今年、創立100周年を迎えた東京六大学リーグ。春のリーグ戦は、明治大との優勝決定戦に勝利した早稲田大が3連覇を達成した。
リーグ戦の全39試合中、1点差ゲームは13試合あったが、そのうち8試合が立教大だった。早稲田大、明治大との勝率差は0.077。あと1勝していれば、優勝の行方は変わっていたかもしれない。
【非エリートたちの活躍】
立教大の木村泰雄監督は、春の戦いをこう振り返った。
「初戦の慶応大との第3戦を落としたのが最後まで響きました。本当に残念です。ただ、選手たちは"神宮で勝ちたい"という強い思いを持ち、よく頑張ってくれました。特に法政大との第2戦、早稲田大との第1、3戦のサヨナラ勝ちはチームに勢いを与えてくれた。優勝争いに最後まで食い込めたことは、選手たちの大きな自信になったと思います。秋につなげていきたいです」
優勝こそ逃したが、立教大は「台風の目」として劇的な試合展開を見せた。
ゲーム後半になると、スタメンで出場しているが、もうひとつ調子の上がらないアスリートと呼ばれる甲子園出場経験のある選手たちに代わって、無名に近い一般受験、 指定校、 系列校出身の選手たちが 「待ってました!」とばかりに代打、代走、守備固め、リリーフなどで出場し、試合の流れを変えていく。
そのように甲子園経験がなくても、練習で成果を見せることができれば試合に出られる──そんなチーム方針のもと、多くの選手が活躍を見せた。
大越怜(4年/東筑)、小林誠明(3年/日大二高)、河野優輝(2年/広島新庄)、住井力(2年/立教新座)、堀田壮真(3年/東筑)、長島颯(1年/東農大三高)らがそうだ。そのなかで象徴的存在となったのが、山形球道(4年/興南)だ。
「春のキャンプから調子がよかった」と言うだけあって、開幕の慶應大戦からとにかく打ちまくった。
山形は東京生まれで、両親と3人家族。中学時代は、硬式の大田リトルシニアで外野手と投手をしていた。ただチームは人数不足で1回戦敗退が続き、注目される存在ではなかった。
【自らの選択で興南高校へ進学】
高校進学の際も強豪校からの誘いはなく、自ら情報を集めた。そのなかで甲子園出場の可能性があり、練習の雰囲気なども含め、沖縄の興南高校に決めた。
見知らぬ土地での寮生活の覚悟もできていた。ところが中学3年の12月、右ヒジの離断性骨軟骨炎が発覚。医師からはキャッチボールはもちろん、バットスイング、トンボがけも控えるよう言われた。
ただ、その医師は元甲子園球児だったこともあり、親身になって治療にあたってくれた。沖縄のクリニックにも治療方法など、すべて引き継いでくれた。
興南高校入学後はケガの状態を見ながらその日その日を過ごし、草むしりやグラウンド整備に明け暮れる日もあった。
徐々にヒジの状態もよくなり、2年秋には外野のレギュラーポジションを獲得。結局、甲子園出場を果たせなかったが、指定校推薦で念願の立教大に合格。ヒジも完治した。
「球道」という名前は、「球けがれなく、道険し」のテーマで描かれた水島新司氏の野球漫画『球道くん』からとられたものだ。
【立教大では59年ぶり2人目の快挙】
山形がレギュラーになったのは、正式にはこの春から。2年からベンチ入りはしていたが、試合に出たり出なかったりの選手だった。しかしこの春のリーグ戦は13試合に出場し、54打数24安打で打率.444、打点17、本塁打5本の大活躍で、戦後史上18人目の三冠王に輝いた。
東京六大学の三冠王は、岡田彰布氏(早稲田大→阪神)、高橋由伸氏(慶應大→巨人)、鳥谷敬氏(早稲田大→阪神)など、錚々たる顔ぶれた。直近では、慶應大の栗林泰三氏(現・JR東日本)が2020年秋のリーグ戦で達成している。また立教大としては、槌田誠氏(巨人)以来となる史上2人目、59年ぶりの快挙だった。
選手としては、山形はプロスカウトからどう見られているのだろうか。DeNAの木塚敦志スカウトに聞くと、こんな答えが返ってきた。
「迫力あるスイングが彼の持ち味です。筋トレでしっかり鍛えているんだろうな、というイメージが湧いてきます。下半身からバットがしっかり出ていて、試合でもインパクトのある場面で打っていました。この春までは、そこまで印象に残る選手ではなかったのですが、"振る力"には本当に魅力を感じます。立大打線の選手たちが迷いなく振れているのは、切り込み隊長である山形選手の存在が大きいのではないでしょうか。今春、立大が活気づいた要因のひとつだと思いますし、チーム全体の頑張りにもつながりましたね」
山形自身は、この春の成績について次のように語る。
「よく大振りだと言われますが、自分はコンパクトに振っているつもりです。それに自分の持ち味であるゾーンで強く振ることはできたと思っています。シーズン前から、チーム全体でスイングスピードを上げるように練習してきました。また除脂肪体重を増やすために、ウエイトや食事を見直そうとみんなでやってきました。
次の目標はプロなので、志望届を出したい気持ちはありますが、すでに就職先が決まっているのでどうなるかわかりません。ただ三冠王を獲れたことで、挑戦できる立場になったのかなと思っています」
春で得た自信を胸に、秋はどんな活躍を見せてくれるのか。決して"野球エリート"ではない山形の活躍は、多くの人に勇気を与えたに違いない。