フリーアナウンサー・豊原謙二郎インタビュー(後編)

前編:豊原謙二郎がNHK退局を決意し、スポーツの価値を問い続ける理由>>

 NHKを今年3月に退局し、コンテンツ制作会社を立ち上げて新たな一歩を踏み出した豊原謙二郎さん(52歳)。およそ30年間のアナウンサー人生では、「2020年東京五輪」の開会式やプロ野球の日本シリーズ、そして記憶に残る名言を残した2度のラグビーW杯など数々の大舞台を経験している。

今だから話せる名実況の舞台裏を聞いた。

「行けー! 行けー!」「もう奇跡とは言わせない!」 豊原謙二...の画像はこちら >>

【人生を変えた2015年のラグビーW杯】

── 2015年ラグビーワールドカップ・イングランド大会での対南アフリカ戦。日本が歴史的勝利を挙げた一戦の実況を務め、試合終了間際に逆転トライを決める場面では「行けー! 行けー!」と絶叫し、その実況ぶりが大きな話題になりました。やはり豊原さんのキャリアにとっても大きなターニングポイントでしたか?

豊原 そうですね。まるで人生が変わりましたから。それまではある程度のキャリアを積んできたものの、一介の中堅アナウンサーといった感じでとくに目立つ存在ではなかったんです。当時16年ぶりの海外派遣の仕事を任されてそれだけで純粋にうれしかったのが、(南アフリカ戦の実況で)"飛び道具"を手にしてしまったような(笑)。

 試合後、帰国直前に東京のアナウンス室の上司から連絡があったんです。「日本でのおまえの扱いが出国前と違うぞ。でも、勘違いして調子に乗るんじゃねえぞ」って釘を刺されたのを覚えています。実際、帰ってから特番が組まれて司会をやらせてもらったり、ほかにもいろんな番組に呼んでもらいました。"ラグビーといえば豊原"というふうに世間に認知していただいて、その後の仕事につながっていったのはありがたかったです。

── 続く2019年の日本大会で、またしても日本が強豪アイルランドに大金星を挙げた試合の実況を担当。

ノーサイドの笛のあと、「もうこれは、奇跡とは言わせない!」と再び視聴者の記憶に残るフレーズを放ちました。

豊原 2大会続けて実況をやらせてもらえるのは、本当にご縁でしかありません。「ブライトンの奇跡」と言われた2015年の南アフリカ戦のあと、五郎丸歩さんが「この勝利は必然だ」とおっしゃっていたのが記憶に残っていて。自分も南アフリカ戦を実況しながら、すごくロジカルに勝っていると感じていました。

 アイルランド戦について自分なりに取材をしていて、日本代表がやるべきことを一つひとつやった結果、勝利を実現させたんだとわかったんです。それが今度は、「静岡の奇跡」とか「エコパ(スタジアム)の奇跡」だと言われたら、選手たちがかわいそうだし、自分も悔しい。試合中、勝つべくして勝ったゲームだと思いはじめてから、どうやったら奇跡と言われないかな......と考えて、でも結論が出ずにもうそのまま口から出たんです。「奇跡とは、言わせない!」って。本当にそのままですよね(笑)。

── あの名実況は、試合中に思いついたものなのですね。

豊原 「準備してたんじゃないの?」ってよく聞かれますが、原稿はありませんでしたよ。試合中に思いついたとはいえ、当然そればっかりを考えていたわけではなく頭の片隅で、です。

解説の廣瀬俊朗さんと坂田正彰さんに「この勝利は奇跡じゃないですよね?」って尋ねるプランも頭をよぎりましたが、ちょっと弱いなと。もっと力強くメッセージを打ち出したかった。そんな思いがほとばしりました。

【視聴者とシンクロする意識は大事】

── 歴史的なプレーを目の前に感情が高まって、自然に言葉が出てくるという感覚なのでしょうか。

豊原 若干の冷静さはあるんですが、感情のまま言葉を発射するかどうかは、アナウンサーによってタイプが分かれるところだと思います。私は「言っちゃえ!」と発射するタイプ。ただ、テレビを見ている人たちとシンクロする意識は大事にしていました。視聴者の熱量に対して、こちらが高すぎるとか低すぎるとかあまりにもギャップがあるとよくない。

 それでいうと、南アフリカ戦は、世界の多くのラグビーファンが「行けー!」と思っているだろうと、言葉を発射しました。もちろんいろいろ細かく計算できるほど冷静ではないので、感覚的なものです。ただ、叫んだあとは正直、怒られると思いました。NHKのアナウンサーはあくまで「客観的に」というのが基本なので、「行けー!」って単に応援じゃないですか。結局、それほど怒られることはなかったですけど。

── 興奮しながらも各方面を考慮しながら言葉をつむぐ離れ業です。

豊原 南アフリカ戦の実況については、アスリートがよく言うゾーンというものに、もしかしたら自分も入っていたのかなと感じています。興奮しながら実況しているのですが、選手の動きや人数は冷静に見ていて、(逆転トライを決めたカーン・ヘスケスにパスを出した)アマナキ・レレィ・マフィが相手をハンドオフした瞬間に、"あっ、トライだ"って思ったんですよ。

「行けー! 行けー!」「もう奇跡とは言わせない!」 豊原謙二郎が語るラグビーW杯での名実況はこうして生まれた
NHK退局後、コンテンツ制作会社「INFINITY MOMENT」を立ち上げた豊原謙二郎氏 photo by Sportiva
── スポーツ実況のゾーン。長年の経験と鍛錬がなせる仕事です。

豊原 アナウンサーの仕事もスポーツと似たところがあると感じることがありました。私は学生時代にラグビーをやっていて不器用でなかなか芽が出なかったのですが、意識して練習を続けたらある時視野が一気に広がったという経験があります。

 アナウンサーのキャリアは、高校野球のラジオ中継から始まって、最初の頃はアウトカウントをよく言い忘れてしまいました。当時厳しかった上司に「何アウトだ!」ってよく怒られて。でも意識し続けると、いわばオートマチックに言えるようになっていく。意識してなかったら、永遠にその日は訪れないんですよ。そうしてしゃべることに使う脳みその割合が少なくできると、プレーをしっかり見ることに頭を使えるようになって実況の幅も広がっていきます。

【すべての現象には必ず理由がある】

── 競技を問わず、スポーツ実況をするうえでこだわっていたことはありますか。

豊原 選手のすごさが出る一瞬を絶対に見逃さないことです。学生スポーツでもプロのアスリートでも同じで、鍛え上げられてきた肉体とスキルが超絶レベルで発揮される瞬間があるわけです。高校野球だったら球児たちが2年半練習してきた成果が出る瞬間。それを伝えないと、花火が打ち上がった時によそ見をしているようなものです。

 事前に話を聞いて全選手の努力のプロセスを知っておけたらいいですが、当然全員を取材できるわけじゃない。だから、とにかくよく見るようにと先輩から教わりました。私たちはそれを「見る取材」と言っていて、見る取材をずっと続けているとプレーに疑問を持ったり、選手の変化に気づいたりできるようになっていきます。

 仙台放送局時代の東北楽天イーグルスの取材は、自分がスポーツ実況でレベルアップできたかなと感じた経験ですが、選手や監督・コーチ、編成へ直接話を聞くとともに、ホームゲームの日は夕方から球場へ言って見る取材を続けました。たとえば、選手に「グリップを握る位置を変えましたよね。なんでですか?」と自分の気づきを伝えると、相手もいろいろと話してくれやすいように感じましたね。

── 豊原さんの話を伺っていると、スポーツへの熱量をずっと高いまま持続しているように感じます。

変な質問ですが、スポーツのどんなところがそれほど好きなのでしょう。

豊原 ドラマ『ガリレオ』で福山雅治さんが演じている天才物理学者・湯川学の「すべての現象には必ず理由がある」という言葉が好きで、スポーツってまさにそうだなと思うんです。「奇跡」と呼ばれる試合にも、その結果には必ず技術や理屈、伏線がある。そこには人間ドラマも超絶技巧も戦略、戦術、組織づくりもある。そうしたものを積み上げていったり、あとからひもといてもいいですが、スポーツの結果と理由を考えるのは最高に面白い。

 2007年の夏の甲子園決勝で、広陵の野村祐輔投手(元広島)がド真ん中に投げてしまって逆転満塁弾を打たれて(佐賀北に)負けた。たまたまボールが真ん中に行ったとしても、その「たまたま」はなぜ誘発されたのか。必ず理由があるはずなんです。偶然に見えても偶然じゃない。スポーツって本当に面白いです。


豊原 謙二郎(とよはら・けんじろう)
「INFINITY MOMENT」ファウンダー・CEO、元NHKアナウンサー/1973年生まれ、神奈川県藤沢市出身。1987年の「雪の早明戦」を見てラグビーに憧れ、湘南高校時代はラグビー部主将を務めた。

早稲田大学卒業後の1996年にNHK入局。スポーツ実況でキャリアを積み、2015年と2019年ラグビーW杯の実況を担当。2019年、日本が勝利したアイルランド戦の「奇跡とは言わせない!」など記憶に残る言葉を残した。2021年の東京五輪では開会式実況を担当し、2020~2024年には『サンデースポーツ』キャスターを歴任。2025年3月にNHKを退局し、現在は起業した会社の代表やフリーアナウンサーなどとして活動している。子どもの頃からのモータースポーツファンで、「つちやレーシング」広報も務める。

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