巨人のスカウトとして坂本勇人を発掘したことで知られる大森剛さん(現ジャイアンツU15ジュニアユース代表)から、以前にこんな話を教えてもらったことがある。

「ピッチャーなら3球、バッターなら1スイングを見て、その選手がすごいかどうか感じられるかを大事にしています。

私は『三球一振』と呼んでいます」

 選手をじっくりと見て、よさを見つけられるケースもあるかもしれない。それでも、スカウトにとっていかに第一印象が大事か、「三球一振」という言葉から伝わってきた。

 ただ、アマチュア野球を見ていると、時にはたった1球で「この投手は違う」と感じる逸材と出会うことがある。筆者にとっては国本航河(筑波大4年)がそうだった。

「日本の宝」と呼ばれた筑波大投手・国本航河 不調とケガを乗り...の画像はこちら >>

【2年前に披露した衝撃の投球】

 2023年12月に愛媛県松山市で実施された大学日本代表候補強化合宿に、当時大学2年生だった国本は招集されている。

 代表候補には中村優斗(愛知工業大→ヤクルト)、金丸夢斗(関西大→中日)、篠木健太郎(法政大→DeNA)、寺西成騎(日本体育大→オリックス)、佐藤柳之介(富士大→広島)、徳山一翔(環太平洋大→楽天)ら、のちにドラフト指名を受けるメンバーも名を連ねていた。

 しかし、国本の素材は彼らにまったくひけをとらなかった。身長184センチ、体重81キロとスラリと伸びた体躯で、しなりの利いた右腕を縦に叩く正統的な右投手。指にかかったストレートは、150キロを軽々と超えた。その時点で自己最速は155キロ。参加者同士による紅白戦では、2イニングをパーフェクトに抑えている。

 国本が筑波大投手陣の間で「日本の宝」と呼ばれていると聞いて、妙に納得してしまった。間近で見ている人間ほど、国本の潜在能力の高さが伝わるのだろう。

 これからどんな大投手へと成長していくのか。期待はふくらんだが、その後の国本は足踏みが続いた。大学3年時はリーグ戦で未勝利に終わっている。

 国本に何が起きていたのか。本人に尋ねてみると、国本は淡々と語り始めた。

「2年の秋はよかったんですけど、3年になってケガをして、なかなかうまくいかなくて......。肩、ヒジのコンディションがよくなかったんです。手術をするほどではなかったんですけど、思ったようなボールが投げられない時期が続きました。肩の関節はもともと柔らかくて、緩い感覚があって。ケガをしやすいので、いい状態をキープするにはどうすればいいのか、試行錯誤していました」

 大学4年になり、春季リーグ戦を戦うなかで「ある程度戻ってきた」という好感触があった。今春は6試合に登板して2勝0敗、防御率0.33(リーグ1位)をマークしている。6月21日からバッティングパレス相石スタジアム(神奈川県平塚市)で実施された大学日本代表候補選考合宿にも、国本は招集された。

【自分は何をしているんだろうな】

 ところが、合宿初日の紅白戦。平塚のマウンドに立った国本は、1年半前とは別人のようだった。ストレートも変化球も、抜けたようなボールが続く。国本は1イニングを投げる予定だったのだが、被安打3、与四球1、失点1となった段階で強制終了。球数を考慮され、二死しか奪えなかった。

 国本は登板後、「まったく思いどおりにいかないボールでした」と振り返っている。

「リーグ戦だと打ち損じてもらえることが多かったんですけど、代表候補クラスになると、しっかりとヒットを打たれると感じました」

 自身のストレートの感触を聞くと、国本は「棒球というか、いい時の真っすぐではなかったです」と明かした。

 リーグ戦が終わってから1カ月近く時間が経ち、再びコンディションを高めることに難儀した。国本は「準備はしてきたんですけど、いまいち調子が上がらなくて、難しかったです」と振り返った。

 自身へのふがいなさが募ったのか、国本はこんな心情も吐露している。

「こういう機会をいただいたのに、なかなかうまくいかなくて。自分は何をしているんだろうな、という思いがあります」

 翌日の合宿2日目、この日も国本は紅白戦で2イニングの登板機会を与えられていた。ところが、待ち受けていたのは、さらに過酷な試練だった。

 1イニング目は二死を奪ったあと、四球と安打でピンチをつくり、榊原七斗(明治大3年)に左中間をライナーで破られる。2点適時三塁打となり、この時点で強制終了。さらに2イニング目は1四球を出した段階で、大学日本代表の森本吉謙コーチ(仙台大監督)がマウンドに向かった。結局、直後に安打を浴びたところで、この回も強制終了。前日から合わせて、国本は3イニングとも投げきることができなかった。

【もうやるしかない】

 登板後、国本のもとを再び訪ねると、こんな内幕を明かしてくれた。

「状態がよくないのは周りが見てもわかったみたいで、森本さんからは『バランスが崩れているよ』『どこか痛いんじゃないのか?』と言われました。自分としては投げたい気持ちがあったので、お話しさせてもらったんですけど、『やめておいたほうがいい』ということで、ヒットを打たれたところで降板になりました」

 右肩への不安から、腕を強く振ることに恐怖心が出るのだろうか。そう尋ねると、国本は首をひねってこう答えた。

「恐怖心というか、体の連動の問題だと思います。状態が悪いと、連動がスムーズにできなくなって、一気に崩れてしまう。でも、崩れて投げられないというのでは、ダメなんですけどね」

 国本にとっては、屈辱のマウンドになった。

その時点で選考結果は発表されていなかったが、もはや国本の代表落選は誰の目にも明らかだった。「悔しいですよね」と尋ねると、国本はやるせない思いを口にした。

「もちろん悔しいのと、自分のことを推薦してくれた川村(卓)監督、スタッフに申し訳ないという思いが強くあります」

 今後については、プロ志望届を提出する意向を示している。ただし、強豪社会人チームからの誘いも受けており、条件面を含めて熟考することになりそうだ。

 国本は愛知県の進学校・名古屋高から一浪して、国立の筑波大に一般入試で合格した。もし筑波大に合格できなかったら、「建築系の学部に入って、野球はやめていたと思います」と語る。だが、国本の体に眠る無限の可能性を思えば、投手をやるために生まれてきたとすら思えてくる。

 最後に、国本に聞いてみた。「国本航河はこんなものではないと思っている野球ファンもいるはずです。そんなファンに、秋に向けてどんな姿を見せていきたいですか?」と。国本はこちらを真っすぐに見て、こう答えた。

「ずっと前から、タフにならないといけないと思っていました。

ここまではうまくいかなかったですけど、もうやるしかないので。この夏は自分に厳しくやって、しっかりと投げられる姿を見せたいです」

 その目には力が宿っていた。いずれ近い将来、「やっぱり国本のボールは違う」と思わせるような、説得力のある1球を見せてくれるはずだ。

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