短期連載 プロ野球の「投高打低」を科学する
証言者:行木茂満(東北楽天ゴールデンイーグルス/戦略ディレクター) 後編
前編:プロ野球はなぜ「打てない時代」に突入したのか>>
150キロを超える投手が増え、変化球の種類も多彩になった。さらに、低めだけでなく高めの速球でも攻められるようになっている。
スコアラーとして20年近くベンチ入りし、おもに投手の配球を分析してきた行木にとっても、今ほど打者が苦しんでいる時代はないという。特に2020年頃から、高めの速球が配球に組み込まれ始めて以降、その傾向が顕著になった。
【減少する3割打者と本塁打数】
実際、2021年に両リーグで11人いた3割打者は22年に6人、23年に5人と減少し、24年は3人(規定打席到達者)。年間本塁打数も両リーグ合計で21年から1449本、1304本、1250本、975本と減り続け、1688本だった19年に比べれば24年は半減に近いのだ(20年はコロナ禍で年間120試合に短縮されたなかでも1288本だった)。
反対に、2021年に1人だった防御率1点台の投手は22年に2人、23年に3人と増え、24年は6人(規定投球回到達者)。トータルの防御率を見ると、セ・リーグは21年から3.60、3.36、3.19、2.88と向上し、パ・リーグも3.48、3.16、3.15、3.04と同様。では、こういう状況下でも結果を残せるのはどういう打者なのか。ロッテでも戦略ディレクターを務めた行木に聞く。
「高めと低め、両方対応できるバッターですね。たとえば、うち(楽天)の浅村(栄斗)は低めの変化球を拾うのがうまいですけど、ある程度、高めの速球も打てています。彼は西武の中村剛也と同じく"打高投低"の時代を経験しているので、今は大変だと思いますけど、そこはすごいなと。逆に言うと、今は高めと低め、どちらにも対応できるスイングを身につけないと、率を残せない感じです」
率を残すという意味では、昨年、日本人選手で唯一3割をマークし、首位打者になったソフトバンクの近藤健介。
「まさしく近藤も、高めと低め、両方のスイングができるんです。もともと両サイドを打つのが天才的にうまくて、低めも天才だったんですけど、高めにはやや苦労する傾向があったんです。それが、23年にソフトバンクに移籍してから高めの速球も打てるようになった。結果、ホームランが増えたんですよ(23年/本塁打王)。ただ、そのかわり三振も増えたんです(23年/自己最多117個)。
もともと近藤は低めケアで打っていたので三振は少なかったんですが、高めを打つためには低めを捨てなきゃいけないところもある。すると当然、空振りのリスクはあるんです。それでも近藤は、長打を増やすために高めを打てるようにした。日本ハム時代は巧打者だったのがパワーヒッターに変わってきた感がありますが、彼が一番、今の時代に対応していると思います」
"投高"に対応するには何かを捨てるなど、思い切って打撃を変える必要もある、ということか。それにしても、近藤レベルの打者はなかなかいないわけで、「捨てる」「変える」などまったく簡単には言えない。
「でも、これから近藤のようなバッターは増えると思いますし、高低に対応できるのはうちの村林(一輝)もそうなんです。
【両リーグ通算の平均打率は横ばい】
新人、若手が、時代に対応する可能性を秘めるというのは無条件でいいと思える。その点でひとつ言えるとしたら、高低の攻めに対応できるバッターが"打高"へのカギを握るということだろうか。
「すごく重要になると思います。高めと低め、両方スイングできればいいなと。ただバッターって受け身で、そうやっていろんなスイングができればいいんですけど、根本の『タイミングを取る』とか『間(ま)を取って変化球を拾う』とかは、時代が変わっても変わらないんじゃないかと。ピッチャーのレベルも投げるボールも変わってますけど、バッターの待ち方は変わらないわけで」
たしかに、打者はあくまでも受け身なのだ。その点、行木によれば、さまざまな計測機器で得られた数字も攻め手の投手には有効な反面、受け身の打者の場合、試合で投手を相手にした時点で、得られた数字をそのまま生かせなくなるという。これも"投高打低"の一因と見られるが、機器による数字も生かしにくいとなると、打撃コーチの仕事はどうなるのだろうか。
「いろんなタイプのバッターがいて、いろんな打ち方もあるので、コーチも引き出しを多く持つ必要があるのは確かです。
変わらないといえば、この4年間で大きく変化のない打者の数字がある。それは、両リーグ通算の平均打率だ。2021年は.246、22年は.244、23年は.243、そして24年も.243と、ほぼ横ばいである。たしかに、2019年の.252と比べると1分近く下がってはいるものの、本塁打数の減少ほど顕著な落ち込みではない。単純に"打低"という言葉だけでは片付けられない側面がある。
【三振減の理由は2ストライク・アプローチ】
一方、"打低"が進んでいるのであれば三振が増えていそうなものだが、実際にはそうではない。両リーグ合計の三振数を見ると、2021年は1万2603個、22年は1万2509個、23年は1万2430個、そして24年は1万1973個と、年々わずかずつではあるが減少傾向にある。2019年の1万3017個と比べれば、かなり少なくなっているのがわかる。
本塁打が増えると三振も増えるという関係があるとすれば、その逆に、本塁打が減れば三振も減るという見方もできるかもしれない。ただ、打率がほとんど変わっていないという点を考えると、単純な因果関係だけでは説明しきれない部分もありそうだ。
「バッターのタイプにもよりますが、今は追い込まれるといろんなボールがくるので、打ち方を変える選手が多いです。
2ストライク後は打ち方を変え、初球から2ストライク後のような打撃をする。「バッターは受け身」だからこその工夫によって打率は変わらず、三振の減少につながった可能性はある。
また、ボールの内側(打者の体側)を打ちにいって、当たる確率を高めようとする打者も増えたとのこと。そうした打撃ができて高低にも対応できる打者が、今の時代に3割を打てるのだろうか。
「3割というか、今は以前の3割が2割8分ですから。2割5分だと以前の2割7分で、もうオッケーだと思います。それぐらい、今は率が下がっているので、僕らも2分ぐらい多く見積もっているんです。だから2割8分だと3割。現場ではそういうふうに変わってきていますし、打率2割8分で出塁率3割5分を目指したほうがいいという感じですね。3割打つことを目指すよりも」
一球団に限った話だとしても、すでに現場では3割打者がいない前提とは衝撃的だ。
「大事ですね、走塁。そういう点で言うと、宗山(塁)、村林(一輝)、小深田(大翔)はいろんなことができるから使われているんですよね。自チームを褒めるわけじゃないんですけど(笑)。もちろん、監督によって使われる選手のタイプは違いますが、今の時代はやるべきことがトータルでできて、バランスのいい選手が求められているのは確かだと思います」
(文中敬称略)