センターポールに掲げられた旗は、本塁方向へと激しくはためいていた。

 本塁付近にふたつ設けられた打撃ケージには、29人の打者が入れ代わり立ち代わり入っていく。

打撃投手を相手にした、フリー打撃だ。どの打者もセンター方向の打球は逆風にあおられ、勢いを失っては外野の芝生へポトリと落ちていった。

 そんななか、創価大4年の立石正広がケージに入る。身長180センチ、体重85キロという体格は、ほかの選手より特別に大きいわけではない。だが、この打者の打撃は、打球音が違う。

 ほかの打者が「カァン!」なら、立石の打球は「グァァン!」。インパクトの破壊力、打球の初速スピードは別格と言っていい。会心の一打は、逆風を突き破るようにバックスクリーンへと吸い込まれていった。

「試合だとなんでうまくいかないんだ...」ドラフト上位候補の...の画像はこちら >>

【屈辱の大学選手権】

 6月22日、バッティングパレス相石スタジアム(神奈川県平塚市)で実施された、大学日本代表候補選考合宿での一幕だった。バックネット裏スタンドを埋めたスカウト、ファンは立石の衝撃弾に度肝を抜かれていた。

 ところが、当の本人は意外な心情を抱いていたと告白する。

「自分に苛立っていました。なんでフリーだと打てるのに、試合だとうまくいかないんだ......って」

 立石は苦しんでいた。

6月9日の大学選手権1回戦では、東亜大・藤井翔太(4年)の前に、ボテボテの内野安打による1安打のみ。キレのあるスライダーに2三振を喫していた。チームも延長10回タイブレークの末に敗れている。

 6月21日の選考合宿初日も、立石から快音が遠ざかっていた。候補者同士による紅白戦では、4打席目まで空振り三振、詰まった二塁ゴロ、見逃し三振、見逃し三振と惨憺たる内容。2ストライクになるとノーステップ打法に転じ、コンタクト重視のアプローチを試みても、三振が続く。事態は深刻に見えた。

 ところが、5打席目で立石に変化が表れた。マウンドにいたのは、来年のドラフト候補である速球派左腕の有馬伽久(立命館大3年)。有馬に対して2ストライクと追い込まれても、立石はノーステップ打法に移行しなかったのだ。

 なぜノーステップ打法をやめたのか。立石に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「その時の直感もあります。ノーステップ打法って、バットの出はよくなるんですけど、極度に反応して、打ちたくないボールまで打っちゃうところもあるので。自分は昔の選手の動画を見ることがあるんですけど、落合博満さん(元ロッテほか)が『タイミングが合わない時ほど足を上げろ』と言っていたのを思い出して。いろんな考えはありますけど、追い込まれるまでの過程も悪くなかったので、やってみようと思いました」

 有馬に対しても、特別な感情があった。合宿前、有馬が「対戦したい打者」として立石の名前を挙げてくれていた。意気に感じた立石は、「よし、打ってやろう」と闘争本能に火がついた。

 左足を上げてボールを呼び込み、低めに落ちる変化球を着実に見極める。2ボール2ストライクと並行カウントに持ち込んだあと、立石が放った低い打球は二遊間を抜けていった。この一打が立石を蘇らせた。

「このままじゃまずいなと思っていたところで、あれがヒットになってくれて、めちゃくちゃ気持ちがラクになりました」

【2年連続大学日本代表選出】

 翌22日の午前中に行なわれた打撃練習では、冒頭のとおり衝撃のバックスクリーン弾などサク越えを連発。午後に行なわれた紅白戦では、中前安打、四球、右翼フライ、左前安打、遊撃ゴロと2安打を放っている。

 紅白戦を終えたあと、立石は「だんだんよくなってきました」と安堵の表情を見せた。

 合宿2日目の立石の打撃フォームを見て、気になった点があった。前日までバットを立てて構えていたのが、この日は少し寝かせぎみに見えたからだ。

「もし間違っていたら申し訳ないですが」と前置きしたうえで立石に尋ねてみた。すると、立石はまるで他人事のように「あ、そうでしたか」と答えた。そして、立石はあっけらかんと続けた。

「自分は日によって平気で変えちゃうタイプなんです。構えは大事なので、『今日はダメだな』と思ったら、勇気を持ってコロコロと変えています」

 構えを変えることに頓着しないが、どう変えるかは執着しない。そういうことなのだろうか。再び立石に問うと、こんな答えが返ってきた。

「あのレベルのピッチャー相手に、タイミング以外のことを考えちゃうと、正直言って無理なので。構えをどうしようとか、腕をどう動かそうと考えちゃうと、バットが出てきません。ポイントで意識することと、意識しないことを分けています」

 立石の言葉からは、0コンマの刹那の世界で戦う打者ならではの凄みが滲んでいた。

すべてを自分の意のままにコントロールするのではなく、意識すべきポイントを絞り、結果的にいい打球が打てればいい。自分がどう構えているかに意識が向かないということは、立石が着実に復調へと向かっている証なのだ。

 合宿3日目には、今まで経験のない左翼のポジションに入って、シートノックから無難にこなしてみせた。そして、合宿終了後に発表された26人の代表メンバーのなかに、立石の名前はしっかりと記されていた。

 立石にとっては、昨年に続き2年連続の大学日本代表選出になる。ただし、昨年は「自分のバッティングがわからなくなりました」と極度の不振に苦しみ、本来の力を発揮できなかった。

 7月8日から日本で開催される日米大学野球選手権。未来のメジャーリーガー候補生を相手に、立石はどんな打撃を見せるのか。もし、平塚のバックスクリーンに突き刺さった一撃が再現されることがあれば、立石正広の名前は世界にとどろくはずだ。

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