに移籍した場合、どのあたりの位置にいけると思いますか?

「う~ん......上にいくのは決して簡単ではないと思います。ランキング5位くらいには入る力はあると思いますが、今のままフェザー級で戦うとすると、常軌を逸した強者がゴロゴロいますからね。それがUFCのフェザー級。ただし、シェイドゥラエフ選手は1試合ごとに強くなっていますし、まだ24歳と若いですから伸びしろは十分です」

――UFCでも活躍する可能性がある選手がRIZINの王者に君臨しているのは、団体にとってはいいことでは?

「間違いなくプラスですね。シェイドゥラエフ選手をどうやって攻略するのか、どう戦えばいいのかをテーマにフェザー級の選手たちは考えながらやっていくことになります。

その積み重ねがレベルアップにつながりますから。頂上が高くなって引き上げられると思いますね」

【プロフィール】

■髙阪剛(こうさか・つよし)

1970年3月6日生まれ、滋賀県出身。学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちと鎬を削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演など様々なメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行っている。2012年からはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。

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