もはや「盛夏」と表現したくなる暑さに見舞われた6月下旬、ラグビー日本代表のベースキャンプ地の「虎の穴」宮崎にSO/FB中楠一期の姿があった。読みは「なかくす・いちご」。
※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)
174cm、84kg。ラグビー選手として大きくはない体躯ながら、優れたスキルと状況判断で日本代表に招集されるまで着実にステップアップしてきた中楠。凛とした表情でハードな練習に身を投げ打ち、ワンプレーごとに自身の現在地、成長度を噛みしめているように見えた。
6月28日にマオリ・オールブラックスと1試合(JAPAN XVとして対戦)、7月にはウェールズとの2連戦を間近に控える日本代表は、昨年9年ぶりに再任したエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)の下で、新たに「超速 AS ONE」のチームコンセプトを掲げて宮崎で腕を磨いている。5月にはJAPAN XVの大分合宿が、6月上旬には15人制男子トレーニングスコッドの菅平合宿が組まれた。いずれもジョーンズHCのセレクションにより行なわれたが、中楠は6月16日から始まった宮崎合宿も含め、全合宿に招集された数少ない選手のひとりだ。
しかも、大分合宿中のニュージーランド学生代表との第1戦とホンコン・チャイナ代表戦は、「(ラグビーキャリアのなかで)初めて」(中楠)というゲームキャプテンを任され、いずれも先発SOとして圧勝に貢献した。
「(宮崎合宿メンバー選出は)すごくうれしいですし、代表として活動できることを誇りに思っています。(大分や菅平と比べて)一緒に練習する相手がもう一段階大きくなったので、一つひとつのコンタクトも(重くて)タフな練習になっています」
中楠の言葉には充実感が満ちていた。
【悔しい思い出はキリがない】
中楠は3歳でラグビーを始め、國學院久我山高校では2年時に花園(全国高校ラグビー大会)に出場。その後、日本ラグビーのルーツ校・慶應義塾大学での活躍を経て、現在はリーグワン・ディビジョン1のリコーブラックラムズ東京で活躍中の25歳だ。
高校日本代表、昨秋の日本代表初招集、そして今回の宮崎合宿参加に至るまでのキャリアからは、華やかなエリートコースを歩んできたようにしか見えない。
慶應義塾大時代は1年時から活躍しながら大学日本一に届かず、伝統の早慶戦でも一度も勝てなかった。ただ、その4年間にこそ大きな学びがあった、と中楠は回想する。
「常勝チームではなく(強豪大学に)挑んでいくチームだったので、悔しい思い出を挙げるとキリがありません。ただ、今の自分の礎(いしずえ)となっている状況判断、ゲームメイク、特にキックを使ったプレーなどは、慶應というチームだったからこそ培えたものだと思います。慶應で出会ったみなさんの教えがあって、今の自分がいます」
6月1日の決勝をもって閉幕したリーグワン2024-25では、開幕からブラックラムズの司令塔として公式戦全18試合中14試合に先発出場した。しかし、シーズン終盤はメンバーから外され、ライバルのSO/FB伊藤耕太郎(中楠の一学年下。明治大卒。6月22日にJAPAN XV選考対象選手として宮崎合宿に追加招集)に10番の座を譲る形になった。
「シーズンの最後のほうは、セレクションから外れて試合に出られない時期を過ごしました。自分のプレーには自信があったのですが、チーム内の競争はもちろん、昨秋以降は代表のセレクションのことなど多くを考えすぎて、自分以外のことにベクトルが向いていたと気づきました」
【みんなのいいところを盗む】
苦悩する中楠をおもんぱかったのか、ブラックラムズでコンビを組む元ニュージーランド代表で世界屈指SHのTJ・ペレナラは、シーズン最終後の会見で中楠と伊藤を比較しがちなメディアを牽制した。
「(伊藤)耕太郎はすごくいいですね。ただ、日本のメディアは今のようなコメントを切り取って、耕太郎と(中楠)一期を勝手に比較しています。
中楠が伊藤よりも劣っているわけでは断じてない──。世界を知るペレナラはそう言いたかったのだろう。なにより公式戦の8割近くで先発し、ペレナラとハーフ団を組んだ事実が中楠の非凡さを物語っている。
そんな苦しい時期を乗り越えた中楠は、自身2度目の日本代表合宿でSOとFBに取り組んでいる真っ最中だ。本職のSOには、中楠と同学年で2023年のラグビーワールドカップを経験した李承信と、オーストラリア出身の30歳のサム・グリーンがいる。
「個々のプレー、スキルをビデオで見返すのですが、特に10番の選手はそれぞれ違うスタイルがあるので、みんなのいいところを盗みながら自分の引き出しが増えていけばいいと思っています」
李は日本代表でSOとFBを任されてきた実績の持ち主で、宮崎合宿では所属するコベルコ神戸スティーラーズと同じCTBにも取り組んでいた。複数のポジションをカバーできる多才な選手で、純粋にSOとしてのパフォーマンスも高い。
さまざまな面で中楠はライバルたちと競い合う。だが、ほかの選手よりも早い5月の段階からジョーンズHCの下で研鑽してきたことから、チームを牽引するリーダーシップに関しては一日の長がある。
「チームに対して発言することや、リーダーシップ、練習の態度、そして能力面の成長は認めてもらっていますし、自分でもそれを実感しています」
【メンバーに選ばれなくても】
昨秋の代表初招集も大きなプラスの要素だ。
「去年は『みんなについていくだけ』みたいな感じがありました。ですが、10番(SO)、15番(FB)の立場として、そのような振る舞いではみんなからの信頼は得られません。
もちろん初キャップ(テストマッチ初出場)への意欲は人一倍強い。中楠もそれを隠してはいないが、最後に本心を打ち明けてくれた。
「キャップがほしいという思いはありますし、それを目指してやっていますが、それよりもどこまで自分にポテンシャルがあって、どこまで能力が高い中楠一期を作れるか、それが楽しみです」
メンバーに選ばれる、選ばれないにかかわらず、最大限成長したい──。
25歳になったばかりの次代の司令塔は、慶應のタイガージャージー、ブラックラムズの黒ジャージーに続き、デザインを一新したばかりの赤と白の桜のジャージーに袖を通すことができるか。彼のさらなる成長と、今後のメンバー発表に注目したい。