町田浩樹(ユニオン・サンジロワーズ)の顔が、日を重ねるごとに野性味を帯びていく。気のせいかと思って、彼の昨シーズンの写真を見返してみたが、やはり今季の町田の面構えは精悍さを増していた。

 まだ27歳。さすがに、まだ人生のあれこれが皺(しわ)となって刻まれてはない。しかし、プロサッカー選手としての9年間で経験してきた成功、失敗、困難、そして早稲田大学人間科学部通信制(eスクール)を7年間かけて卒業した強い意志などが、町田の顔に年輪となって現れているのだろう。

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 こうして生まれたのが、町田から漂う風格だ。最近、試合後インタビューで彼と顔を突き合わせると、ドーンっとデカい壁がそびえ立っているような圧を感じる。もちろん好青年で知られる町田だけに、挨拶をひと言交わせばその圧は瞬(またた)く間に消えていき、朗らかなムードでインタビューは進んでいくのだが、以前とは異なるオーラを今の彼は漂わせている。

 昨年9月。ユニオン・サンジロワーズは開幕でつまずいてしまい、8節を終えて16チーム中12位に沈んでいた。それまで3シーズン連続、ほんのわずかな差でリーグ優勝を逃していたユニオンだったが、ベルギーでは「今季の彼らは1部残留争いに加わるのか?」と波紋が広がり、就任したばかりのセバスチャン・ポコニョーリ監督の手腕に懸念の声があがっていた。

 しかし、ベルギーリーグを知り尽くした日本人CBは、悠然とこう語った。

「僕はそんなに焦ってない。正直、レギュラーシーズンは『トップ6』に入れば別にいいかな、くらいの感じでやっているんで」

── ベルギーリーグのレギュラーシーズンは、プレーオフの予選みたいなものですか?

「そう。

今季、監督が代わってスタートが悪かったので、メディアには『大丈夫か?』みたいな感じで出ていますし、監督もちょっと焦っているように僕自身は感じるんですが、『まあまあまあ、勝負はプレーオフだから』と思っています」

 有言実行。その後、レギュラーシーズンを3位で終えたユニオンはプレーオフで9勝1分けという破格の快進撃で、90年ぶりのベルギーリーグ優勝を果たした。

【ベルギーリーグ屈指の3バックを構築】

 実は、今季の町田はシーズン途中でコンディションを落としたり、時に負傷したりもしていた。本人も「今季のパフォーマンスは悪かった」と振り返っていたほど。ベルギーメディアは「今季の町田は12月までに(日本代表も含めて)35試合もプレーし、すり減っている。疲労の色は濃い」と指摘していた。

 昨年12月はアントワープ戦で、今年1月はブラガ戦で、彼が退場処分を受けたのも偶然ではないだろう。日本で「町田が21歳の新鋭CBフェデ・レイセンにポジションを奪われる」と報道されたのも、この頃だった。

 復調のきっかけをつかんだのは2月、アヤックスとのELプレーオフ第2レグ。ホームでの初戦を0-2で落としたユニオンは、敵地ヨハン・クライフ・アレーナで立ち上がりから攻勢に出て、あっという間に2-0のリードを奪って2試合合計をタイに持ち込んだ。

 この試合は結局、延長戦で虎の子の1点をもぎ取ったアヤックスがベスト16進出を決めた。しかし、深夜のミックスゾーンで町田が開口一番「死闘でした」と切り出したほど、両チームともすべてを出し尽くした大熱戦だった。

 この試合で町田は、アヤックスの攻撃を防ぐだけでなく、得意の前線への突き刺すようなパスを通して復活をアピール。

仲間から「リアル・コーキ・イズ・バック(町田浩樹が完全復活した)」と称えられたという。

 3月10日のスタンダール戦で足首を痛めた町田は、同月の日本代表シリーズを欠場することになった。しかし、シーズン序盤で宣言したおとり、プレーオフに向けてコンディションを仕上げていった。

 プレーオフの10試合中9試合に出場し、ケビン・マック・アリスター、クリスチャン・バージェスと鉄壁の3バックを築いて活躍。「町田は相手よりひと回りどころか、ふた回りも上回る守備を披露した」「オランダ語の辞書で『secuur(安全な)』という単語を引くと、町田の写真が参考に添えてある」などと、毎試合で高い評価を受けた。

【クリーンな守備もメディアから高く評価】

 最後まで激しく優勝を争ったクラブ・ブルッヘとの直接対決では、町田のフィードを警戒した相手がパスコースを消したことで、攻撃に絡むことなく終わった。そのほかのプレーオフでも、町田は以前より守備に重きを置いたプレーをしていた。

 そこがまたベルギーメディアに好意的に捉えられ、「町田、マック・アリスター、バージェスの3人は、相手ボールをタックルすることに喜びを見出している。そこがユニオンの強さの秘訣だ」と分析された。プレーオフでイエローカードを受けたのは、最終節ヘント戦の1枚だけ。そんなクリーンな守備もベルギーメディアから高く評価された。

 5月26日、ベルギーリーグ・プレーオフ最終節。首位ユニオンはヘントを3-1で下し、90年ぶりのリーグ優勝を果たした。

表彰台でチームメイトやサポーターにもみくちゃにされた町田は、「去年、一昨年のシーズンと比べると、今季のユニオンはスーパースターがいないんですけど、チーム力・総合力が秀でていた。それが優勝できた要因だと思います」と語った。

 この短いコメントに、ユニオン、そして町田浩樹の魅力が詰まっている。

 ユニオンのスカウティングはデータを駆使して選手をピックアップし、そのうえで実際のパフォーマンスと人となりを徹底的に解析して獲得するという。アンカーとして中盤の守備を支えたシャルル・ファンハウテは「僕を獲得する時、ユニオンは41ページもの調査書を作って僕のプライベートも調べ上げていた」とインタビューに答えている。ユニオンにスカウトされるということは、フットボールの能力はもちろん、人としての魅力も担保されているということだ。

 しかもユニオンは、世界的には無名の選手にベルギーでプレーするチャンスを与えようとするチームだ。ドイツ代表のFWデニズ・ウンダフ(現シュトゥットガルト)やナイジェリア代表のFWヴィクター・ボニフェイス(現レバークーゼン)のように、ユニオンからスターとして羽ばたいた彼らは、もともと無名の選手だった。

【修羅場をくぐり抜けたDFリーダー】

 そんなプロフィールは、町田にも当てはまる。サッカーのクオリティは文句なし。不撓不屈の精神も抜群。クラブ・ブルッヘ戦で相手シュートをゴールライン上でクリアした守備は、町田の選手としての資質と、あきらめない気持ちを同時に具現化したものだった。

 ユニオンでの2季目(2022-23シーズン)を鼠径部の負傷でほぼ棒に振った町田は、3季目(2023−24シーズン)に飛躍の年を迎え、ベルギーカップ準決勝・決勝の大活躍でユニオンに110年ぶりの優勝をもたらした。

 そして4季目の今シーズンは、パフォーマンスが安定せずに苦しんだものの、それを乗り越えて90年ぶりのリーグ優勝に貢献した。「苦しい時期もありましたが、こういう結果で報われてよかったです」。その言葉に実感がこもっていた。

 修羅場をくぐり抜け、成功体験を得た者は強い。その自信が、今の町田のワイルドな顔に表われているのだろう。町田にとって今年初めての参加となる6月の日本代表シリーズは、DFリーダーのひとりとしてチームを引っ張る町田浩樹の姿が目に浮かぶ。

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