横綱・大の里が成し遂げた史上最速昇進の裏に、二所ノ関親方から...の画像はこちら >>

前編:新横綱・大の里に継がれた4代横綱の系譜

アマ横綱として角界入りを果たした大器が史上最速のスピードで横綱に。第75代横綱となった大の里は、恵まれた体躯とスピード、技術ともに過去に例を見ないスタイルを誇るが、その強さの背景には、元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方から受けた薫陶があった。

最高位に到達としたとはいえ、力士としてはまだまだ進化の途中。横綱昇進伝達式での口上にあった「唯一無二」の存在となるべく、これからも精進を続けていく。

【「唯一無二」に込められた思い】

 何度も綱取りに挑みながら、そのたびに白鵬という最強横綱の厚い壁に阻まれてきた稀勢の里は、横綱昇進を決めるのに新入幕から73場所も要した。これは初代琴櫻の60場所を大きく上回る断トツ1位の記録だ。そんな超スロー出世の横綱のもとから、入門から所要わずか13場所、新入幕からは大鵬の11場所を抜く所要9場所という史上最速で、横綱が誕生した。

 部屋を創設して4年足らず。「部屋を始めてから一つの目標を掲げてやってきて、ようやく一つかなったのかなと。これからも強い弟子を育ててきたい」と元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方も感慨はひとしおだ。

 体格と素質に恵まれていたとはいえ、大の里はたゆまぬ努力と、短期間ではあったが、師匠の薫陶を十分に受けながら角界最高位に上り詰めた。

「記録的には早いと思うけど、一場所、一場所の経験が身になったし、スピード出世は意識してなかった。入門したときから、『最終的にどこにいるかだ』という親方の言葉を信じてやってきて、一番上の番付の横綱に昇進することができた。うれしいけど、これからだと思っているので、しっかり頑張っていくことが大事だと思う」

 記録ずくめのスピード昇進であったが、そう語る大の里の表情は笑顔でありながらキリッと引き締まっていた。江戸時代から過去74人しか背負ったことがない地位の重みを新横綱は早くもひしひしと感じているようでもあった。

「僕は横綱時代、とても自慢できる結果でもなかったですから。そのなかで経験できたことを少しでも伝えていければ。僕のマネをしなければ大丈夫だと思うんで(笑)」とケガに泣かされ続け、横綱としては短命に終わった師匠は、自嘲気味に自身の横綱在位中を振り返りながら、まな弟子に期待を寄せる。

「横綱の地位を汚さぬよう稽古に精進し、唯一無二の横綱を目指します」

 夏(5月)場所千秋楽から3日後の横綱昇進伝達式で、第75代横綱に推挙された大の里は力強く口上を述べた。当初、大関昇進時の伝達式の口上にもあった「唯一無二」は入れない予定でいたが、「何がいいかなと考えた結果、やはり自分にはこの言葉しかないと思って入れました」と大関昇進に続き、今回も同じ文言を使うことになった。

 192センチ、191キロの巨漢でありながら、相手を一気の速攻で根こそぎ持っていくパワーとスピードを兼ね備えた大の里の相撲ぶりを、過去の横綱に照らし合わせてみても、似たようなタイプの力士は見当たらない。今の相撲をさらに磨いていき、優勝回数を重ねていけば、数年後にはまさに「唯一無二」の強さを誇る大横綱として君臨しているであろう。

「まだまだ未知な世界と思っているので口上でも言ったとおり、唯一無二の横綱を目指して、これから頑張っていきたい」と新横綱はこれからも師匠の指導を仰ぎながら、さらに進化を遂げていくことを誓った。

【「部屋のなかで一番つまらない稽古」が礎に】

 超スピード出世で番付を駆け上がっていった大器も、昨年九州(11月)場所の新大関場所から9勝、10勝と平凡な成績に終わり足踏みした。「稽古の貯金はないぞ」と親方に言われるまでもなく、自身も危機感を感じていた。大関として優勝争いにも絡めなかったこの2場所を反省し、春(3月)場所前の2月には、部屋で下半身の強化に徹底して取り組んだ。

 特別なことをやったわけではない。

朝は若い衆よりも早く土俵に降り、四股、腰割り、すり足といった基礎運動に多くの時間を割き、毎日たっぷりと汗を流した。壁に正対しながら両足は限りなく180度近くまで開いた状態でそのまま腰を下ろし、きつい四股も踏んでしっかりとした土台を作り上げると、その成果はさっそく次の場所で現れた。

 どっしりとした下半身は相撲に安定感とさらなる力強さをもたらし、大関3場所目にして初めて優勝戦線にも名を連ねて12勝をマーク。最後は本割で敗れた髙安を優勝決定戦で破って通算3度目の優勝となる大関初Vを果たし、綱取りの挑戦権を得た。

 しかし、場所後の春巡業では圧倒的な強さを示すほどの稽古内容とは言い難かった。稽古時間が限られているうえ、夏場所の番付発表前日まで行なわれる全25日間の長丁場という過密スケジュールは、難しい調整を強いられた。

「体育館の床で踏む四股は土の上で踏むのとは違うし、部屋の稽古場でしっかりと基礎をやりたい。いろいろな気づきを得るためにも親方とも稽古をやりたい」と巡業中は、渇望感を口にすることもあった。綱取り場所を前にして、稽古の進捗状況に若干の焦りもあったようだ。

 番付発表以後は5月1日に行なわれた二所一門の連合稽古を体調不良により欠席。翌日の横綱審議委員会による稽古総見でも精彩を欠き、横綱・豊昇龍とは9番を取って1勝8敗と振るわず、調整の遅れを露呈した。その後は急ピッチの仕上げとなったが、基礎の見直し、親方との三番稽古などで確かな手ごたえをつかんで、夏場所初日を迎えたのだった。

「急ピッチだったけど、しっかり稽古はできたので自信があったし、初日からいい相撲が取れて流れにも乗ったかなと思います」

 初日から若元春、髙安と前場所で敗れている相手を降して連勝発進。さらに阿炎、王鵬と直近で連敗を喫している分が悪い相手も退け、序盤を全勝で乗りきったことで流れにも乗った。

 相撲ぶりも日を追うごとに盤石さが増していった。悪い癖だった呼び込むようなまともな引きが影を潜めるようになったのは、立ち合いで腰がしっかり割れるようになったことで、上体が起こされにくくなったからだ。これも地道に取り組み続けてきた下半身強化の賜物であった。

「今まではそこまで基礎を大事にしてこなかったけど、この部屋に入って四股、腰割り、すり足、テッポウを大事にして忠実にやってきた結果が身になったと思います」とアマチュアエリートだった男は、プロ入り後に基礎の重要さを改めて痛感。以来、師匠の教えを守り続けてきた。二所ノ関親方も「部屋のなかで、大の里が一番つまらない稽古をやっている」と認めるほどだ。

つづく

【Profile】
大の里泰輝(おおのさと・だいき)/平成12(2000)年6月7日生まれ、石川県河北郡津幡町出身/本名:中村泰輝/能生中―海洋高(以上、新潟)―日本体育大/主なアマチュア戦績:学生横綱(2019年)、アマチュア横綱(2021、22年)/所属:二所ノ関部屋/初土俵:令和5(2023)年5月場所、初十両:令和5(2023)年9月場所、新入幕:令和6(2024)年1月場所、新三役:令和6(2024)年5月場所、大関昇進:令和6(2024)年11月場所/横綱昇進(第75代):令和7(2025)年7月場所

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