「目で見て、勝ったことはわかるんですけど、『え? どういうこと?』みたいな。もう混乱しました。
勝利が決まった瞬間。交代で下がったベンチからPK戦を見つめていたキャプテンのFW藤田律は、その場に倒れ込んで起き上がれない。一方で、ピッチ上ではオレンジ色のユニフォームをまとった選手たちの歓喜が、そこかしこで爆発していた。
大願成就。令和7年度青森県高等学校総合体育大会のサッカー競技決勝。県24連覇中、県内の公式戦も418連勝中だった青森山田高校を撃破し、八戸学院野辺地西高校は初めてとなる青森制覇と全国大会への切符を、堂々と手に入れた――。
【半年前。8年連続の青森県決勝でまたも敗れる】
遡ること約半年の、2024年11月4日。全国高校サッカー選手権青森県予選決勝。前年の大会で全国制覇を成し遂げた青森山田の選手たちは、試合後に安堵の表情を浮かべていた。
8年連続で同一カードとなったこの日の決勝。八戸学院野辺地西は前半19分に先制点を挙げながら、前半終了間際に同点に追いつかれると、後半には2点を奪われ、1-3で敗戦。
「今年はウチも結構よかったので、行けるんじゃないかって言っていましたけど、まあ、山田は強いですよ」。そう話した三上晃監督は、この年のチームに手応えを持っていた。
八戸学院野辺地西が最も青森山田に肉薄したのは、2019年の高校選手権県予選決勝だった。最後はPK戦で敗れたものの、その代のチームが指揮官に就任してから最強だったと感じていた。だが、2024年度のチームはそれに近い力を持っているという自信を、三上監督は抱いていたのだ。
だからこそ、ダメージは小さくなかった。「今年が監督就任21年目で、選手権予選は10回目の決勝だったんですけど、全部山田に負けているんですよ。今の高校生は生まれた時から全部山田が全国に行っている状況なんです」(三上監督)。
それから1週間後に行なわれた新人大会決勝でも、八戸学院野辺地西は0-1で青森山田の軍門に下る。再び絶対王者の背中は、遠ざかりつつあった。
【インターハイ予選決勝】
「自分たちの代はずっと弱い代と言われてきたので、それを見返してやろうと思っていました」。新チームの10番を背負うMF阿部莞太の言葉に力がこもる。
「今年の僕らは技術のない代なので、一人ひとりがみんなで頑張って勝っていくチームです」。打倒・青森山田を掲げて、東京から青森へとやってきたGK喜村孝太朗は、現在地を冷静に把握していたひとりだ。
とにかく欠かせないのはチームの一体感。スタメンの半分近くは下級生が占めるなかで、3年生たちは雰囲気づくりに腐心する。迎えたインターハイ予選。決勝まで勝ち上がった八戸学院野辺地西の相手は、言うまでもなく青森山田。「今日はアップから応援も全員が声を出してくれて、『いい雰囲気だな』と感じていました」(阿部)。
ピッチも、スタンドも、この試合の勝利のために全力を出し尽くす準備は整っていた。
前半2分。いきなりの決定機は八戸学院野辺地西。MF野城怜のシュートは相手GKのファインセーブに阻まれたものの、8分にはDF橋本楓琉のクロスに阿部が合わせたヘディングがゴールへ吸い込まれ、先制点を手繰り寄せる。
以降は青森山田の勢いを受け止めながら、藤田は重ねてきた経験値がチームにもたらすポジティブな影響を実感していたという。
「半年前の新人戦で山田とやった時に、『思いきってやれば、意外と自分たちもある程度はやれるな』と感じてはいたんです。その『意外と』が大事で、ひとつ前を向くとか、ひとつ運ぶとか、ひとつ走るとか、細かい部分なんですけど、そういうところを積み重ねていくと自分たちにもやれる感覚が出てくる。それを今日は本気で思いきりぶつけて戦えました」
オレンジの戦士は勇敢だった。後半19分に同点弾を許しても、次の1点を目指して、懸命に前を向く。すでに交代でベンチに下がっていた藤田は、ピッチ上のチームメイトたちに頼もしい姿を見せつけられたことで、心の中が熱くなっていた。
【22年間やってきてよかった】
延長戦でも決着はつかず、勝敗の行方はPK戦へと委ねられる。4度にわたって県決勝を経験し、すべて負けを突きつけられてきた喜村は、それでも自分が積み重ねてきた努力を信じていた。「『ここは僕の力の一番の見せどころだ』と思いましたし、PKを止められたら僕の力でチームを勝たせられるので、『やってやろう!』という気持ちでした」。
サドンデス方式に突入した7人目。先攻の青森山田のキックを、喜村は完璧なセーブで弾き出す。「もう絶対次で決めてくれると思っていたので、勝ちを確信しましたね。止めた瞬間に『勝ったな』と思いました」。
笑顔の喜村からボールを受け取ったDF中野渡琉希のキックが、確実にゴールネットを揺らした。
「『今まで22年間やってきてよかったな』という想いと、これまで我々に携わってくれた、一緒に優勝を目指して頑張ってくれた卒業生や、その保護者のみなさんたちの願いがようやく叶って、非常によかったなと思いました」(三上監督)
指揮官の体が、何度も宙を舞う。笑顔と涙の悲願達成。絶対王者の青森山田をたくましく打ち破り、八戸学院野辺地西は青森県高校サッカー界の頂点に、とうとうたどり着いた。
【待ちに待った全国の晴れ舞台】
「電話も鳴りっぱなしで、メールとSNSの通知も止まらなくて、あんなにすごいのは人生で初めてです。LINEも未読数が500件ぐらいいったんじゃないですか。いやあ、すごかったですね」
優勝直後のことをそう振り返る三上監督は、最近もうれしいことがあったという。
「昨日郵便局に行ったら、受付の女性の方に『三上先生、全国大会の試合、見に行きますよ』と声を掛けられましたし、反響は大きいですよね。みんな喜んでくれているので、その期待に応えないといけないなと思います」
7月26日に開幕するインターハイ。シードとなった八戸学院野辺地西は2回戦からの登場だが、対戦するのは丸岡(福井)対大津(熊本)の勝者。大津は昨季のプレミアリーグ王者であり、今大会も優勝候補の一角に挙げられる全国屈指の強豪だ。
キャプテンの藤田が、全国大会に向けて語った抱負が印象深い。
「今までは『青森の高校サッカーと言えば山田でしょ』というのが世の中の常識みたいになっていたと思うんですよ。今回でそういうものを覆せたので、全国にも影響を与えていけると思いますし、全国でも1回戦(※初戦の意)で負けてしまっては、『山田のほうがよかったね』となってしまうので、自分たちが決勝以上のゲームをして、野西の底力を見せたいです。そうすれば野西も全国に認められるはずですし、山田さんに勝ったあとの自分たちの結果にフォーカスして、より一層頑張っていきたいなと思っています」
就任22年目で初の全国大会の指揮を執る三上監督も、実に地に足がついている。
「選手権につなげるために、いろいろなものを吸収して帰ってきたいので、1試合より2試合、2試合より3試合できればとは考えています。公式戦で真剣勝負できるという意味でも非常に有意義な大会ですし、ここで彼らは引退ではないので、目先の結果だけにとらわれずに、経験を積んで、成長して帰ってきたいというのが一番ですね」
待ちに待った全国の晴れ舞台。正真正銘の青森県代表。八戸学院野辺地西は多くの人たちへの感謝を胸に、真夏の福島を熱く戦い抜く。