「やるなら今しかねえ やるなら今しかねえ」

 長渕剛が歌う『西新宿の親父の唄』(作詞・作曲/長渕剛)の登場曲に乗って、左打席に向かう真っ黒に日焼けした男の手にはバット以外何もない。令和の時代にあって珍しく、バッティンググローブやエルボーガード、レガースといった防具を一切身につけない。

そんなスタイルから「無課金男」の異名を持つのが、海辺眺(うみべ・のぞむ)だ。

「無課金男」が挑む打率4割とNPB 「バッティンググローブも...の画像はこちら >>

【ラストチャンスにかける24歳】

 昨年、山梨学院大から四国アイランドリーグの高知ファイティングドッグスに入団し、2年目の今季は、身長173センチという体格を感じさせない鋭いスイングで安打を量産。前期が終了した時点(6月12日)で打率.402をマークし、首位打者に立っている。

 取材当日も、鋭い打球を飛ばすだけでなく、全力疾走で次の塁を果敢に狙い、今季から挑戦している三塁守備もしっかりこなしている。

 今年24歳。「ラストチャンスかもしれない」と語るように、自身がNPB入りを目指せる時間が限られていることを、誰よりも強く自覚している。

 2001年、神奈川県横浜市生まれ。「海辺眺」という風光明媚な名前から「海が見える家に育ったのか」と思われがちだが、本人は「画数がよかったらしくて。家から海は見えません」と笑う。

 野球が盛んな土地で4歳から競技を始め、中学時代は横浜青葉リトルシニア、高校は横浜商大高と、いずれもプロ選手を輩出した実績のある地元の強豪だ。だが、高校時代は県32強止まり。本人も「誘ってくれたところがなくて......(苦笑)。そんな時に山梨学院大が獲ってくれることになって進学しました」と振り返る。

 大学時代の同期には、宮崎一樹(日本ハム/外野手)や中込陽翔(楽天/投手)がいたが、海辺がようやくレギュラーをつかんだのは4年春。右投左打の外野手という、国内では飽和状態のポジションだったこともあり、社会人野球からも声はかからなかった。

 ここまでの実績なら野球をあきらめて、一般企業に就職する選手がほとんどだろう。しかし海辺は、「野球が好きですし、もうちょっと行けるかなという気持ちがあった」と現役続行を決意。そんななか唯一、声をかけてくれた高知ファイティングドッグスに入団した。

【大谷翔平級のスイングの秘密】

 1年目の昨季は打率.313とまずまずの数字を残したものの、ドラフト指名の可能性を示す「調査書」はNPBのどの球団からも届かなかった。「内容的にはまだまだだったので、もっと頑張らなきゃという気持ちでした」と本人も手応えを得るには至らず、気持ちはすぐに2年目の今季へと向かった。

 課題は長打力だ。昨季は68試合出場で、二塁打7本、三塁打3本、本塁打3本と、単打が多かった。そこでオフは「打球速度や打球角度を上げることを意識して練習しました」と話す。

 その成果は数字にも表われている。今季、前期に出場した29試合ですでに二塁打9本、三塁打3本、本塁打2本。

打率も4割を超えた。また「外野よりも内野のほうが、チャンスが広がると思って」と、今季から取り組んでいる三塁の守備でも、ここまでわずか2失策。

 選手兼任コーチの佐々木斗夢は、海辺のスイングについて「骨盤・胸・肩・腕・バットの連動が見られるアプリで解析すると、大谷翔平選手と同じくらいのレベルなんです」と高く評価する。

 一方で、海辺自身は「まだスイングスピードが足りないし、軌道も課題。ここが改善できれば、もっといい結果が出ると思います」と、さらなる成長を見据える。

 "無課金"スタイルの理由を尋ねると、「単純にそのほうが打ちやすいんです」と笑う。

「バットと手の間に何かあると、違和感があるんですよ。高校の時に右手だけ手袋をつけたことがあるんですが、しっくりこなくて......すぐに外しました」

 6月28日から後期も始まり、あっという間に10月のドラフト会議もやってくる。

 海辺は「低めの変化球を見極めて出塁率も上げて、OPS(出塁率+超打率)を上げたいです」と意気込む。

「親父が長渕剛さんのファンで......いま置かれた立場と同じなので、あの曲を選びました」

 遅咲きの「無課金男」が、自らの手で未来を切り拓いていく。

編集部おすすめ