今年5月。苫小牧市内の屋外での写真撮影、彼女の表情はやや硬かった。

しかし長年一緒に過ごしてきたスティックを手に握ると、口元に自信が満ちた。カーボン製でとても軽いが、頼りになる相棒だ。

 幼い頃、初めてリンクに立った時から、彼女はスティックを握っていたという。やがて杖のように頼るのではなく、加速した時の武器になった。身長ほどあるスティックを自在に操ってパックを弾く瞬間、彼女の人生が輝く―――。

アイスホッケー女子日本代表・輪島夢叶インタビュー 前編

アイスホッケー"スマイルジャパン"をミラノ・コルティナ五輪に...の画像はこちら >>
 アイスホッケー女子日本代表"スマイルジャパン"のFW輪島夢叶(22歳・道路建設ペリグリン)は、来年2月のミラノ・コルティナ五輪に向け、注目されるアスリートのひとりだ。アイスホッケーが盛んな苫小牧出身で、14歳にして世界大会を経験し、駒大苫小牧高校では女子ホッケー部の一期生。母も、兄も、アイスホッケー選手だったという。

 アイスホッケー一色の人生というのか。愛読書は、野田サトルの『ドッグスレッド』(集英社刊/同作者の『スピナマラダ!』という作品のリブートでもある)。苫小牧を舞台にしたアイスホッケーが題材の漫画だ。

 そこで、アイスホッケー選手あるあるを訊くと、彼女は面映ゆげに言った。

「この間、函館にチームメイトと旅行に行ったんですが、人力車があるじゃないですか? 走っているのを観て、みんなで『ガンバ、ガンバ』って手を叩きながら声出し(応援)しちゃいました(笑)。あと、坂を見つけると、ちょっと走っちゃう。このあいだの旅行でも走りました」

 彼女は朗らかに笑った。

 身長は156cmと、一般女性としてもけっして大柄ではない。しかし、屈強な選手がしのぎを削る"氷上の格闘技"とも言われるリンクに立った途端、豹変する。少しも怯まず、牛若丸と弁慶やダビデとゴリアテさながら、俊敏さと機転のよさで巨人を翻弄する。

「スピード」

 輪島はそこに活路を見出す。見えていた景色が背後に吹っ飛び、視界が開けた時、彼女は生きている実感を得るのだ。

【「小さい体も武器にしよう」って】

――アイスホッケーを始めたきっかけはあったんですか?

輪島(以下同)「母親がプレーしていた影響はあったと思います。(母親が)プレーしていたのは見たことがなく、写真で見ただけですが。お母さんも自分と同じFWでしたが、アドバイスをもらうわけでもなく、『好きなようにやって』って言われます。お兄ちゃんもアイスホッケーをやっていたので、小さな頃から私も試合について行っていたんです。それで小学校1年の頃、私も気づいたら氷の上に乗っていた感じですね」

――ほかにも競技の選択肢があったであろうなか、なぜアイスホッケーを?

「スケートリンクでは、まずアイスホッケーか、フィギュアかの二択で分かれるんですけど、ホッケー一択でした(笑)。

兄が試合している姿が、すごくうまくてエース的な感じで、"いいな、楽しそうだな、やりたい!"と思ったのがきっかけです」

――最初からうまかったんですか?

「アイスホッケースクールに通ってはいましたが、めちゃくちゃヘタクソでした(笑)」

――アイスホッケーの何に惹きつけられたんですか?

「スケートの滑る速さですかね? 小さい頃からスピード感が好きでした」

―156cmという身長で、大きな相手を翻弄する姿は爽快です。

「背はずっと低いほうで、小さいのは昔からですね。小学生は男子と合同なので、そこでも(体格差を逆転するのに)学んできたことはあるし、小さいなりに戦い方を身につけてきたと思います。お兄ちゃんにも『スケーティングは勝てない』って褒められたことがあります。スピードだけは勝てないって、そこは唯一、褒められましたね」

――世界では、さらに相手が大きくなりますね。

「中学2年生の頃、最年少でU-18日本代表に選出されたんです。小さかったですけど、スピードが買われていたみたいで。ただ、当時は何もさせてもらえませんでした。試合に出てもパックにもさわれず、走っても抑えられてしまって、"こんなに違うんだ"って実感しました。

 中学まではウェイトトレーニングができないので、スピードで対応していましたが、高校生になってから真剣に体づくりに取り組むようになりました。氷上トレーニング、ウェイトトレーニング、陸のトレーニング。陸は坂道ダッシュとか、山を走って登って降って、階段も駆け上がるクロスカントリー系もやります。

(外国人選手と)1対1でまともにぶつかって勝てる体格差ではないので、スピードで振りきって、とにかく足を動かして、捕まらないように。小さくなって前に入られると、大きい選手はやりづらいところもあるので、不利な点も武器にしようって」

【「代表組、反則多くない?」(笑)】

――苫小牧はアイスホッケーが盛んな場所で、それが輪島選手にとっての運命だったようにも思えます。

「自分がこうしてアイスホッケー選手になれたのは、苫小牧に生まれたのが大きいと思います。同じ高校のアイスホッケー部一期生の同期からは、オリンピック出場を決めた試合のあとに『おめでとう』って祝福してもらいました。(地元・苫小牧の)「nepiaアイスアリーナ」で、オリンピック最終予選をやると決まった時は、気合の入りようが全然違いましたね」

――右手首の手術痕も見せてもらいましたが、コンタクトスポーツだけに激しいな、という印象です。

「ボードに挟まれた時は痛いですが......基本的に女子はボディチェックは禁止なんですけど、世界に出るとそうも言ってられず"どこまでいいの?"って思います(笑)。世界ではファウルでなくても、日本人同士の試合だとファウルをとられることもあるので、代表組は日本リーグに戻ると反則をとられることが多いですね。世界選手権後は特に『代表組、反則多くない?』って言われました(笑)」

――将来的に、プロ契約を結んで女子アイスホッケーの第一人者に、という目標もあるのでしょうか?

「国内にプロ契約の選手はいないと思いますし、私自身、今はまだプロと胸を張って言える実力は備わっていないと思っています。予選では活躍できましたけど、それで終わる選手にもなりたくない。オリンピックに出場して、そこで結果を残すのが、まずは一番かなって」

――最後に体力の要るアイスホッケーならでは、勝負飯はありますか?

「天丼です!試合前でも、いつでも大好き。天ぷらは、えび、カボチャ......、でもサツマイモが一番ですかね。ただ単純に天丼が好きなのかもしれません(笑)」

(>>後編に続く)

【Profile】輪島夢叶(わじま・ゆめか)
2002年10月19日生まれ。

道路建設ペリグリン所属。北海道・苫小牧市出身。ポジションはフォワード。スティックはライト。
家族の影響でアイスホッケーを始め、2017年にはU18世界選手権 (チェコ)にチーム最年少で代表に選出された。駒大付属苫小牧高では、女子ホッケー部の一期生としてプレー。道路建設ペリグリン入団後の2022年から代表のトップディビジョンに選出され、今年2月、地元・苫小牧で行なわれた、ミラノ・コルティナ五輪出場権を争う世界最終予選グループGでは大会得点王(3戦5得点)の活躍。五輪出場権の獲得に大きく貢献した。

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