衝撃のシーンは、試合前に訪れた。
7月23日、久留米市野球場での高校野球福岡大会準々決勝。
【辰己涼介の域を目指せる強肩】
九州国際大付は下級生にタレントが揃っている。左翼には抜群のパンチ力を誇る来年のドラフト候補・牟禮翔(むれ・しょう/2年)、右翼には投手として無限の可能性を秘める大器・岩見輝晟(いわみ・らいせ/1年)、捕手には小柄ながら強肩強打で存在感を示す城野慶太(2年)。試合前から彼らは強肩を披露し、異彩を放っていた。
だが、最大のサプライズを起こした選手は、中堅にいた。しかも、先発出場する選手ではなく、いわゆる「2枚目」。2番手としてノックを受けた「背番号10」のスローイングは、まさに圧巻だった。
右腕の指先にパチッとかかったボールは、長距離にもかかわらずぐんぐんと加速する。低く、美しい軌道で捕手のミットへと突き刺さる。灼熱のスタンドで応援する部員たちの「えぐっ!」という声がこだました。
驚くのも無理はない。全国各地のドラフト候補を取材して回っている筆者も、高校生外野手でここまでの強肩はあまり見たことがない。
少なくとも今年見たなかでは、ナンバーワン。
選手の名前は山本嘉隆という。投手登録の3年生だが、試合前のシートノックは中堅に入っている。夏の大会前に発売された一部の雑誌で取り上げられているものの、全国的には無名の存在だろう。
この日、山本の出番は試合後半にやってきた。九州国際大付が7対1とリードした7回表、3番手投手として山本が起用されたのだ。
身長178センチ、体重75キロと、とりたてて目立つ体格ではない。セットポジションから最近はやりのショートアームで、投球フォームがダイナミックなわけでもない。それでも、指にかかったストレートは、投球練習の時点でうなりをあげていた。
しかし、いざプレーのコールがかかると、山本は苦戦を強いられる。先頭打者には145キロのストレートを中前に弾き返され、次打者には145キロのストレートを体にぶつけてしまう。
このままズルズルいってしまうのか。そう思われた直後、山本が覚醒する。ストライクゾーンに向かって、勢いのあるストレートを連投。2者連続三振を奪ったのだ。最後に空振りを奪った1球は、最速146キロを計測。その数字以上に威力を感じるボールだった。マウンドで「うぉりゃぁ~!」と雄叫びをあげる山本は、乗りに乗っていた。
だが、ここからの山本はつかみどころがなかった。暴投、四球で満塁のピンチを招き、ベンチからは伝令が走る。押し出し四球が怖い場面だったが、山本は112キロのカーブで簡単に二塁ゴロを打たせ、わずか1球で窮地を乗り切った。
その後もピンチを招くものの、山本は3イニングを無失点に抑えて試合を締めくくった。
ちなみに、9回表には山本の打席も回ってきた。コンタクト重視のノーステップ打法で、ライトフライ。守備、投球ほどのインパクトは残せなかった。
【今夏は投手に専念】
試合後、山本のもとを訪ねてみた。マウンドでの熱い姿とは別人のように、涼しげな様子で受け答えをしてくれた。
── 試合前のシートノックには驚きました。
「ありがとうございます。投げることには自信があります」
── あれだけのボールを投げておくことで、相手チームを威圧する効果もあるのでは?
「はい。自分がもし、守備固めで出た時にはランナーをストップさせたいので。圧を常にかけておきたいと思っています」
── 今夏は投手メインなのですか?
「投手も野手もできますけど、今のところ投手に専念しています」
── 春は外野での出場もあったようですが、夏の大会前の競争で結果を残せなかったということなのでしょうか。
「というより、自分より調子の上がった選手がいたという感じです。
── 今日は146キロが出ました。自己最速ですか?
「球場で計ったなかでは最速です。ブルペンでは148キロを出したことがあります」
── 立ち上がりは制球に苦しみ、どうなるかと思いました。焦りはなかったですか?
「2人を塁に出したんですけど、『まだ塁はひとつ空いている』と思っていました。自信のあるストレートで押せば、絶対に抑えられると。感触はよかったです」
── 投げることに自信があると言っていましたが、打撃はどうですか?
「あぁ......、少しはあります(笑)」
── 投手歴はいつからですか?
「本格的に始めたのは、高校2年の秋からです。中学でも少し投げていましたけど、捕手がメインだったので」
── ショートアームなのは、捕手の名残りでしょうか。
「いえ、もともとテイクバックは大きくとっていたんですけど、球がバラけていたのでショートアームに変えたんです。2年秋から冬にかけて変えて、コントロールがよくなりました」
── まだ大会中ですが、進路はどのように考えていますか?
「高卒でプロに行けるなら行きたいです。今のところ投手で行きたいと考えていますけど、必要とされるなら野手もできます。育成指名でもお世話になりたいです。
山本の話を聞いた後、九州国際大付の楠城祐介監督にも確認すると、「山本はプロ志望届を出すつもりです」という答えが返ってきた。楠城監督は楽天、ヤクルトでプレーした元プロ野球選手である。
本人は投手として自信があるようだが、楠城監督は野手にも可能性を見出している。
「あれだけの肩はプロでもなかなかいないレベルです。足も速い(50メートル走は6秒1)ですし、潜在能力は相当に高いです。投手も野手も、両方とも可能性があると思います」
九州国際大付は25日に東筑紫学園との準決勝を戦う。甲子園出場まで、あと2勝に迫っている。
もし、九州国際大付の試合を見る機会があれば、シートノックから見ることをお勧めしたい。きっと2番手中堅手の「爆肩」に強いショックを受けるはずだ。