後編:大谷翔平、「二刀流」本格復活への序章
大谷翔平がロサンゼルス・ドジャースでも「二刀流」選手としての道を歩み始め、変わらず超一流の片鱗を見せている。「二刀流」における打者としての不安はその打棒で早々に払拭しているが、投手・大谷としても回転数などのデータを見る限り、大きな手応えをつかんでいるようだ。
前編〉〉〉大谷翔平が投手復帰3試合目で自己最高球速が出た要因とは?
【復帰までの期間が短縮されるインターナルブレース手術】
MLBで2度目のトミー・ジョン手術からの復帰が難しいと言われるのには、明確な理由がある。同手術では、上腕骨と尺骨にトンネル(穴)を開け、反対側の腕や下半身から採取した腱を通して損傷した靭帯を再建する。これによって肘の安定性を取り戻すことができる。
しかし、2度目の手術となると、同じ場所に再び穴を開ける必要があるため、骨と腱が接着する部分の質が初回より劣る可能性が高く、結果として手術の成功率が下がる。そこで近年は、「インターナルブレース手術(Internal Brace)」が選択されるケースが増えている。
従来のトミー・ジョン手術が腱の移植によって靭帯を作り直すものであるのに対し、インターナルブレース手術は腱の移植を行なわない。代わりに、ファイバーテープと直径3.5mmの小型アンカーを上腕骨と尺骨に埋め込み、それらを使って靭帯を補強・固定する。
腱移植では、移植した腱が骨に癒着し、靭帯として機能するように再構築される「靭帯化」の過程が必要であり、それには約12カ月を要する。一方、インターナルブレース手術では、もともとある靭帯を元の位置に戻し、それが癒着すればよいため、復帰までの期間が短縮されるのが特徴だ。
2023年のナ・リーグ最多勝投手スペンサー・ストライダー(アトランタ・ブレーブス)は昨年4月に2度目の手術を受けたが、それはインターナルブレース手術だった。手術から1年で復帰し、今季はここまで9試合に登板。3勝6敗、防御率3.86とまずまずの成績を残しており、球威も戻ってきている。
ストライダーはケガ再発防止に強い意欲を見せており、試合中のデータ分析サイト『スタットキャスト』のデータや、ブルペンでのハイスピードカメラ、スピン量測定ツールに加えて、「パルス」と呼ばれるアームスリーブ型の計測機器を装着。
彼はこう語っている。
「2度目の大手術はキャリアの終わりじゃない。そこから新しい、長く実りある章が始まるんだ」
テキサス・レンジャーズのジェイコブ・デグロム(37歳)も、2023年6月に2度目の手術を受けた。彼の場合は、トミー・ジョン手術とインターナルブレース手術の両方を組み合わせた、いわゆる"ハイブリッド方式"だった。2024年9月中旬に実戦復帰し、試運転として3試合で計10.2イニングを投げた。今年は開幕からローテーションを守り、見事な復活を遂げた。ここまで16試合に先発し、8勝2敗、防御率2.08という成績を残している。
デグロムの平均球速は直球が97.2マイル(約155.5キロ)、スライダーは89.5マイル(約143.2キロ)で、スライダーの空振り率は38.5%に達している。ただし、2018年と2019年に2年連続でサイ・ヤング賞を獲得した頃とはスタイルが異なっている。当時は圧倒的な球威で打者をねじ伏せていたが、今はその力感を抑え、制球力に活路を見出しながら、いかに腕を健康に保つかを重視している。
デグロムは語る。
「マウンドに上がって、何球も100マイルのボールを投げ続けるのは、相当なストレスになる。だから、全力で投げるのは本当に必要な時に限定して、あとは自分のコントロールを信じる。でも、このゲームで一番難しいのは、そこなんだ。98マイルで投げられるのに、93マイルで投げてホームランを打たれたら、絶対に後悔する。でも、それでも自分の球を信じて、全力じゃなくてもアウトを取れるって信じなきゃいけない」
今季の9イニングあたりの奪三振数は8.9個。全盛期には14.3個を記録していたが、もはやそこを目指してはいない。
【不安を払拭した二刀流復帰後の打撃成績】
ストライダーやデグロムの復活は、同じくハイブリッド方式の手術を受けた大谷にとって、朗報であり、励みでもある。大谷も、彼らのように先発投手として完全復活を遂げたいと考えている。2度目の登板を終えたあと、二刀流として復帰できる手応えについて問われた大谷は、次のように語った。
「単純にうれしいです。まだ1イニングですけど、徐々に投げる回を増やしていければいい。やっぱり5回以上を投げられるようになって初めて、先発投手(スターター)と言えると思うので、そこまで後退しないように、少しずつ前進していければいいなと思います」
とはいえ、大谷がストライダーやデグロムと違うのは、「二刀流」であることだ。6月17日と19日のサンディエゴ・パドレス戦では、報復死球の標的となった。
特に大きな懸念材料とされているのは、投手としての登板が打撃に悪影響を及ぼす可能性である。実際、6月16日の今季初登板以降、5試合で19打数2安打と不振に陥った。ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は「疲労が原因とは考えていない。我々はスイングスピードなどの追跡データも見ているが、異常は見られない。あとは彼の言葉を信じるしかありません」と語っていた。
大谷は22日の2度目の登板試合で、そうした懸念を払拭した。投げ終えたあとの7回に走者一掃の三塁打、8回には2ラン本塁打を放ち、計5打点を記録した。「まだ改善しなければならない点はあると感じていますが、同時に、過去の自分よりももっとよいパフォーマンスができるとも感じています」と自信をのぞかせた。
実際、22日以降の5試合では連続安打を記録し、4本塁打、3三塁打、5四球、10打点、9得点と、見事な成績である。
【「そういう意味では、まだ道半ば」】
投球面についても、今後、大谷が通常の先発投手のようにイニングを増やしていくかどうかについて、ロバーツ監督は明言を避けている。「未定です。我々は常に慎重に進めるつもりだし、今は情報を収集して土台を作っている段階。本格的に強度が上がってくれば、その時点でまた別の話をすることになる」と説明した。
今季、大谷がオープナーの強化版的な役割にとどまるのか、それとも普通の先発投手のようになるのか、現時点ではまだわからない。本人も、2度目の登板を終えた時点でこう語っている。「まだ投球フォームやメカニックの細かい部分に修正点がある。そういう意味では、まだ道半ばだと感じています」。
ご存じのとおり、大谷は過去にはセットポジションのみで投球していたが、今季はノーワインドアップも併用している。また、アームアングル(腕の角度)も変化しており、2021年には45度だったものが、段階的に下がって、今年は34度になった。この変化により、スイーパーやツーシームなど横方向の変化がより効果的になる。さらに、大谷は投球板(プレート)を踏む位置も、セットポジションとノーワインドアップで使い分けている。
ちなみに、ツーシームは2022年から投げ始めており、同年の使用率は3.7%、翌23年は6.5%、今季はここまで13.7%に増加している。今季、一番使っている球種はスイーパーとフォーシームで、それぞれ35.6%の使用率を占めている。
フォーシームに関しては、球速だけでなく「回転効率」も大谷の課題とするポイントだ。回転効率とは、ボールの総回転のうち、どれだけが揚力として作用しているかを示す指標のこと。大谷は「回転効率も球速帯とのバランスが一番大事だと思っています。今日みたいに100マイル近く出ていて、浮力も悪くなかったので、それなりのスピン効率にはなっていたと思う。まだ全部はチェックしていませんが、少しずつ進歩しているのではないかと感じています」と語った。
MLB公式のデータサイト『Baseball Savant』によると、今季の大谷のフォーシームのアクティブ・スピン率(=投球の総回転のうち揚力など変化に寄与した回転の割合)は83%で、2023年の76%から上昇していた。まだ投球数が26球とサンプルは少ないものの、本人は確かな手応えを感じているのである。