高橋大輔×増田貴久『氷艶』レポート 前編(全3回)
「なぜ、戦う?」。物語全編にわたって、その問いかけが散りばめられている。
あるいは、もっと日常にある小さな争いへの嫌悪と疲労感から発せられたものかもしれない。舞台上の演出は、すべて受け取る人間の感性にゆだねられる。
演者たちは氷の上でそれぞれの思いを込め、時代を超えた作品と対峙していたーー。
7月5日、横浜。高橋大輔と「NEWS」増田貴久のダブル主演のアイスショー『氷艶 hyoen 2025-鏡紋の夜叉-』の初日公演(~7月7日/全5公演)が華やかに幕を開けている。
【高橋大輔と増田貴久が表現する"矛盾"】
2017年から上演してきた『氷艶』シリーズの第4弾。これまでも歌舞伎や源氏物語、銀河鉄道の夜など、日本文化を氷上でひとつの物語にしてきたが(2021年『LUXE』も氷艶の派生的舞台)、今回は高橋の生まれ故郷である岡山に息づく昔話「桃太郎」のもととなった「温羅(うら)伝説」を題材にした。
半分が神話、半分が歴史の時代設定と言えるか。吉備の国は今の岡山で、温羅は鬼とも変換できる。桃太郎伝説では、ヤマト王権が派遣した吉備津彦がキジ、猿、犬を従えて、悪者である鬼を退治する物語として伝えられている。
一方、地方豪族として平和に暮らしていた民の王だった温羅にとっては、ヤマト王権によって理不尽に侵略され、支配を受けたとも読み取れる。
「おれはおまえで、おまえはおれだ!」
吉備津彦役の増田が温羅役の高橋に叫ぶシーンは印象的で、両者はまさに表裏一体と言えるかもしれない。

吉田栄作が扮する影帝によって、「殺戮人形」として育てられることになった増田演じる吉備津彦は、国内のさまざまな町や村を容赦なく攻め滅ぼす。
しかし、純粋で明るい温羅と戦い、人間性が芽生えることに戸惑う。言動に優しさがあふれ出し、「兵器」と蔑まれた男が真剣に戦いの意味を問うようになるが、それは苦しさも伴っていた。
「心なんか持たなきゃよかった」
吉備津彦の慟哭(どうこく)が胸に刺さる。その吉備津彦にキジ、猿、犬の役割で付き従う財木琢磨、田中刑事、島田高志郎は、作品内で観客の笑いを誘うやりとりを見せる。
シリアスな舞台を重く沈ませることなく、とても柔らかくしている。それは堤幸彦監督の巧みな演出と言えるか。また、SUGIZO(LUNA SEA/X JAPAN)が生演奏する音は、それだけで特別な演出だ。
一方、高橋が演じる温羅は刀剣をにぎり、吉備津彦と戦った興奮がどうしても収まらない。自分のなかに生まれてしまった暴力性を持て余し、身をよじることになる。
そして温羅と幼馴染の側近・千秋(青山凌大)、温羅と結婚の誓いを交わした阿曽媛(森田望智)は迷う温羅に寄り添い、身を挺(てい)して「本当の温羅」を取り戻そうとする。

少年時代からふたりが交わした友情、蛍の光に思いを寄せる平和への願いが交錯。そこで祈る女、幽(かすみ)を演じる村元哉中が鎮魂を込めて氷上で舞う姿は、せつない思いを増幅させる。
物語は悲劇に向かい、その流れは誰にも止められない。天の声に「戦え」と突き動かされる温羅が、最後に決断するのは......。

【温羅に見た現役時代からの生きざま】
舞台のたび、高橋は歌や演技力の評価が高まっている。今回の公演でも、存分に挑戦、進化を披露。氷の上で激しく滑り回りしながら、台詞を合わせ、表情や声の調子を変える演技は簡単ではない。そして相手に颯爽と斬りかかっていく殺陣(たて)はスピード感に溢れていたし、歌に合わせて優雅に滑る姿は、それだけでショータイムと言えるだろう。
「戦うなんてごめんだ!」
そう叫ぶ高橋の姿は、必死に生きることで愛された温羅ともどこか重なった。それは現役時代の高橋を筆者が描いてきたからだろうか。
高橋は優しく穏やかな人柄だが、フィギュアスケーターとしての生きざまは苛烈だった。前十字靭帯断裂のような試練も受けながら、葛藤のなかでも競技を続けた。一度は引退するも復帰し、再び脚光を浴び、今度はアイスダンスに転向し、新たな伝説を残している。
その真っ直ぐさが胸を打つのだ。
「共演の増田貴久さんをはじめ、すばらしいスケーターや俳優の皆さんとともに、この壮大な物語をつくり上げられることが何よりうれしいです。SUGIZOさんの音楽がつむぎ出す世界に乗せて、観客の皆さんとともに『悪』や『大義』という普遍的なテーマについて、深く考え感じる時間を共有したいと思います。この舞台で、新たな自分の一面をお見せできるよう、最終日まで全力で挑みます。どうぞご期待ください!」
初日公演を終えたあと、高橋の言葉である。
中編につづく
