今春メジャーで話題となり、NPBにも参入してきたトルピードバット(通称:魚雷バット)。公認野球規則にも適応していることから、プロ野球のみならず、アマチュアでも使用する選手が増えた。

だが時間の経過とともに、徐々に関心が薄れてきたように感じる。メジャーでも屈指の強打者として知られるヤンキースのアーロン・ジャッジが、「振ったことはなく、試す気もない」とコメントしたことで、魚雷バットの真価が問われることになった。はたして、魚雷バットは単なる流行りなのか、それとも"魔法の棒"なのか。これまで数々のスラッガーを育ててきた名コーチ・伊勢孝夫氏に魚雷バットについて語ってもらった。

話題の魚雷バットを検証 伊勢孝夫がプロの視点で効用と落とし穴...の画像はこちら >>

【魚雷バットは打ち出の小槌ではない】

 私はプロ野球解説の傍ら、大阪観光大で打撃指導を行なっている。いま話題になっている魚雷バットも業者さんがサンプルを持ってきてくれたおかげで、実際に握り、スイングすることができた。

 形状はやや真ん中が太めで、ボウリングのピンを彷彿とさせ、芯の部分(ミートスポット)が従来のバットより2、3センチほどグリップ寄りにある感じがした。

 それに先(ヘッド)の部分が軽く、わかりやすく言えば、従来のバットをグリップ1つ分、もしくは1つ半分空けてスイングしているような感じだ。これなら、いわゆるバットの"抜け"がよく、スイングしやすいと感じる選手もいるだろう。

 プロでも清宮幸太郎(日本ハム)や大山悠輔(阪神)が魚雷バットを用いるようになって、打撃内容も変わってきたようだ。特に清宮は、従来のバットでは入らなかった打球が、魚雷バットでスタンドインさせたとも報じられ話題になった。

 阪神では森下翔太も、相手投手や自身の調子の変化に応じ、従来のものと使い分けていると聞く。

 まあ本人が使って好感触なら、他人がどうこう言うことはない。

ただ、ひとつだけ誤解してほしくないのは、魚雷バットは決してホームランやヒットを量産できる"打ち出の小槌"ではないということだ。

 日米問わず、もともと長打を打てるバッターには魚雷バットは必要のないものだ。では、どのような打者に向いているのか。

 技術的なことを言えば、バットの先が出にくいバッターだ。プロではよく、「ヘッドが走りにくい」といった表現をするが、そんなバッターには有効かもしれない。具体的に言えば、芯でボールを捉えるのは上手だがパワーに乏しい。そんな選手なら使う意味はあるかもしれない。

 それに魚雷バットは、インコースの球は振り抜きやすく、従来だとゴロになるようなボールもフェアゾーンに落とせる確率は高くなると考えていい。長打よりヒット狙いに徹するなら、使い勝手がいいのかもしれない。

 とはいえ、真芯に当たらなければバットの効用も生きない。実際に手にして、芯の部分がグリップ寄りにあるのは実感できたが、一部報道にあったようなミートポイントそのものが広く、大きくなったという印象はなかった。

【プロの選手が魚雷バットを使う理由】

 では、プロの選手が使う理由は何か?

 それは、調子を落としている現状の打開策という意味合いが強いように思う。

端的に言えば、長打が出ないから使っているのだ。

 たとえば大山の場合、昨年と今年のフォームを見比べると、明らかに今年のほうが崩れている。まず下半身が崩れていて、どっしりしたスイングができていない。さらにバットのヘッドがピッチャー側に入りすぎるため、ヘッドが遅れて出てしまう。悪い時の典型的なパターンだ。その悪いスイングを補うために、ヘッドが出やすい魚雷バットを使ったのだと思う。

 森下も魚雷バットを使い始めたのは、ちょうどフォームが崩れてきた時だった。ホームランを連発してきた時と比べると、明らかに違っていた。その際、フォーム修正に時間を費やそうとせず、魚雷バットを使った。

 もちろんプロなのだから、目先の結果を最優先することは大事だ。理屈はともかく、「結果を出せばいいじゃないか」という意見もあるだろうが、じつはそれが一番怖い。

 魚雷バットを使うことで結果は変わるかもしれないが、フォームそのものがよくなるとは限らない。

バッティングの基本は、まず自分の打撃フォームがあって、そしてバットがあるのだ。それがバットに合わせるようなフォームになってしまうと、バッティングそのものがわからなくなってしまう危険がある。

 コンディションによってバットを変えることは、プロでもよくあることだ。チームメイトが使っているバットをちょっと借りてホームランを打ったとか、そんな話は珍しくない。

 しかし、そこで使い分けのポイントは、バットの重さやグリップの感覚だ。バッターにとってバットは、極めてデリケートなものだ。いわゆる手になじむ感覚は、人それぞれである。

 重さにしても、たとえば長距離タイプの打者は、バットの先端の微妙な重さを求める。しなりや遠心力を使って、ボールを遠くに飛ばすためだ。

 そして振った時に感じるバランス。これらすべてのものが一致するバットを、打者は求めるのだ。

 言い換えれば、自分の筋力、握力、体の使い方に合わないバットを使っていては、いい打球は飛ばせない。

ホームランを打ちたいからといって、非力な選手がグリップの細い、ヘッドに重みのあるバットを振り回したところで、打てるわけがない。

 いずれにしても、魚雷バットを使いこなすまでには時間がかかる。一部の選手は、練習では使っているが、試合では使用していないという話を聞いた。使いたいと思っても、振りこなせるようになるには、相当の時間を要する。スイングそのものを変えるくらいでないと、本当の意味でのバッティングは築けない。プロのバッティングというのは、そうした積み重ねの上にあるものなのだ。


伊勢孝夫(いせ・たかお)/1944年12月18日、兵庫県出身。63年に近鉄に投手として入団し、66年に野手に転向した。現役時代は勝負強い打撃で「伊勢大明神」と呼ばれ、近鉄、ヤクルトで活躍。現役引退後はヤクルトで野村克也監督の下、打撃コーチを務め、92、93、95年と3度の優勝に貢献。その後、近鉄や巨人でもリーグを制覇し優勝請負人の異名をとるなど、半世紀にわたりプロ野球に人生を捧げた伝説の名コーチ。現在はプロ野球解説者として活躍する傍ら、大阪観光大学の特別アドバイザーを務めるなど、指導者としても活躍している

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