西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第53回 クリスティアーノ・ロナウド

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 ポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウドが、9試合8得点の活躍でUEFAネーションズリーグ優勝。40歳のストライカーは簡単なゴールを決めているだけなのか、詳しく見ていきます。

【ネーションズリーグ9試合8ゴール】

 UEFAネーションズリーグ(NL)優勝のポルトガル代表で9試合8ゴール、クリスティアーノ・ロナウドは大活躍だった。

クリスティアーノ・ロナウドはただのエゴイストではない なぜ誰...の画像はこちら >>
 決勝のスペイン戦での2-2に追いつく同点弾は、いかにも現在のロナウドらしい得点と言える。

左からヌーノ・メンデスが蹴ったクロスボールはDFに当たって大きく空中に跳ね上がる。ロナウドはスペインのDFマルク・ククレジャと競り合いながら、右足を伸ばしてミートした。高く浮いて落下してきたボールに対して頭ではなく足のシュートになっているのは、体の入れあいにロナウドが勝利していて、ククレジャはボールの落下点に入れていなかったからだ。ボールに触る前に勝負がついていた。

 この大会ですばらしい活躍だったヌーノ・メンデスが左サイドを突破してゴール前を見た瞬間、ロナウドはスペインのセンターバック(CB)ディーン・ハイセンのマークを外していた。事前に定石どおりハイセンの背中側にポジションをとっていたロナウドはゴールへ近づく動きを急停止、これでハイセンとの距離を広げている。スペインのCBロビン・ル・ノルマンはGKの手前への速いクロスを警戒してコースを切っていたので、ヌーノ・メンデスのクロスがル・ノルマンを避けて来ると予測したのだろう。すでにハイセンのマークは外しているので、そこへ来ればシュートを決められるという段取りがついていた。

 ところが、ヌーノ・メンデスのクロスはル・ノルマンに当たって大きく浮き上がった。

落下点にはロナウドとククレジャ。ロナウドはククレジャの前に体を入れる。身長差とジャンプ力差からいって、ロナウドに先に跳ばれたら勝ち目のないククレジャは強引にロナウドの前に入ろうとする。しかし、ロナウドは自分の前に入ろうとするククレジャをいなして、今度はククレジャの背後へ回った。ボールの落下点を正確に測れていたのだろう。ククレジャはそこにいてもボールには届かないと見切っていた。

 ククレジャは慌てて落下点にアジャストすべく下がろうとしたが、そこにはロナウドの体があって下がれない。入れ替わられた時に少し手で押されていたせいもある。ボールはククレジャには届かず、ロナウドに届く場所に落下。あとは右足で合わせるだけだった。

 この得点において、ロナウドは誰にもマネのできない跳躍力を使ったわけではないし、特別なボールテクニックも駆使していない。ただ、一番いい場所にいた。

ボールの軌道を読む目、瞬間的な駆け引きの妙、身体操作のキレという能力は発揮しているが、最も重要なのは最適のタイミングで最適の場所にいたことである。

【誰でも決められそうなチャンスを確実に仕留める】

 40歳のロナウドは、すでにかつてのロナウドではなくなっている。

 曲芸じみた足技を連発していた10代、爆発的な走力とキック力で世界を震撼させた20代とは、全く違う選手になっている。

 よく比較されるリオネル・メッシは、もちろん変化はあるけれども、依然としてメッシのままだ。極論すれば6歳のメッシとやっていることはそんなに変わっていない。一方、ロナウドはプロとして第一線で活躍するなかでもプレースタイルが大きく変わっていて、現在は完全に別の選手になっていると言っていいくらいだ。

 キャリアのピークは過ぎている。もはやかつてのロナウドではない。その点では衰えたと言うこともできる。しかし全く別の選手と考えれば、依然としてポルトガル代表のエースに値する実力者であり、NLでもその力を存分に示した。

 NLの8ゴールはすべてペナルティエリア内からの得点。それもゴールエリア内、あるいはゴールエリアに近い至近距離からのシュートである。

 PKが1点、クロスボールから5点、味方のシュートがポストに当たったのを押し込んで2点。

すべてワンタッチで決めている。決勝の1点を除けば、すべてロナウドでなくてもとれそうなゴールばかり。ポーランド戦ではオーバーヘッドで決めているが、全くフリーだったのでそこまで難しいシュートではない。

 誰でも決められそうなチャンスを確実に仕留める。これが現在のロナウドの特長なのだ。

 違う言い方をすると、ロナウドだから決められる得点でもある。NLでの8得点のほとんどは、二番手のゴンサロ・ラモスでも決められたかもしれないが、試合に出ているのがチームのキャプテンで偉大なロナウドだからロナウドが決めているわけだ。

【ラストパスを呼び込む能力】

 しかし、いくらポルトガルの英雄と言っても力がなければエースとして起用されない。その得点力を信頼されているから試合に出ている。誰にでも決められそうな得点なのは、ロナウドがそうしているからで、シュートする前に勝負をつけているからだ。

 まず、シュートの瞬間はほとんどフリーになっている。しかもゴールの至近距離。

外すわけがない。けれども、DFに捕まっている状態なら簡単ではないわけで、マークを外していることがポイントである。基本的にはDFの背中側にいる。クロスボールが蹴られる瞬間にDFはボールを見るので、そのタイミングで背後のロナウドに動かれると捕まえるのは困難だ。

 ただ、多くのストライカーも同じようなポジショニングをしている。ロナウドが非凡なのはボールがどこに来るかの予測だ。低いボールなのか、高いのか。どこを通って来るのか。その予測が的確なのだ。

 マークを外していてもボールが来ない、ボールが来る場所にいてもマークされている、そのどちらもロナウドの場合は比較的に少ない。どこでシュートするかの読みと、マークを外すタイミングを一致させていて、詰まるところ最適のタイミングで最適の場所にいられるのである。

 味方もその能力を信頼しているので、まずロナウドを見ているということも大きいかもしれないが、同時にロナウドを見さえすれば、どこにどんなボールを蹴れば得点になるかわかるのだ。

 混沌としているゴール前で、ロナウドの動きが「ここだよ」と教えてくれている。それがパスの出し手にとって無理難題ではなく、無理なく届けられる場所を教えてくれているので導かれるように蹴る。

 出し手が「ここにいてくれれば」という場所にいるだけでなく、「ここに出せばいいのか」と気づかせる。最適解を提示してくれている。優れたストライカーはただのエゴイストではないのだ。

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