【解き放たれた表現者】

 6月14日、愛知県長久手市。宇野昌磨は、自身初プロデュースのアイスショー『Ice Brave』で愛・地球博記念公園アイススケート場のリンクに立っていた。

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 現役時代は全日本選手権で6度、世界選手権で2度も優勝し、五輪では日本のフィギュアスケート史上最多の3つのメダルを獲得。

歴史に名を残すフィギュアスケーターがプロへ転向し、新しい一歩を踏み出していた。

「これが見どころっていうよりも、胸を張って『全部(が見どころ)です』と言えますね」

 ショーが終わったあとの会見で宇野は高揚感をにじませた声でそう言った。照明を受けて、白い肌が輝く。ショーはエネルギッシュで楽しさに溢れて、まさに"宇野ワールド"だった。

「疲れきって回復しきれずに迎えた初日でしたが、みなさんの拍手や声援のおかげで力が出るというのを実感しました」

 そう語る宇野は、競技者時代も会場の熱気を自らの力に還元できる選手だったが、プロとなって"エネルギーの変換率"が増したのかもしれない。

「表現者」。彼は解き放たれたのだーー。

【鋭い視線、弾ける笑顔......】

 冒頭、黒い革のジャケットとパンツに身を包んだ宇野は、シングル時代の名作『Great Spirit』の重低音に乗り、野生味ある滑りで観客を魅了した。

 会場の一角に近寄って鋭い視線を投げると、観客は恍惚の表情になった。他の場所の観客も「こっちに来て」と懇願し、たちどころに世界観をつくっていた。リンクに立った彼は弾けるような笑顔だった。

宇野昌磨は解き放たれた表現者 本田真凜、ステファン・ランビエールらとつくる『Ice Brave』で世界観全開
7人のスケーターが出演した

 今年3月のインタビューで宇野は"笑顔になる回路"について、彼らしい説明をしていた。

「練習ができてない人は、笑うことはできないし、試合という極限状態で笑みがこぼれることはありません。

笑みが溢れるには、過程に理由があると思っていて。『Ice Brave』でもそこは大切にしたいし、過酷なスケジュールになるかもしれませんが、ひとつの大きな目標に向かって成功できるように。

 最初は努力であっても、いずれは努力ではなく、"やりたい=楽しい"になって、そうやって積み上げた先にショーがあると思います。そういうショーは感情も乗っているはずで、見に来る人も感情が動かされると思います」

【師匠とのコラボナンバーで重なる気配】

 まさに、有言実行のショーだった。練習やリハーサルはかなりハードだったという。それを乗り越えたからこそ、リンクに立った誰もが自然と笑みを洩らしていた。

 師匠ステファン・ランビエールとのコラボナンバー『Legends』では、ランビエールが長い手足を活かし、静謐(せいひつ)だが大胆な印象を与え、宇野は腹から尻、ハムストリングのあたりを軸に、爆発力と安定感が同時に出た。

 それぞれ持ち味は違うが、不思議と気配は重なった。師弟にしかできない律動か。筋肉の収縮がシンクロし、スパイラルやスピンも合っていた。

宇野昌磨は解き放たれた表現者 本田真凜、ステファン・ランビエールらとつくる『Ice Brave』で世界観全開
競技時代に師事したステファン・ランビエールともコラボした

「40歳で、あのクオリティって出せない!」

 宇野はそう言って目を丸くしていた。

 そして『ブエノスアイレス午前零時/ロコへのバラード』、宇野はソロで登場している。「ロコ」はスペイン語で「クレイジー」を意味するが、一つひとつの音を捉えて、上がるテンポを取り込む。

全身で情感を表現する彼も、狂気を身にまとっていた。アクセルやトーループなどジャンプも次々に成功し、クリムキンイーグルから最後のスピンまで集中し、表現者の矜持が見えたが......。

「『ロコ』だけソロで、ひとりで滑るのはさみしくて(笑)。同じ方向に向かって、仲間とともにつくり上げるのが、今はやりがいで好きだなって初日が終わって思いました」

 宇野はそう言ってはぐらかし、笑いを誘った。実際、彼は周りのキャストと気持ちを通わせる演技を楽しんでいた。純真な彼のキャラクターで構築された世界だ。

【本田真凜との新しい挑戦】

 なかでも、ショー後半の目玉である本田真凜とのアイスダンス『Wild Side』はコラボナンバーの域を越え、ひとつのプログラムになっていた。

宇野昌磨は解き放たれた表現者 本田真凜、ステファン・ランビエールらとつくる『Ice Brave』で世界観全開
本田真凜とはアイスダンスに初挑戦

 昨年10月からアイスダンス用のブレードを使い、本格的にアイスダンスをスタート。ツイズルのユニゾンひとつ切り取っても、瞠目に値するものだった。日本トップのアイスダンサーにも匹敵した。お互いが呼吸を合わせ、リフトも成功。ダンススピンでは回転でひとつに溶けていた。

「アイスダンスをやってみてわかったのは、シングルとはいろいろと勝手が違うこと。

(シングルで)培ってきたスキルの1割、2割しか引き継げていません。でも、初めてプロデュースしたアイスショーで新しい挑戦をしたかったので、(アイスダンスを)プログラムでひとつ入れようと。もっと成長できるなって思った一方で、よく頑張ったなとも思います」

 宇野はあけすけに笑った。相当にハードだったようだが、艱(かん)難辛苦を超えて、というよりは、とことん楽しんだ結果と言えるか。彼だけの"楽しむ極意"だ。

「みなさんの拍手が、やってきた練習を褒められたような、助けられるような感覚で」

 そう振り返った宇野は、何度も会場に集まった人々に感謝していた。真摯な気持ちが伝わるからこそ、ショーは"ここにいてよかった"という幸せな空間になっていた。

【宇野昌磨が持つ"無垢の才能"】

「こうしてアイスショーで、世界選手権で2回目優勝した時よりもたくさんの人に囲まれて」

 彼はそう言って、記者たちの前でおどけた。相変わらず、ひと言ひと言に邪気がない。競技者時代から表現者になっても通底する人間性だ。

 あらゆる経験をしながら、無垢でいられることこそ、彼の才能と言える。

「現役時代は自分で考えるようになって、練習内容とかもいろいろと試すようになり、どんな時に成長できたかって考えました。

やっぱり、目標とやるべきことがマッチした、両方が重なった時だったんですよ。ふたつが合わさると、飛躍的に成長できました。

 それがやりたいことだからで。"やるべき"だったら努力になっちゃうんですけど、"やりたい"って感情だと、それは努力じゃなくなってやりたいからやっているだけになる」

 宇野は以前のインタビューでそう答えていた。その自由闊達さは、『Ice Brave』の精神にも通じる。宇野ワールドの真骨頂だ。今後、『Ice Brave』は6月21、22日に福岡公演、7月12、13日には新潟公演が決まっている。

宇野昌磨は解き放たれた表現者 本田真凜、ステファン・ランビエールらとつくる『Ice Brave』で世界観全開
『Ice Brave』は愛知公演を皮切りに、福岡、新潟でも開催される

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