バスケ女子日本代表 ゲインズ新HCが掲げる「オーガナイズド・...の画像はこちら >>

前編:バスケ女子日本代表、2028年ロス五輪への船出

コーリー・ゲインズ氏が新指揮官となり、新たなスタートを切ったバスケットボール女子日本代表。招集されたメンバー候補はこれまでオリンピックやワールドカップを戦い抜いてきた経験豊富なベテランから新戦力まで幅広い年齢層を誇るが、経験の有無に関係なく多士済済の様相を呈している。

2021年の東京オリンピックでの銀メダル獲得後、世界のトップレベルまでの距離が再び開いた状況のなか、再び世界のエリートチームに向かっていくのか。

招集された面々に触れながら、ゲインズHCが目指すチームづくりを占う。

【ゲインズHCが掲げる「オーガナイズド・カオス」】

 上は35歳から下は19歳と、招集された選手たちの年齢の幅は広く、実績を積み重ねてきた上の世代の選手たちにはやはり少なからず貫禄のようなものが見える。

 だが、どの年齢の選手も屈託のない笑顔を見せているのが印象的だ。

 バスケットボール女子日本代表チームのことである。3月には新指揮官としてコーリー・ゲインズ氏が就任し、2022年FIBA女子ワールドカップ、昨年のパリオリンピックで惨敗したチームの立て直しを図っている。

 5月から合宿に入ったチームは、目下のところ7月13日から中国・深圳で行なわれるFIBA女子アジアカップへ向けて強化を進めている。世界ランキング9位の日本は7月3日から2日間、東京・有明アリーナで同55位のデンマークとの親善試合で大会前の総仕上げに入る。

 総仕上げとは言っても、チームの究極的な目標は世界大会で強豪を相手に伍して戦えるようにすることだ。日本は2021年の東京オリンピックで銀メダルを獲得する快挙を成し遂げたが、ゲインズヘッドコーチ(HC)はチームをその頃のスタンダードに戻すことを目標に掲げる。しかし、その実現までの道のりは容易ならざるもので、現状としては同HCのバスケットボールを浸透させつつ、先を見据えてチームをつくり上げていく作業の初期段階にあると言える。

 ゲインズHCの志向するスタイルは、コートに立つ5人が3Pラインの外に位置取ってスペースを広く取る「5アウト」を採用しつつ、攻守の切り替えを早くして相手のペースに持ち込ませない「オーガナイズド・カオス」(直訳すれば「組織だった混沌」)だ。

 また、こうしたものを遂行するうえで、「ポジションレス・バスケットボール」にも取り組んでおり、選手たちにPG(ポイントガード)からC(センター)までのすべてのポジションのプレーを理解させながら、複数の役割を担うことができるように指導をしている。

 選手の役割を明確にしながら、5アウトなどを駆使して速い展開のゲームを行なうという点で、東京オリンピックまで女子日本代表を率いたトム・ホーバス氏(現・男子日本代表HC)のスタイルに近しいところがあると、多くの選手たちは話している。一方で馬瓜ステファニー(スペインリーグ・サラゴサ)は、「台本」と称してチームとして守るべきルールがありつつも、選手の判断で自由に動いて得点機を探る恩塚亨氏(パリオリンピックまで女子日本代表HC、現・東京医療保健大学女子チームHC)のゲームに似たところもあり、ゲインズHCのスタイルを、ホーバス氏と恩塚氏のそれの「ハイブリッド」のような印象を受けている。

【これまでのスタイルに加味されたテイスト】

バスケ女子日本代表 ゲインズ新HCが掲げる「オーガナイズド・カオス」「ポジションレス・バスケ」とは
東京五輪代表の25歳・東藤なな子も試験的にPGの役割を任された photo by Kaz Nagatsuka
 一方で、ホーバス氏も恩塚氏も実践していない、ゲインズ氏独自の試みもなされている。例えば本来はフォワードポジションの今野紀花(デンソーアイリス)や東藤なな子(トヨタ紡織サンシャインラビッツ)を強化試合でPG起用しているのが、その最たる例かもしれない。ふたりとも6月上旬に愛知県で行なわれたチャイニーズタイペイとの試合では、それまでの練習では一度たりとも担ったことのなかった司令塔でのプレーを指示されたのである。

 強化試合という重圧の少ない場であったとはいえ、今野にしても東藤にしてもゲインズHCから突如、PGでのプレーを命じられたことについてメディアに問われると、戸惑いの表情などはまったくなく、むしろ、ちょっとしたいたずらにひっかかってしまった子どもが「やられた」とでもいわんばかりの茶目っ気のある笑顔を浮かべていた。

 高校時代にはボールハンドラーをしていた今野とは違い、東藤に至ってはそういった経験は彼女のキャリアのなかでほとんどなかったはずだ。ゲインズHCは東藤のPG起用について「彼女を簡単ではない状況に置きましたが、彼女があの役割を与えられたことでどのようにプレーをするのか見ることが主眼でした」と話している。

 今野は所属のデンソーではPF(パワーフォワード)でプレーすることが多く、代表でも原則SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)でプレーする。そんな彼女がPGに取り組むことは自身にとってもゲインズHCにとっても「未知なエリア」としつつ、そうした領域に恐れを抱くのではなく、挑んで、壁を取り払いながら前進していくことこそが同HCのチームのやり方なのだろうと推し量った。

「(ゲインズHCは選手たちに向けて)シュートを12本打って(成功は)0本でもいい、外してもいい。ただ、打つという『瞬間』を恐れるなと。自分たちがその瞬間をつくる側だから、という声かけとかもしてくれていて。

そういう恐れないで、未知なところに挑戦できる文化があると思うので、私にとっても自分の進化にとってすごくよい状況ですし、ものにしたいなという感じです」(今野)

【ゲインズHC色が反映された顔ぶれとチームの雰囲気】

バスケ女子日本代表 ゲインズ新HCが掲げる「オーガナイズド・カオス」「ポジションレス・バスケ」とは
ゲインズHCは自身の色をチームづくりの初期段階から明確に反映している photo by Kaz Nagatsuka
 選手の人選もゲインズHCの色が出ている。同氏は当初からベテランの経験を下の世代が吸収していくことで自然な新陳代謝を施していくと述べていたが、冒頭でも触れたとおり、上は35歳の髙田真希(デンソー)や34歳の渡嘉敷来夢(アイシンウィングス)、32歳の宮澤夕貴(富士通レッドウェーブ)といったオリンピックなどの世界大会への出場実績も豊富な顔ぶれが揃っている。一方で今野や藤本愛瑚(ENEOSサンフラワーズ)、最年少・19歳の田中こころ(ENEOS)、ジャマイカ出身の父親を持ちアメリカで生まれ育った中村ミラー彩藍(ペンシルベニア大学)といったこれまでA代表に縁が薄い、あるいはまったく初めての招集となった人材も集った。ゲインズHCの手元のパレットにはこれまでとはまた違った色を揃えている−−そんな印象だ。

 選手たちの様子を観察していると、平易な物言いをするならば実に楽しそうである。換言すれば、モチベーションに満ちている。代表の選考は精神的に選手をすり減らす部分があるだろうが、多くの選手たちがコミュニケーションに長け、「楽しみながら上達していこう」、「ミスはしてもいい。そこから学んでいくんだ」といった言葉をかけ続けるゲインズHCの指導力の賜物ではないか。

 6月24日には、7月に行なわれる有明アリーナでの強化試合と事前の第4次合宿のメンバー、15名が発表された。平均身長は179.1cmと従前のチームと比べてかなり高さが増した(パリオリンピックでのチームの平均身長は173.6cmだった)。170cm未満の身長の選手は赤木 里帆(富士通レッドウェーブ)のみだ。また、純然たるPGがいないことも、ポジションレスを志向するゲインズHCのバスケットボールが色濃くにじみ出ている。

実際、Cだった髙田がPFに、馬瓜がPFからSFに、東藤がSGからSG/PGへと当初からの登録ポジションが変更になっていることも、その証左と言えるかもしれない。

 2023年の前回大会で準優勝に終わり6連覇を果たせなかった日本は、今回のアジアカップで覇権奪還を目指す。ここまでの強化試合はさまざまなことを試みるところに一定程度の重きが置かれてはいたが、本大会では「本当のトーナメントのように戦うし、全部を出し切ります」とゲインズHCは言う。

 アジアカップは新生・女子代表のあくまで序章でしかないが、次章以降が面白い物語となっていくには出だしが肝要だ。来夏のワールドカップ、2028年ロサンゼルスオリンピックに向けて、士気高いチームがどのようにチーム力を高めていくのか、見届けていきたい。

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