短期連載 プロ野球の「投高打低」を科学する
証言者:行木茂満(東北楽天ゴールデンイーグルス/戦略ディレクター) 前編
セ・パ両リーグで3割打者がわずか3人になり、防御率1点台の投手が6人いた昨年の日本プロ野球。今年は前半戦を終了した時点でセ・リーグに3割打者がいなくなった一方、防御率1点台はセ・パ合わせて8人もいて(いずれも規定到達者)、いわゆる"投高打低"の傾向に拍車がかかっている。
それでも、プロ野球の面白さに何ら変わりはないはずだ。だが、なかなか点が入らなかったり......、あまりホームランが出なかったり......。見る側にとって、盛り上がりに欠けるところがなくはない、と感じているファンは少なくないだろう。
では、プレーしている側はどうなのか。打者、そして投手は、近年の"投高打低"の傾向を実感しているのか、いないのか。また、選手およびチームを支えるスタッフはこの傾向をどう受け止めているのか。"投高"はともかく、"打低"に対して何らかの策を講じているのか、いないのか。その真相を探るべく、筆者は現場の声を聞きに足を運んだ。
【縦横から奥行きを使う攻めへ】
まず、なぜ"投高打低"が進んできたのか。その理由を、楽天の戦略ディレクター・行木茂満に聞いた。東京の名門・関東一高では遊撃手としてプレーしていた行木氏は、プロでの選手経験こそないものの、卒業後は野球のデータ収集・分析を専門とする会社に勤務。データアナリストとして、1995年にロッテ、翌96年には阪神に出向し、チームに同行するなど、楽天入団以前から30年にわたり、両リーグの投手の投球を分析し続けてきた。
「当時、90年代中盤のピッチャーが投げる変化球はほぼ、曲がる、落ちるだけでした。
メジャーで有効とされるものが"輸入"され、トレンドになる。これは日本球界の常だが、行木によれば、中日・川上憲伸、西武・松坂大輔ら何人かの投手は、それ以前から「小さく変化する球」を投げ始めていたという。川上、松坂はのちにメジャーでプレーしただけに、自身で研究していた可能性もあるだろう。
その後、2005年に行木は球団創設1年目の楽天に請われて出向。07年にスコアラーとして正式に入団すると、ベンチ入りも果たすようになる。役職名が変わり、より責任が増した現在もその点では同様だが、入団から数年後、新たに流行り始めた変化球があった。
「チェンジアップです。この奥行きを使うボールも流行り出して、バッターの対応が難しくなっていくんですね。低めにきたフォークは基本的にボール球ですけど、チェンジアップはストライクゾーンにくるので、結局、打ちにいかないといけない。小さい変化が主流のところにチェンジアップが入ってきて、それがコロナ禍の前ぐらいまで続いたんじゃないですかね」
コロナ禍の前ぐらいというと、2018年、19年。
【高めの速い球がメジャーから輸入】
そして変化の兆しらしきものを行木が現場で知ったのは、2019年に移籍したロッテでのことだった(楽天には24年に復帰)。22年に来日して巨人でプレーし、23年からロッテに在籍するグレゴリー・ポランコと直接対話した時。ピッツバーグ・パイレーツ時代の16年に22本、17年に11本、18年に23本と本塁打を放っていたポランコ自身、翌年から不振に陥った理由を話してくれたという。
「ポランコがメジャーに昇格した時(2014年)、ピッチャーはツーシームばかりで、ある時期からみんなその低めのボールを上げるような打ち方をしていたそうです。ポランコもその打ち方で結果を出したわけですが、なぜ打てなくなったかというと、『高めのフォーシームが流行り出したからだ』と。2020年頃ですね。『それでだいぶ苦労した』と言っていました」
ボールを上げるような打ち方とは、いわゆる"フライボール革命"だった。その発端は2015年、野球のあらゆるプレーをデータで可視化するシステム(=スタットキャスト)がMLBで導入されたこと。結果、最も本塁打や長打になりやすい打球速度(約158キロ)、打球角度(26度~30度)が判明する。その組み合わせは"バレルゾーン"と定義された。
バレルゾーンの打球角度で打つためには、ゴロではなくフライを打つ必要がある──。この考え方をいち早く取り入れたヒューストン・アストロズが2017年にワールドシリーズを制覇したことで、メジャー全体に広まる。すなわちフライボール革命が起こり、19年のMLB本塁打数は過去最多の6776本に達した。すると投手側も対策し、「高めのフォーシーム」を多投するようになったとされる。
「ピッチャーとすれば、低めは全部拾われてしまうので、高めに速球を投げる。これが日本にも入り始めたのが、コロナ禍の時ぐらいだったと思います。低めで小さく変化するボールが主流だったところにチェンジアップが入ってきて、さらに高めの速い球。要は高低で攻められる。バッターにとっては、どう対応するか、難しい時代に入っていきましたよね」
コロナ禍、2020年のプロ野球。開幕が約3カ月遅れ、当初は無観客という異様な環境下でゲームが行なわれ、年間120試合に短縮された。その頃に「高めの速い球」が"輸入"され、"投高打低"につながった可能性ありというのが行木の見方だ。
「高めについては、偶然高めにいく場合もありますが、今は狙って高めに投げるピッチャーも増えています。
【打者を苦しめる真っスラホップ】
メジャーとは違って、"フライボール革命"は起きていない日本のプロ野球。それでも「高めの速球」が配球に加わり、"投高打低"傾向が進行したと推測できる。しかも行木によれば、球界全体、150キロ以上の速球を投げる投手が年々増えているとのこと。特に実感するのが、先発投手が降板したあとに出てくるリリーフ投手だそうだ。
「今、チャンスピッチャーがいないですよね。以前だと、バッターにとって『これはチャンスだなあ』っていうリリーフが、相手が負けている展開で出てきたわけです。それが今は150キロ出て質もいいピッチャーが多い。特にオリックスと日本ハムは多いと実感してます。日本ハムの山本拓実とか体は大きくないですけど、『めちゃくちゃ速い』ってうちの選手が言ってましたから」
球速向上の背景にはさまざまな計測機器の活用もあるそうだが、「速いだけじゃないんです」と行木は言う。たとえば、"真っスラホップ"と称されるボール(真っすぐが小さくスライドし、垂れずにホップするように見える)。この球質で150キロ出ると、打者は「160キロよりもキツい」とのこと。
「伊藤はそれを高めに投げるので、打者は余計にキツいらしいです。あとはオリックスの古田島(成龍)。球速は150キロ前後なんですけど、めちゃくちゃ速く感じるみたいで。楽天で言えば、西口(直人)も"真っスラホップ"を高めに投げる一方で、藤平(尚真)は真っすぐを高めにドーンと投げる。同じ高めでも2パターンあると思うんですけど、そういう特徴を持つ投手も増えてきています」
打者にとって、ますます難しい"投高"の状況だが、"打低"が"打高"へと転じる可能性はあるのだろうか。今の時代に結果を残せるバッターについて、さらに行木に聞く。
(文中敬称略)
つづく>>